それは、私がまだエミに別れを告げられる前のこと。エミと遊園地に行き、二学期が始まった直後のことだった。
周りに人がいないのを確認し、話を切り出す。
「ねえエミ、ちょっと聞きたいんだけどさ……」
「なんだね?」
「えっと、その……エミってエッチなことも考えたりするの?」
「ほう?」
正直、私は友達とそういう話をしたことがないため、どうしても顔が赤くなってしまう。
そんな私を見て、エミは口に手を当てて小さく笑った。
「おやおや、先輩は私の性事情にも興味があるのか」
「そ、そんな笑わないでよ……あとその呼び方やめて」
「ああ済まない。君の口からそういうことが出るのが意外でね」
確かにそうだろう、私もこういうことは滅多に言わない。
にも関わらずなぜこの話題を切り出したかと言うと、
「あのね、エミの願望ってもしかしたらその、性欲も入っているのかなって思って」
「ふむ……」
私の言葉に、エミは考え込む。
彼女の願望、「一方的に殺される」ということ。
私としては、もしかしたらエミのその願望はそういう性的なプレイで満たせないのかと考えたのだ。
「私も詳しくは知らないけどね、結構その、セックスの途中に首を絞めたりとか、そういうのがあるらしいじゃない? エミが求めているのはそういうのと違うのかなって」
「……」
もしそれで満たせる類のものであれば、エミは考えを改めてくれるかもしれない。
だからエミの性事情を聞いてみることにしたのだ。
「なかなか面白い考え方だね。なるほど、私の性的欲求が『狩られる』願望に繋がっていると……」
「ち、違うのかな?」
「正直なところ、私にもわからないのだよ。ただ、私は『狩る側の存在』と性行為に及ぶ可能性は無くも無いと考えている」
「え?」
どういうことだろう。やはりエミもそういう願望があるのだろうか。
「えっと、それは恋人同士になるって可能性?」
「いや、そうではない。『狩る側』が私を蹂躙するのに、性行為をする可能性があるというだけの話だ。もちろん、そうなったら私に拒否権はない。ただ蹂躙されるだけだ」
「エ、エミはそれでいいの?」
「その後にしっかりと私に絶望を与えてくれるのであれば、是非とも受け入れたいところだよ」
……正直よくわからないけど、エミもエッチなことは考えなくもないみたいだ。
ただ何だろう、やっぱりエミの願望は、そういうのとは違うのかな。
「しかしね、私とてそういう妄想はする」
「妄想?」
「世の少年少女が、自らの性的欲求のための妄想をするように、私も妄想の世界に没頭することがある。そう言っているのだよ」
「エミの、妄想……」
正直言って、興味ある。
「エミ、あのさ……」
「興味があるのかね?」
「……うん」
「なるほど、いいだろう。ではこの私、柏恵美の淫靡なる妄想の世界にご案内しよう……」
※※※
まずはそうだね、私が一番最初にした妄想から語ろうか。
その1・撲殺
例えばだ、私が人通りの多い道を歩いていたとしよう。
すると突然! 私の背後にいた何者かが、ハンマーで私を殴りつけてくるんだ。
突然のことに反応できなかった私は、そのハンマーの一撃を頭に喰らってしまう。そして倒れる。
頭から血が流れるが、どうやら全力では無かったようで、私もまだ意識を保っている。
しかし致命傷では無いとはいえ、頭を鈍器で殴られた激痛は私の動きと思考を鈍らせる。もはや私は這いずり回ることしかできない。
痛む頭を押さえて何とか見上げてみると、そこにはハンマーを持った『彼』が立っていた。
這いずり回る私を見て『彼』は笑う。ああ、だがここは大通り、こんなことが起きれば通行人が騒ぐだろう。だが、通行人はまるで私たちが見えていないかのように通り過ぎるんだ。
私は助けを求めてみるが、まるで聞こえていないかのように通行人は反応しない。
そう、この通行人たちも全て『彼』の手下だったのだよ。
それを悟った私は周囲に人がいるにも関わらず、誰も助けにこないという状況に絶望する。そして『彼』はそんな私にゆっくりと近づいてくる。私の恐怖心を煽るかのようにゆっくりと。
『彼』が一歩一歩近づいてくる度に、私の恐怖心が増幅する。しかし同時に、これから絶対的な強者に補食されることへの恍惚も増幅する。
私は精一杯這って逃げようとするが、ついに追いつかれてしまう。そしてハンマーが振り下ろされる。
ハンマーはまず私の右腕の骨を砕く。その激痛に私は転げ回ろうとするが、それよりも前に左腕も砕かれる。
両腕の骨が砕かれたことで、這って逃げることも出来なくなった。唯一の動作も封じられた私の両目から涙が溢れるが、『彼』はそんな私を愛でるかのように、砕けた右手を優しく撫でる。
だがその行動こそが、私を『人間』ではなく『獲物』として見ていることの証明なんだ。『もうお前は決して自分から逃れることは出来ないし、お前は自分に抵抗することも出来ない』ということの証明なのだよ。
それを悟った私の心に支配される喜びが満ちるが、そんなことなどお構いなしに、ハンマーは私の両足をも砕く。
もはや叫ぶことも出来ず、のたうち回ることも出来ない私を、『彼』は強引に仰向けにさせる。
そして『彼』が私に止めを刺す瞬間の顔を見た私は絶頂のまま息絶える――
まあこれが一番最初の妄想だ。今考えると、少し現実味が無さすぎる気もするが、こんなものだろう。
さて次だ。今度はもう少しシチュエーションに凝ってみた。
その2・斬殺
私は人気の無い山奥に連れ込まれて、小さな山小屋に監禁される。
手足は縛られていたが、口は塞がれていなかった。大声を精一杯出してみるが、誰も来ない。
そう、最初から助けなどこないことを思い知らせるために、口を塞がれていなかったのだ。
そして『彼』が現れる。その手には日常ではまずお目にかかれない刃物……日本刀を持っている。
そしてその刀をゆっくりと鞘から抜き、その見事な刀身を私に見せつける。
だがその日本刀が真剣とは限らない、刃が潰された模擬刀かもしれない。
だがその希望は、『彼』が事前に用意していた木の棒をその刀で両断したことによって潰される。
刀の切れ味を知らされた私だったが、今度は自分がその刀で斬られることは容易に想像できた。いや、そもそも『彼』は私にそれを知らせるために、わざわざ木の棒を斬って見せたのだ。
『彼』はこれから斬り殺されるという恐怖に震える私の腕を解放し、右腕を柱に括り付ける。
そして柱に括り付けられ、身動きのとれない私の二の腕を……
おびただしい量の血を流して激痛にのたうち回る私の腹を『彼』が蹴り飛ばす。
満足に呼吸が出来ずにせき込む私に、彼が何かを注射する。
するとだんだん痛みが消えてくる。いや、まるで麻痺しているかのように感じなくなる。
おそらくは麻酔か何かを打たれたのだろう。さらには、切断面を消毒され、包帯を巻かれる。
だがなぜ『彼』がこんなことをするのだろうか? その答えはすぐ明らかになった。
彼は七輪を持ってきて、炭に火を点ける。そして、先ほど切り落とした私の右腕を輪切りにする……
もう想像がついただろう? 私も想像がついた。
そう、彼は輪切りにした私の腕を七輪で焼き始めた。
先ほどまで自分の一部だったものが、まるでスーパーで売られている豚肉のように油を落としながら音を立てて焼かれている……しかも私の目の前で。
そして彼は調味料を振り、よく火の通ったそれを食べ始めたのだ。
私の人間としての尊厳や権利、身分、肩書き、それらを全て否定されているようだった。
だが文字通り、彼に『補食』されていると言う事実は、私の暗い欲望を満たすには十分だった……
ふむ、少しこの妄想は過激すぎたかな?
次はもう少し抑えめなものだ。安心したまえ。
その3・溺殺
私は営業時間を過ぎた深夜の水族館に連れ込まれた。
なんと『彼』は水族館の職員すら手中に収めていたのだ。……実際にそれをするのは至難の業だろうが。
まあともかく、『彼』は魚もいない、水も入っていない空の水槽の中に手足を縛られた私を放置する。
これから何をされるか? そこまで意外なことはされないだろう。
そう、彼は水槽への放水を開始したのだ。
当然ながら、足を縛られた私は逃げることなど出来はしない。水槽のガラスを叩いてみるが、あの水圧に耐えられるガラスを割れるはずもない。
だが『彼』は一旦放水を止めた。お前の命乞いが感動的なら助けてやると。
私は精一杯の命乞いをしてみた。両目から涙を大量に流し、思いつく限りの感動的な台詞を並べてみた。
だが『彼』は冷たく言い放った。
『何を期待しているんだ、変態が』
そう、見抜かれていたのだ。私の命乞いを全て否定してほしいという薄汚れた欲望を。
それを知った私は、『彼』を上回ることは不可能だと自覚した。『彼』は全ての面で私の上を行き、私のたやすくねじ伏せることが出来るのだと思い知った。
そして放水が再開される。なおも私は命乞いをするが、それらは全て打ち砕かれることを前提としたものになってしまった。彼に屈したいという欲望が透けて見えてしまっていた。
『彼』はそんな私に興味をなくしたかのように去っていった。放水を止める者はもういない。
そして縛られて泳げない私を、水が包み始める……
ここで私の意識はとぎれるのだが、その直前に私は想像する。
翌朝、水族館の営業が始まって、来館客に晒される私の死体を。
おそらくは目は光を失い、口からはこぽこぽと肺に残った空気が泡として吐き出されているのだろう。
それを見た客たちが、まるで水族館の見せ物の一つのように私の死体を眺めるのだろう。
それを想像したところで、今度こそ私の人生は終わる……
うん、これは少し現実離れしすぎたね。実現は難しいだろう。
さて、次はもっと心理的に追いつめられるものだ。
その4・絞殺
私は突如としていじめを受ける。
クラス単位ではない。学校全体はおろか、町の住民でさえも、私に暴力を振るう。
時には死ぬ寸前まで追いつめるものもあった、中でも多かったのが『絞首刑の練習』だ。
私は首に縄をかけられ、椅子の上に立たされる。そしてクラスメイトたちがその椅子を蹴る。
決して全力ではない。私が落ちないギリギリを見極めて、そっと。
落ちないように必死に椅子を足でたぐり寄せようとする私を見て、クラスメイトたちが笑う。私は必死なのに、彼らにとっては余興の一つに過ぎない。
だがそれがたまらない。殺す者と殺される者の意識の違い。それこそが、『獲物』である私が『狩る側』に屈服していると感じる一因なのだ。
徐々に私は、絞首刑を執行されることに快感を感じ始める。皆に笑われながら……単なるお遊びで殺される理不尽さに悦びを覚える。
だが突如として私へのいじめはピタリと止む。
彼らの意志ではない、まるで別の大きな力に強制されているかのように。
私の生活に平穏が戻る。だが私の心に平穏は訪れなかった。
そう、もう一度、もう一度執行されてみたいと思ってしまったのだ。
そんな私の前に『彼』が現れる。手にはロープを持って。
そして告白する。今までの私へのいじめは、全て自分が仕組んだものだと。
それを聞いた私に怒りは沸いてこなかった。むしろ私への当然の行いだと感じた。
そう、『彼』は『狩る側』で私は『獲物』だ。
そして『彼』は死刑台を作り始める。ロープを天井のフックに引っかけ、先端に輪を作る。
さらにそのロープの前に踏み台を置く。
だが『彼』は決して私に近づいては来なかった。いきなり襲いかかられると思っていたが、違った。
『彼』の言葉は私の予想を超えてきたのだ。
『処刑されたいのなら、自分で踏み台に上がれ』
そうなのだ。彼は最後の一歩を私自身に踏み出させようとしているのだ。
逃げようとすれば逃げられる。すぐさま後ろを向いて、全力疾走すればいい。
だが私はそれをしなかった。それをしたくなかった。
そう、すでに私は処刑されることを心の中で決めていた。
逃げられる? 違う。すでに私は逃げられない。『彼』の下準備によって、逃げるという選択肢を考える心をなくしてしまった。
だから私は逃げられない。
いつの間にか、私は踏み台の前に来てしまっていた。今ならまだ引き返せる。後ろを向くことが出来る。
しかし、絞首刑への快感を刻み込まれた体は、すでに行動を決定していた。
そして私は、『彼』に指一本触れられることなく、踏み台に上がっていた。
その行動に身震いした。全く暴力を使わずに私を支配した『彼』を崇めた。
完全に逃げ道を無くした私の首にロープがかけられる。あとは『彼』が笑いながら踏み台を蹴り飛ばし、私の体が吊り下げられる。
完全に支配された悦びに震えながら、私の人生が終わる……
とまあ、こんな感じだよ。
さて、次に……おや、おーい、黛くん? まゆずみくーん……
読み終わったら、ポイントを付けましょう!