数日後。
エミを連れて待ち合わせ時間の30分前に遊園地の入り口に到着した私だったけど……
「あ、あの、柏さん。こ、今回は、ありがとうございます! わ、私、柏さんとお出かけできて、嬉しいです!」
エミと私の数歩後ろで、財前はもじもじと身体を動かしながら、エミに視線を向けていた。
「礼ならルリに言いたまえ。今回の発案者は彼女なのだからね」
「あ、すみません! 黛さん、ありがとうございます!」
慌てて私に頭を下げてくるけど、今日のコイツはいつも以上にビクビクしている。というか、緊張しているようにも見える。何か企んでるんじゃないだろうか。
……まさかとは思うけど、仮に財前が弓長くんと裏で手を組んでいたら、今回の集まりはまずいかもしれない。さすがにそれは疑いすぎかもしれないけど、用心するに越したことはない。
「ところでルリ。今日は閂くんの他に、先日君が会ったという弓長くんとやらも来るのだったね?」
「ええ。なんか一緒に遊びたいそうよ」
「ならば、君はその弓長くんと一緒に遊園地を回ってくるといい」
「え?」
エミからの予想外の提案に驚く間もなく、彼女は私に耳打ちをしてきた。
「近頃の君は気を張りすぎている。『獲物』である私の身を守る支配者であろうとする気持ちが先走っている。だから今日の私は、君のために自分で身を守ることを誓おうではないか」
「……!」
「そういうことだよ。今日は私のことを気にせず、存分に羽を伸ばしてもらいたいのだよ」
気を遣われている。私は今、エミに気を遣われてしまっている。
あのエミが、自分の願望を捨てて、今日は命を繋ぐと言っている。私に休めと言っている。
……情けない。それほどまでに、私はすり減ってしまっているのだろうか。
「ひひっ、お待たせいたしました、皆々様……」
小さな笑い声と共に私たちの前に現れたのは、言うまでもなく閂だった。やたらフリルのついたワンピースを着た姿を見ると、もう7月になろうとしているのに暑くないんだろうかと思ってしまう。
「申し訳ありませんが、萱愛氏は今日は来られません……あの方も、私のために忙しくしておりましてねえ……ええ、光栄なことです」
「あ、は、初めまして。財前と申します。あの、黛さんのお友達ですか?」
「ひひひ、私は閂香奈芽と申します。ええ、そうです。黛先輩のお友達ですよ、ひひひ……」
……私とコイツの関係を説明するのは面倒なので、友達ってことにしておこう。
「それにしても、今回の主役はまだ到着なさっていないようですねえ……」
「あ、はい。黛さんのお友達の……男性の方が来るんですよね?」
「ひひひ、そうでございます。それはそれは黛先輩のことが気になっているお方が……」
「余計なこと言わないで」
これ以上閂が私をからかうようなら、ただじゃおかない。
「おや、いらしたようですね」
閂が目を向けた先には、一人の男の姿があった……
「え?」
確かに私の目の前にいる男の顔は、先日出会った弓長くんのものだ。それは間違いない。
「お待たせました、黛さん。この日を待ち望んでいましたよ」
だけど今日の彼は、白のカッターシャツと黒のベストとスラックスを合わせて、黒い帽子を被り、先日の純朴な少年といった様子とは打って変わって大人びた口調で挨拶をしてきた。しかもそれが妙に似合っている。
「えーと、弓長、くん?」
「はい、そうです。僕のことをお忘れですか?」
「いや、忘れては、ないんだけど……」
うん、忘れてはない。その顔は間違いなく弓長くんだ。
だけど受ける印象がまるで違う。この前は高校二年生どころか中学生にも間違われそうな弱々しい印象があったけど、今の彼は私と同い年にすら見える。別に顔が変わってわけでも体が大きくなったわけでもない。服装と口調が変わっただけだ。
「本日は僕とのお出かけに応じていただきありがとうございます。力不足かもしれませんが、黛さんの隣に立つのにふさわしい男となるために善処いたしますので、どうぞよろしくお願いします」
「う、うん」
帽子を脱いで姿勢よくお辞儀をする彼の姿を見てたら、あることに気付いた。
「あの、その右手はどうしたの?」
彼の右手には包帯がグルグル巻きに巻かれていた。しかも、手を開いた状態ではなく握った状態で巻かれているから、これじゃ右手が使えないはずだ。
「もしかして、怪我してるの? それだったら無理しなくていいけど」
「いえいえ、ご安心ください。これは黛さんの『オーダー』に沿ったまでです」
「は?」
「黛さんは僕に他人を傷つける人であって欲しくないとのことなので、今日は利き腕を使えないようにしてきました。これなら他人を傷つける心配はないと思いますので、安心してください」
「……」
なんなんだコイツ。こうなるとますます怪しくなってくる。
まさか私に『他人を傷つけるな』と言われただけで、今日一日利き腕を使えない状態にしたというのだろうか。いや、そんなはずない。コイツの行動には、何か別の意図がある。
例えば、その包帯に何か武器を隠していると考える方がまだ自然だ。
「ねえ、その包帯。外すことってできる?」
「これですか? 黛さんがそう望むのであれば外すことはできます。ある程度の時間は頂きますが」
「時間って、どれくらい?」
「そうですね。30分ほどはかかります」
そうなると、包帯に武器を隠していたとしてもそれを扱うのは左手ということになる。だとしても、確かめておく必要はある。
「ちょっと見せて」
弓長くんの右手に触り、包帯が何重にも巻かれていて、テープでガチガチに固められているのを確認する。何かを隠せる隙間もない。彼の言葉の通り、これを外すにはかなりの時間がかかるだろう。
そうなると、本当に私の言葉に従って、『他人を傷つけないように』利き腕を使えなくしたと言うのだろうか。
「黛さん、僕のことを疑ってらっしゃいますか?」
「……この間も言ったけど、私は初対面の相手に無条件に心を開くタイプじゃないわ」
「そうでしたね。でも僕はあなたの隣に立つのにふさわしい男となります。これはそのための第一歩です」
そして弓長くんは、私に微笑みかける。
「僕はあなたのことが好きなのですから。あなたの隣に立つための努力は惜しみません」
「……私のことが、好き?」
そんなわけない。そうだ、そんなわけがない。コイツには、何か他に狙いがあるんだ。そのはずなんだ。
だから、『あなたのことが好き』だと言われて、喜んでしまってはいけないんだ。
「そんなの、信じられるわけ……」
「ひひひ、黛先輩。いつまでもここで話していては、せっかくの休日を台無しにしてしまいますよ……?」
私が口を出す前に、閂に遮られた。
「じゃあ黛さん。あなたの行きたいアトラクションを選んでくれますか? 僕は特に苦手なものはないので、どれでも大丈夫ですよ」
「……だったら、ジェットコースターにでも行きたいわ」
「はい! あ、怖かったらいつでも僕の腕でもなんでも掴んでくれて大丈夫ですから」
「……」
弓長くんは包帯が巻かれていない左手を差し出してくる。だけど気軽にその手を取ることはしない。
「それではルリ。私と財前くんは別で回ってくるよ」
「ひひひ、では私は黛先輩たちの後ろについていきましょう……」
こうして私と弓長くんと閂、エミと財前というメンバー分けが行われ、奇妙な休日が始まった。
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