柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第二話 会話下手

公開日時: 2023年2月20日(月) 19:40
文字数:3,282


 駅前の広場で、私はマヌケにも硬直していた。一瞬、周りの声や景色が全て遮断されたような感じがある。

 え? 今、この子なんて言った? 私のことが好きで、付き合いたい?


「黛さん!」


 私の前で、弓長と名乗った彼が再び名前を呼んでくる。どういうことだろう。コイツはどういう意図で、あんなことを言ってるんだろう。


「と、突然、こんなことを言ったら戸惑うのは当然だと思います。迷惑だというのもわかっています。で、でも、僕はあなたのことが本当に好きなんです!」

「……私のことが、好き?」

「高校に入った時から、黛さんのお話を先輩方から聞かされました! そ、それで、閂先輩から、お写真を見せてもらって、その、どんどんあなたのことが気になってしまって、だ、だから、萱愛先輩にこの場を設けてもらったんです!」

「……そんなこと、ある?」


 今の話を聞くと、弓長くんは私のことを伝聞でしか知らないし、外見についても閂が見せたという写真でしか知らなかったはずだ。それなのに私のことが好きになるはずがない。これはきっと、何か裏の意図がある。

 それを探りたかったけど、弓長くんはどんどん話を進めてきた。


「そ、それで! 僕! あの、黛さんが気に入るように、クレープとか、お菓子作りとかも頑張ってきたんです! きょ、今日も、その、お土産としてお菓子を作ってきたので、よかったら、食べてください!」

「……知らない人からの贈り物は受け取りたくないわ」

「あ! そ、そうですよね……じゃ、じゃあ、せめて! これからその、お友達からでも……!」

「待って、どんどん話進めないでよ」


 このまま向こうにペースを握られるわけにもいかない。とりあえず、まずは萱愛から事情を聞き出した方が早そうだ。


「萱愛、アンタは弓長くんがなんで私に会いたがってたか知ってたの?」


 その質問に対し、萱愛は真剣な顔で訴えるような目をして答えてきた。


「はい。弓長くんから、『黛さんとどうにか会うチャンスを作ってくれませんか』と頭を下げられたんです。当然、俺も黛さんの事情は考えました。いきなり告白されたら戸惑うだろうとも思いました。ですが……」


 すると、なぜか目に涙を浮かべ始めた。


「人を好きになったのに……それを伝えるチャンスもないなんて、あまりにも悲しすぎるじゃないですか……! 弓長くんが黛さんを心の底から好きになって、気になっているのに、それを相手に伝えることすら許されないなんて、そんな悲しいことがあっていいはずがないじゃないですか……! 俺も好きな人がいるから、それがどんなに悲しいことか、理解しているつもりです。だから、今回の場を設けたんです!」


 ……そうだった。最近は忘れかけてたけど、萱愛って元々こういう面倒くさいヤツだった。

 だけどコイツの訴えを聞く限り、弓長くんが私に会いに来た目的は告白するためと聞いているんだろう。裏の意図なんて聞かされてるはずもないか。

 そうだ。閂はどうなんだろう。アイツは今回のことについてどこまで知ってたのかしら。


「くっ、ひひっ、ひひひひひひっ、ひひひひひひひひーひーっ!」


 閂は口と腹を押さえながら、必死に声を抑えてるけど明らかに大笑いしている。

 コイツ、顔面削り取ってやろうかしら。


「そ、それで、どうでしょうか!? ぼ、僕と、お付き合いしてくださいますか!?」


 どうでしょうかも何も、初対面の男からいきなり告白されて、『はい喜んで』と言うわけがない。


「残念だけど、私は初対面の男に無条件で心を開くタイプじゃないから、お断り」

「あ、そ、そう、ですか……」


 私の返事を聞いて、わかりやすいほど落ち込んで俯いてしまったが、こっちからすればそれも怪しく見えてしまう。

 だから私は、言ってしまった。


「それに、アンタの目的が見えないわ。私と交際して、何をしようって言うの?」

「え?」

「アンタが何を企んでるか知らないけど、私を利用してエミに近づこうって言うなら、それこそアンタは私の敵に……」


「何を、言ってるんですか?」


 弓長くんは青ざめた顔で口を半開きにしたまま小さく呟いた後に固まってしまった。なんだろう、この反応は。

 いや、それだけじゃない。よく見ると、その後ろにいた萱愛も目を丸くしているし、私の横にいた閂もなぜかあさっての方角を向いて私に背を向けている。

 え、なにこれ? どういうことこれ?


「僕は、黛さんを利用したいなんて思ってません! 思うわけがないじゃないですか! あなたのような、強くて綺麗で格好良くて可愛くてお友達のために必死に行動して萱愛先輩のことも叱咤激励して導いてくれた、黛瑠璃子という女性を、利用したいなんて思うわけがないじゃないですか!」

「え? え? あの、え? 私が、なんて?」

「さっきも言いましたけど、あなたのことは先輩方から聞かされました。お友達の命が危なかった時に迷わず駆けつけて、『自分がいる限り彼女には手出しさせない!』って言った後に、ひと睨みでお友達を傷つけようとした相手を退けたとか、ナイフを持って襲ってきた相手を素手で撃退して『もう二度とこんなことしないでね』って言って優しく諭したとか、とにかく強くて綺麗な女性だってことを、僕はずっと聞かされてきたんです!」


 ……ところどころ事実が混ざってるのがなんか腹立つわ。


「それで実際にあなたと会って、僕のあなたへの気持ちは本物だって確信しました。黛さんのたたずまいが綺麗で美しくて、僕の心が高鳴ってくのを感じました。だから僕は、黛さんに告白したんです!」

「……そんなわけ、ない」


 そんなわけがない。コイツが私のことを好き? そんなわけがない。

 いや、コイツだけじゃない。私のことを好きになる人間がいるはずがない。エミだって私に支配されているだけで、私のエゴに付き合わされているだけで、本来の願いを潰した私を無条件で好きになるはずもない。

 何かあるんだ。何かがあるはずなんだ。コイツの告白には、何か別に意図があるはずなんだ。

 


『――瑠璃子さぁ、勘違いしてるっぽいけど、オレがお前を好きになるわけなくない?』



 そうでないと、説明がつかない。


「アンタがどんなつもりでいようが、今会ったばかりのアンタと交際するはずもないわ。だからこの話はもうおしまい」

「待ってください、黛さん!」


 そう叫んだのは、弓長くんではなかった。


「……なによ。自分の後輩がフラれたのがそんなに気に入らない? 萱愛センパイ」

「そうじゃありません。告白を受けてどんな返答をしようと、それはその人の自由です。ですが黛さんは、弓長くんからの好意そのものを偽りだと断じました。それは俺も納得いきません」


 萱愛の表情には若干の怒りがこもっている。そういえば、会ったばかりのコイツはこんな顔をよくしていたような気がする。


「アンタだって、私がエミを狙う敵と何度も戦ってきたのは知ってるでしょ? 彼がそうじゃないとは言い切れない。警戒するのは当たり前。違う?」

「それはあまりにも失礼な発言じゃないですか? どうして弓長くんが純粋にあなたに好意を持っている可能性を頭から否定するんですか? いくら黛さんでも、見過ごせません」


 ……ここで萱愛とこれ以上言い争いになっても、何の得もない。それにしばらく様子を見て、仮にこの弓長くんが敵だとわかったら、その時に潰しておくのもアリか。


「わかったわよ。さっきの発言は取り消すわ。ごめんなさい」


 頭を下げた私に対し、弓長くんはうろたえた声で答えた。


「い、いえいえ! むしろ素敵だと思います! お友達のために、そこまで必死になれるんですから! 僕はそんなあなたと、一緒に過ごしたいって思ったんです!」

「一緒に過ごす、ね……」

「あの! もしよかったら、今度一緒に、僕と先輩方と一緒に、遊園地に行きませんか!? 僕、それまでに黛さんの隣に立つのにふさわしい男に、少しでも近づきますから!」

「……期待してるわ」


 どうにも面倒なことになったけど、とにかく今日のことはエミに伝えておこう。もしかしたらコイツの名前に心当たりがあるかもしれないし。


「……ひひひ、これはこれは、面白いことになってきましたねえ」


 そんなことを呟く閂の顔が、なぜかとてつもなく不快だった。

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