「させない……向こうは〝まだ終わってない〟みたいだから……きみたちにはまだここにいて貰う……」
「く……っ! 我が陽光も舐められたもの……っ! たとえこの身が尽き果てようと、我が子らの道行きを阻ませはしないッ!」
「母さん――――っ!」
太極の根が突き出す底なしの大穴。
そこに飛び込んだ僕たちの背後で、母さんの光が点滅する。
獣の女王の力は、母さんの太陽を上回ってる。
エリカさんの力で治った母さんの力が、あっという間に削り取られていくのが分かった。
「戻れ、鈴太郎」
「え……?」
「後ろを気にしてる奴が、目の前の奴と殴り合えるかよ。それに……ここでお前のおふくろがやられちまえば、どうせあの女はすぐに追ってくる」
「悠生……」
まさに後ろ髪を引かれる思いで振り返る僕に、悠生は笑いながらそう言った。
「私たちのことなら大丈夫ですっ。私と悠生は、あの人と戦うために行くわけじゃありません。ちょっとお話しするために行くんですっ。だから小貫さんも、まずはお母さんのことを助けてあげて下さいっ!」
「永久さんまで……」
「行きましょう、鈴太郎さん……! 私たちの力で、〝お義母様〟を助けましょう……!」
「クヒヒ……ッ! 悠生と永久のことはアタシが守るさ……! ここで〝姑ポイント〟を稼いだ方が、アンタら二人には有利……ッ!」
「エリカさん……サダヨさん……っ」
穏やかに笑うエリカさんが、僕の手を握る。
エリカさんだけじゃない。
他のみんなも、僕の気持ちを僕よりも分かってくれてた。
ついさっきエリカさんに言われたばかりだったのに。
本当に僕は、いつも自分の気持ちに気付くのが遅いんだ……。
「ありがとうみんな……っ! 絶対に、すぐに追いつくから……!」
「ああ……待ってるぜ。一足先に全部片付けてな!」
「うんっ! 気をつけて、悠生……! 行こう、エリカさん!」
「はい……! 私はどこまでも、貴方と共にいます……っ!」
覚悟は決まった。
ここから先、僕がやることは一つ。
「我は〝月〟。そして〝星辰〟の極に座する者――!」
「私の中の転輪の炎……! どうか、私と鈴太郎さんを守って……!」
母さんを助ける。
僕たちを邪魔しようとする、あの人を倒す。
そして、すぐに悠生たちに追いつくんだ――!
一度は地の底に飛び込んだ僕たちは、悠生や永久さんと確かに頷き合った後、すぐさま反転して頭上めがけて飛んだ。
僕の顕現させた月と星の光輪に、エリカさんの虹色の炎が混ざり合う。
虹を纏った月と星の力は、母さんの太陽を目印にして一直線に昇る。
その光景はまるで、闇夜にかかる月の虹みたいだった。
「っ!? 鈴太郎……!?」
「戻ってきた……? でも……どうってことない……」
急上昇してきた僕とエリカさんに、獣の女王が気付く。
何十もの狼の群れが、母さんから僕たちへと標的を変えて襲いかかる。
だけど――!
「波よ――っ!」
「――私の炎を乗せて……全てを焼き尽くせ!」
「っ……!?
瞬間。僕の波の力に導かれたエリカさんの炎がいくつにも枝分かれして伸びる。
忘れるわけがない。
それは、僕とエリカさんが初めて一緒に戦った時に使った技。
あのとき蒼く輝いていた炎は虹色になって、前よりもずっと僕の力を信じて全てを任せてくれる。
僕は拡大させた波の力でエリカさんの炎を細く鋭く加速させると、僕たちに襲いかかっていた全ての狼を貫き、一瞬で燃やし尽くした。
「これは……エールの力……っ!」
「鈴太郎……それに、〝貴女〟も……なぜ戻ってきたのです!?」
「ごめん母さん……! でも、やっぱり僕は母さんを置いていけない……! たとえ母さんが僕とは違う道を進んでも……それでも母さんは、僕の大切な人なんだ……!」
「私は鈴太郎さんが悲しむ姿を見たくありません……! そのためなら、なんだってしますっ!」
止まらない。
止まるわけにはいかない。
先に行った悠生に。
僕を母さんの所に行かせてくれた悠生に、一秒でも早く追いつくんだ。
「このまま行くよ、エリカさん!」
「もちろんですっ!」
母さんに群がる狼を一掃した僕たちは、そのまま二人を飛び越えて上空へ。
そこでエリカさんと二手に分かれると、僕は瞳を閉じて波の領域を展開する。
うん……やっぱり思った通りだ。
ここには僕たちが来る前から、母さんたちと獣の女王の戦場だった。なら――!
「星よ――! あまねく輝きを束ね、闇を照らす導とならん――!」
僕は星の光を再展開すると、その一つ一つにこの場所に残る力を集める。
前に母さんの太陽を砕いたときよりも、遙かに大きくなった僕の月の器に――!
「そうか……でも、それはさせないよ……」
闇の中に掲げた月の錫杖に、とんでもない力が集まっていく。
そしてそれを見た獣の女王は、すぐにまた狼の群れを呼び出した。だけど――!
「いいえっ! 鈴太郎さんには、この私が傷一つつけさせませんっ!」
「邪魔するの……? まあ……ちょうどいいから、〝そのエールの力〟も回収するね……聖人のために……」
「できるものなら、やってみなさい……ッ!」
無防備になった僕に襲いかかる狼の群れを、エリカさんの炎がなぎ払うようにして吹き飛ばす。二人でやったさっきとは違って倒しきることはできてないけど、それでもエリカさんは、虹色の炎と透明な狼の牙の中を踊るようにして駆け抜ける。
「私はもう二度と、私の炎でなにかを傷つけたりはしない……! 私の炎は……大切な人を守るために使うっ!」
「……? エールの力に、そんな意味はない……ただ、〝きみたちを試す〟ためだけにある……守るとか、傷つけるとか……どっちでもいいのに……」
「〝試す〟――!? 先ほどから聞いていれば……貴方は一体何を知っているのですかっ!? なぜこのようなことを……!?」
「それ……きみたちが知っても意味ない……。聖人じゃない、きみたちにはね……」
「危ない、エリカさん――ッ!」
それは、本当に瞬きするほどの一瞬だった。
ただ狼をけしかけるだけだった獣の女王が、あっという間にエリカさんの目の前に現れる。そのとんでもない速度は、波の領域を展開していた僕でもその姿を見失うほどだった。
「聖人の作る新しい世界には、完全なエールの力が必要……きみの中にある力を回収すれば、あとは〝あの男〟が持っている力で全部……」
「っ!?」
それを見た僕は、すぐに力の収束を放棄してエリカさんを助けに向かう。
やっぱりこの獣の女王の強さはマズい。
狼だけでもとんでもないのに、本人の強さはその比じゃないんだ。
こんな相手を倒そうと思ったら、どうしても力を溜めないといけないけど……エリカさんの無事には代えられない!
だけど、僕が飛び込もうとしたそのとき。
僕よりも早く、獣の女王を呑み込む灼熱の柱が真下から昇った。
「母さんっ!」
「お、お義母様……っ!」
「これで……貴女から受けた借りは返しました……。それと……私をそのように呼ぶことはまだ許しませんよ……〝エリカさん〟……?」
エリカさんを庇うようにして、太陽の光輪を輝かせた母さんが僕たちの前に立つ。
母さんはもうボロボロで、見るからに限界だったけど……それでも、僕たちの前に立つその背中はとても大きかった……。
「っ……きみたち、〝だんだん強くなってる〟ね……? どうしてだろう……?」
「さあ……? そんなこと、今の私にはどうでも良いことです……っ!」
「ですが……私とこちらにいるエリカさん……。今の〝私たち二人の考えが同じ〟であることは、認めなくてはなりませんね……」
そう言って、エリカさんと母さんは二人して僕の前に並び立った。
「ところでエリカさん……〝私の鈴太郎〟を守るには一人で十分……せっかくですので、貴女には他の九曜の治療をお願いしたいのですが……」
「鈴太郎さんは私が守ります……っ! お義母様の方こそすっこんでてくださいッ!」
「な、にを……小癪なぁぁ……ッッ!? よくぞ……この私の前でそのようなことをのたまったな……ッ!? よかろう……ならばどちらがより深く鈴太郎を想っているのか……ここで完膚なきまでに思い知らせてくれようぞ……ッ!」
「えええええええええ!? なんなのこの展開!? なんか話が変な方向にいってるうううううっ!?」
虹の炎と紅蓮の太陽。隣り合っているはずなのに、その二つの炎は互いにぶつかり合うみたいに燃え上がる。
まともに浴びたら一瞬で黒焦げになりそうな二つの炎。
その光に照らされた僕は、二人に気圧されるようにして力を収束させる作業に戻ったのでした……はい……。
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