柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第十三話 棗香車の死の責任

公開日時: 2022年11月21日(月) 12:50
文字数:2,313


「柳端くんから有力な情報が来たよ。空木医師が今、彼の前にいるそうだ」


 電話を切った柏ちゃんは、私に顔を向ける。だけどその顔は笑っていない。笑っていられる状況でもないんだろう。


「やはり空木医師の指示で沢渡くんが動いていたらしい。ルリが連れ去られたのも確定した」

「そう、なのね……」


 笑っていられないのは私も同じだった。黛センパイは沢渡と『アサヒ』に連れ去られている。もしかしたら、もう……


「私たちが到着する頃には、ルリが空木医師を屈服させているかもしれないね」


 そんな私の悪い予感を吹き飛ばすように、柏ちゃんが言った。


「あのルリが、私の支配者が、あのような男に負けるはずがないよ。さて、我々はルリが勝利する瞬間を見物しに行こうではないか」


 だけどその顔はまだ笑っていない。それどころか、柏ちゃんの右手は自分の胸のあたりを強く掴んでいた。

 私にもわかる。今の言葉は私に言っているんじゃなく、自分自身に言ってるんだと。


「そうだね、行こうか。黛センパイを迎えに」


 だとしても、それを指摘することなんてしない。今やらなきゃいけないことは、一刻も早く柳端たちと合流することだ。




 十数分後。私たちは再び電車に乗り、柳端から指定された場所に向かっていた。目的の駅に到着するが、その場所は黛センパイから聞かされた、『死体同盟』の現在のアジトがあるとされた町だった。


「来たか、樫添」


 改札から出た私たちに対して、見知った顔の男が声をかけてくる。


「柳端! 今の現状……は……」


 柳端と一緒にいたのは、灰色の長い髪をした長身の男と、その後ろにいる青いシャツの小柄な男。

 そしてその小柄な男の腕を掴んでいる、一人の女性……その顔は明らかに棗香車に似ている。


「アンタ、その……」

「初めまして、樫添保奈美さん、そして……あなたが柏恵美さんね」


 私が質問する前に、女性は前に出てきた。代わりに柳端が小柄な男の腕を掴んでいる。柏ちゃんの前に立った女性は、深々と頭を下げてきた。


「私は棗夕飛と言います。今回は朝飛が……私の妹がご迷惑をおかけしています」


 その名前を聞いた時、私の中で今回の件で何が起こっているのかが繋がった。

 つまりはあの『アサヒ』という女は……棗朝飛は、やはり『狩る側の存在』だったということだ。

 柏ちゃんを見ると、夕飛さんとやらを見たまま何も言葉を発さない。笑うわけでも怒るわけでも悲しむわけでもない。ただ見ている。

 しばらくしてから頭を上げた夕飛さんは、柏ちゃんに改めて顔を見せた。


「……ふむ」

「私の顔、気になる? 香車は私に似てるってよく言われてたけど」

「一度だけ、聞きたいことがあるのだが」

「なに?」


「私を殺したいと思うかね?」


「……」


 柏ちゃんの顔は、まだ笑っていない。たぶん、楽しくはないのだろう。


「まさか」


 夕飛さんもまた、無表情で簡潔に答えた。この時点で、二人の間では結論が出たんだろう。


 棗香車の死は、彼自身が起こした行動の結果であるのだと。


 柏ちゃんもそれを確認した後、柳端が腕を掴んでいる小柄の男に目を向けた。


「さて、また会ったね空木晴天。どうやら君は無謀にも私のルリに手を出そうとしているようだが」

「あーあーあー、これはまた柏さんは随分と黛さんがお気に入りのようだね。ボクとしてもそれはいいことだとは思うけども……」


 空木晴天は柏ちゃんに笑いかけた。


「君にはね、もっと自分から『希望』を持って生きていたいと思っててほしいんだよね。今の君は黛さんに生かされている状態だからね」

「だからルリを狙ったということか。全く、どこまでも回りくどくてつまらない男だよ。私のことが気に入らないのであれば、私の命を狙えばいい。それが出来ない君が、私の前に立つことがたまらなく不愉快だね」

「ボクも別に柏さんに会いに来たわけじゃないんだけどね、どんてんくんたちがボクを無理やりここに連れてきたんだよ。ああ、こわいこわい」

「柏様、まずは現状をご説明します」


 灰色の髪の男性――おそらくは『死体同盟』の代表である空木曇天らしき男が、柏ちゃんに声をかける。


「ふむ、ではまずはルリがどのような状況なのか聞かせてもらえるかね?」

「黛瑠璃子さんは兄の指示で沢渡さんと朝飛さんによって連れ去られたようです。どこに連れて行かれたかは不明です」

「そうか。ならば空木医師。君にはルリの居場所を吐いてもらおうか」

「うーん、確かにボクも死にたくないからね。君たちに何されるかわからないし、言っちゃおうか」


 空木晴天は言葉とは裏腹に特に怯えた様子を見せていない。


「黛さんはね、この駅からバスに乗って行けるボクの別荘にいるよ」

「別荘?」

「うん。ほら、どんてんくんも知ってるでしょ? 君らがアジトにしてるアパートの近くに別荘地があるの」

「じゃ、じゃあ兄さんは私たちがここにアジトを構えるのを知っていたんですか?」

「まさか、偶然だよ偶然」


 ……コイツの別荘に黛センパイが連れていかれた? 本当だろうか。

 小声で柏ちゃんに問いかけてみる。


「柏ちゃん、どうする? もしかしたら時間稼ぎのウソかもしれないよ?」

「確かにその可能性はあるね。だが、彼の性格から考えれば、おそらく本当だ」

「コイツの性格? どういうこと?」

「空木医師は『希望』や生きていることに拘っている。仮にここでウソの居場所を教えたら、空木医師自身の命が脅かされる可能性はゼロではない。彼の隣には弟が……空木曇天くんがいるのだからね」


 確かに空木曇天は、いざとなれば柏ちゃんや黛センパイを殺す決断をできる人だ。空木晴天を殺さないとは限らない。


「ならばその別荘とやらに向かおうか。ルリをあまり待たせたくはない」


 そう言って柏ちゃんは歩き出したけど、その姿には微かな緊張が感じられた。

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