殺し屋殺し

殺せ、全ての殺し屋を。守れ、二人の愛の巣を。
ここのえ九護
ここのえ九護

第五話

陽の照らす下で

公開日時: 2021年12月30日(木) 13:09
更新日時: 2021年12月30日(木) 14:17
文字数:3,385


「フフ……ここには鈴太郎りんたろう一人で来るようにと伝えておいた筈ですが。〝そちらの皆さん〟はお見送りでしょうか……?」

「母さん……っ」


 見上げる程に高く組み上げられた、金属製の支柱の山。

 その上にある大きなシャッターから現れた僕の母さん――――天羽陽緋那あまはひびなは、やってきた僕たちを見下ろして本当に嬉しそうに笑った。


 それはまるで、僕が家に仲の良い友達を連れてきたのを見るような笑み。

 でも、当たり前だけど僕はここに遊ぶために来たわけじゃない――――っ!


「母さんなら分かってるんでしょ……? 僕がここに来たのは、六業会ろくごうかいに戻るためじゃない……っ! もう殺し屋マンションも六業会も関係ないっ! 僕が僕のために……! 僕の意思で、母さんを超えるためにここに来たんだッ!」

「ええ、ええ。もちろん良く分かっていますよ。そして、最後には鈴太郎の方からこの母の前に跪き……六業会に帰りたいと〝懇願することになる〟のもね……?」

「……っ!」


 そう言って笑う母さんの威圧感。それは、それだけで今すぐうずくまって泣き出したくなるような。そういう圧だった。


 今、僕たちがいるこの場所は軌道エレベーターアマテラスの基部。

 その最深部に設置された、エレベーターケーブルの根元部分らしい。


 山田さんに送られた六業会からの脅迫文で、指定されていたのがこの場所だった。どうしてわざわざこんな所に呼び出したのかは、よくわからなかったけど……。


 僕たちをぐるりと囲むホールには眩しいライトがいくつも光っていて、灰色の壁に支柱の影を浮かび上がらせている。


 目を細めて僕たちを……ううん。〝僕だけ〟を見つめる母さん。

 その瞳に射貫かれた僕の心に、いつもの弱気が忍び寄ってくる。けど――――。


「鈴太郎は帰りたくねぇってよ。せっかくの一人暮らしを満喫してる息子にさっさと帰ってこいなんざ、その歳にもなってまだ〝子離れ〟できてねぇみたいだな?」

「そーですっ! 日本の法律では、二十歳を超えたら立派な大人だそうですよっ!? お母さんは引っ込んでてくださいっ!」

「あのような〝はしたない侮辱〟を受けて、この私がやられたままになっているとお思いですか……? たとえ小貫さんのお母様とはいえ、〝一度焼いておかなければ〟私の気が済みません……ッ!」

「みんな……っ!」


 母さんに呑まれそうになった僕の肩を、悠生ゆうせいの大きくて燃えるように熱い手の平が掴んだ。悠生だけじゃない、永久とわさんも、そしてエリカさんも。


 僕と一緒に、僕のためにこんな所まで付き合ってくれた友達みんなが、励ますように僕の横に並んでくれた。


「……憎き円卓の殺し屋共。私の最愛の息子をたぶらかした罪。億万の死をもってしても償えぬと知れ」

「ハッ! 最愛だとか言う割には、迎えに来るのが遅かったじゃねぇか? 結局、てめぇら六業会に鈴太郎が必要になったから来ただけだろうがよ!?」

「〝なんだと〟……?」


 たとえ母さんを相手にしても変わらない悠生の煽り。

 前に悠生は、こうやって煽るのも戦いなんだって言っていた。


 相手を怒らせて、冷静さを失わせる。

 相手の普段のペースを崩させる。


 で、でも……!

 今回の悠生のそれは、母さんには――――!


「こ……のッッッッ! 〝痴れ猿〟がァアアアアアア――――ッッ! 私が鈴太郎を失ったこの二年……ッ! どれだけ苦しみ悶え、自身の無力を嘆いてきたか……ッッ! 本来であればすぐにでも自ら迎えに行き、抱きしめてあげたかった……ッ!」


 瞬間、母さんの笑みがまるで悪魔か鬼のような形相に変わる。

 空調以外空気の流れがないはずのホールにとんでもない突風が巻き起こって、組み上げられた支柱が今にも折れそうな鈍い音を立てる。


「だがしかし……ッ! 〝九曜の日スーリヤ〟として円卓と、そして円卓に力を与える〝あの存在〟と戦い続ける我が身にそれは許されなかった……ッ! なぜ迎えに来なかったかだと……ッ!? 全て……全て貴様ら円卓のせいだ……ッ! 貴様らさえいなければ、とうに再び鈴太郎をこの胸の中に抱き留めていたであろうぞ――――ッッッッ!」

「か、母さん……っ!」


 母さんを中心に、ホールの温度が放射状に上昇していく。

 それはまるで太陽そのものが怒りに燃えているような。エリカさんの炎とも全く違う、真夏の日差しを遙かに強烈にしたような熱。


「おいおい……こいつはとんでもねぇな。ひょっとしてやぶ蛇だったか?」

「もうっ! 悠生ったら、いくらこれから戦う相手だっていっても、そのお口の悪さは控えた方がいいですよっ!?」

「うえっ……!? ご、ごめんなさい……」

「あはっ! いいですよ、許してあげますっ! 〝次〟からは気をつけて下さいね!」

「あはは~……つ、次があればいいんだけど……っ!」


 いくら円卓の王や僕みたいな九曜が殺し屋の中でも強い力を持ってるからって、母さん程の力を自在に操る人はそうそういない。というか母さん以外にいるのかもわからない。


 この前僕たちが戦った鋼の王だって、きっと母さんと正面きって戦ったりはできないはず。それくらい母さんは、ずっと円卓と六業会の力関係を一人で担い続けてきた人なんだ――――!


「ああ、これはいけません……ついつい鈴太郎の大切なお友達を怖がらせてしまいましたね。ごめんなさいね、そんなつもりはなかったのです。では、もう一度尋ねますが……皆さんも鈴太郎も、大人しく六業会に戻るつもりはないと……そういうことで宜しいのですね?」

「そ、そうだよ……っ! 僕はもう六業会にも、母さんの所にも戻らないっ! そしてこれからは、六業会がやっていることを止めるために、今の僕が出来ることをちゃんとやる……っ! そう決めたんだっ!」


「――――ハハッ! そうかそうかッ! 良いぞ、その意気や良しッ! しかし〝ソーマ〟よ! 人生とはそうそう思い通りには行かんのだ! 悲しいなッ!」

「ンだねぇ……気持ち的には俺も〝ソーマ君〟を応援してやりたいんだけどさ。君のママン本気で怖いからね。俺は大人しく、長いものにぐるんぐるん巻かれておくかね」

「えっ!?」


 押し潰されそうな母さんの圧。それでも僕がはっきりとそう答えたその時。母さんの両隣から、それぞれ聞き覚えのある声が響いたんだ。


「久しいなソーマよ! あの青二才がよくぞここまで言うようになった! 私は嬉しいぞッ!」

「けどさ、さっき君のママンが言ってたろ? スーリヤ様は余程のことが無い限り動けないんよ。それなのにスーリヤ様がここにいるって事は、こりゃ俺らにとっても〝よっぽどのこと〟ってわけなんよ」

「し、〝シュクラ〟さん……っ!? 〝シャニ〟さん……っ!? そんな……く、〝九曜が三人〟もっ!?」

「ハッハッハ! それはお互い様だろう? そちらにも〝拳の王〟がいるじゃないかっ!? 三年ぶりくらいか!?」

「チッ……面倒な女が増えやがったな」

 

 母さんの立つ場所に同じようにして現れたのは、僕や母さんと同じ九曜の二人。

 

 一人は爛々と輝く赤い目が印象的な、褐色の肌に金色の髪をなびかせた、水着みたいな格好をした女の子。彼女は〝九曜の金シュクラ〟さん。子供みたいな見た目だけど、ずっと昔から今の見た目のままで変わってない。


 そしてもう一人は、とんでもなくやる気が無さそうな様子の、長い黒髪をなびかせた袈裟姿の男の人。〝九曜の土シャニ〟さんだった。


「――――そういうことです。私の本来の目的はこのアマテラスの掌握。しかし、ようやく訪れたこの機を逃すつもりはありません。万全を尽くし、全ての力をもって貴方を取り戻します」

「ハッハ! そいういうことだッ! 覚悟せよ、ソーマ!」

「こっちは九曜が三人。しかも一人は大ボスのスーリヤ様だよ? 流石に諦めた方がいいと思うねぇ。怪我するだけ、痛い目を見るだけじゃないかい?」

「……っ!」


 絶望。


 そんな言葉が僕の脳裏に過ぎる。


 でも――――。


 でも、僕が視線を横に向ければ、そこには力強く頷く悠生が。

 にっこりと笑ってくれる永久さんが。

 そして、その蒼い瞳に炎を宿して怒りに燃えるエリカさんが。


 みんなが〝やるぞ〟って。


 僕と一緒に戦うって、何よりも強くそう伝え続けてくれていたから。

 だから僕は――――!


「それでも――――それでも僕は戻らないっ! やろうみんなっ!」

「受けて立つ――――!」

「待ってましたー!」

「はいっ! 全員まとめて、焼き尽くしてやる……ッ!」


 それはまるで、僕たち全員の気持ちが一つになったみたいに。

 僕たち四人が持つ殺し屋の光が、一斉に輝いたんだ――――。



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