――数か月前――
「初めまして皆々様。閂香奈芽と申します。この名前、ゆめゆめお忘れなきよう……」
高校の入学式が終了した直後、私はクラス名簿に従いまして、この教室にやって参りました。担任の先生による号令の下、生徒全員が自己紹介をする流れになりまして、私もそれに倣い、自己紹介をさせて頂いた次第でございました。
そこで先ほどの自己紹介を、私自慢の『カーテシー』と共にさせて頂いたのですが……どうやらウケは悪かったようでございました。
これから私のクラスメイトとなる皆様が、私を見てヒソヒソと話し合う様子が見て取れたのです。この様子ではどうやらこのクラスに『本物』はいない。私は即座にそう感じとりました。
それからの私の高校生活は、それはまあ孤独なものでした。休み時間や体育の時間に楽しげに『お友達』と談笑する皆様を尻目に、私は他のクラスや上級生のクラスを見に行っていましたので、当然ではありますが。
ですがこれも、私の目的を達成するためには必要なことなのでございます。あのクラスには私の求める人物はいらっしゃらないようでしたので。
私は、『特殊』な人間に強い憧れを持っているのです。
私自身は頻繁に周りの皆様から『特殊』な人間と言われることがございますが、自らをそう位置づけたことはございません。私はあくまで『普通』の人間なのでございます。
抜きんでた才能があるわけでもなく、奇抜な発想が出来るわけでもありません。そんな私が『特殊』と呼ばれるのは全くの見当違いと申し上げるしかございません。『特殊』な人間というものは、もっと、そう、『優れている』などの賞賛や、『気持ち悪い』などという嫌悪感すら抱かせない、何と言うかその人間のために新たな言葉を作る必要があるほど、他の人間と離れているような御方を指すのだと思います。
そのような人間を探すために私は小学校・中学校で様々な人たちと接触を試みましたが、どの方も『特殊』を装った『普通』の人間に過ぎませんでした。
先生方の指示に敢えて従わない不良気取りの御方。自分は他人とは違う感性を持っていることを頻りにアピールする芸術家気取りの御方。自らがどれだけの人脈を持っているか、或いはどれだけ多くの人間を惹きつけているかを周りに見せつけるのに必死な実業家気取りの御方。ですがその誰もが、ただ等身大の自分を認めたくが無いための誤魔化しの『特殊』に過ぎなかったのです。
そうではないのです。私が求めているのはそういった方々ではないのです。もっと、根本から異なっている自分に悩むことすらしない、異質な御方を求めているのです。そういった御方に出会うために、猛勉強をしてどうにか進学校に合格したのですが、ここでも見つけることは困難のようでした。
しかし幸運にも見つけてしまったのです、私が求める『特殊』な人間を。
その御方を見つけたのは夏休みに入る前、自習時間に教室からグラウンドを眺めている時でございました。どうやらグラウンドでは二年生のあるクラスが体育の授業をしていたようでした。そして私は見ました。
一人の女子が、ある女子に故意にサッカーボールをぶつけたのを。
どうやらボールをぶつけられた方の御方はクラスの皆様からは嫌われているようでございました。その証拠にどなたもその御方に近づいて無事を確かめようとはされなかったのですから。
ここまでならよくある風景なのですが、私の目を奪ったのはここからでした。
ぶつけられた方の御方が、至福の表情をしていたのです。
嫌われているという現実から目を逸らすための顔ではありません。そうであれば、もっと引きつった表情になるはずなのです。ですがその方は心の底からご自分がボールをぶつけられているのを喜んでいるご様子でございました。
なぜ、どうして、この状況でそんな表情が出来るのか? 私は考えました。そしてその方とお近づきになりたいと思いました。
そして私はその方が二年生であることを突き止め、さらに二年生の皆様の間では有名人であることを知りました。さらに驚いたのは、その方の言動です。件のボールの事件の後、その方はクラスメイトにこう発言したそうです。
『君たちの行いは手ぬるいとは思わないかね?』
そう、その方はご自分がもっと手ひどく痛めつけれるのを望んでいたのです。さらにそれを恥じることも隠すこともしない。それが『特殊』で無くて、何なのでしょうか。
この方です。この御方こそ、私の求めた人物だったのです。
ですが問題がございました。そう、『あの人』が『偽物』である可能性もあるのです。『特殊』を装っている『偽物』という可能性が。
今まで散々『偽物』を掴まされてきた私でございますので、少々疑り深くなっていたのでございます。
そこで私は考えました。『あの人』が『本物』であるかどうかを確かめる方法は無いものか。そして、ある人物の存在を知るに至りました。
その御方は、『あの人』の唯一の友達と言われる三年生の女子でした。『あの人』と同様、その御方も有名人だということです。
そこで私は思いつきました。もしその御方の身に何かあったら、『あの人』はどのような反応を見せるか。
激しく動揺して考えを改めるか、それともそんなことを意に介さずに目的に突き進むか。
私としては後者の反応を見せてほしいのですが、どうなるかは試してみないとわかりません。とりあえず私は、『あの人』の友達と呼ばれる件の三年生に接触することに致しました。
その御方の名は――黛瑠璃子。
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