柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第十七話 対峙

公開日時: 2021年4月20日(火) 19:10
文字数:3,830

 

 エミの鞄には、あるものを忍ばせてある。


「斧寺さん、エミは駅前のデパートにいるようです」

「わかった。少し飛ばすぞ!」


 斧寺さんの車に乗った私と樫添さんは、携帯電話のとあるアプリを起動させていた。画面に表示された地図には、駅前のデパートを示す地点に、マーカーが表示されている。

 私は事前にエミがいつも持ち歩いている鞄に、市販のGPSを忍ばせていた。子供を見守るために親が持たせる用途のものだが、私にとってはエミを守るために必要なものだったので、購入していたのだ。


「それで? 恵美とはまだ連絡はつかないか?」

「ダメですね、いくら呼んでも電話に出ません」

「……無事でいてくれよ」


 走る車の中で、私はエミの動きを予測していた。

 エミは陽泉と出会ってどういった話をしているのか。そして陽泉に何を求めるのか。そもそも陽泉の過去を知っているのか。

 陽泉の過去を知れば、エミのことだ。『自分を殺してみないか』と迫るのは明白。だけど陽泉がそれを受けて、すぐにエミを殺すとは思えない。ヤツが人に暴力を振るうのは、萱愛に関連した時のみのはず。 なので問題は、陽泉にとってエミが萱愛に害を為す存在であるかどうかだ。そう認識されれば、エミの身は危ない。

 だけど私はエミの無事を祈ることはしない。祈っても何の意味は無い。

 エミを無事に帰すのは、私の役目だ。


「着いたぞ!」


 斧寺さんの言葉通り、デパートが見えてきた。車を地下駐車場に停めて、すぐさま降りる。


「斧寺さん、GPSだと正確な位置まではわかりません。私たちは地上を探します!」

「わかった。俺はこの駐車場を探す!」


 そう言って私と樫添さんはエレベーターで地上階と向かった。

 フードコートの近くで一旦手分けしようとした時、樫添さんが声を上げる。


「センパイ、あれ、柳端じゃ!?」


 樫添さんの言うとおり、彼女の視線の先には背の高い短髪の男、柳端がいた。


「柳端!」


 私が声を上げると、柳端はすぐに反応した。表情からして、どうやらあちらも非常事態が起こっているのは明らかだった。


「状況は?」


 だから単刀直入に、今の状況を尋ねる。この場で不要な説明なんてしているヒマはない。


「……柏と陽泉はおそらく二人でいる。閂に見張らせていたが、たぶんあいつも見つかった」


 柳端も私の意図を察したのか、今の状況を端的に話してくれた。エミは既に陽泉の元にいるとなると、こんな人の多い場所にはいないだろう。そうなると……


 ――地下駐車場。エミのGPSが正確な場所を示さないことを考えると、そこにいる可能性は高い。


「わかった、じゃあアンタも来なさい。エミの居場所はわかるわ」

「なんだと? いや、そうだろうな」


 陽泉と戦うことを想定するなら、柳端の助力は必要となる。それに……


「樫添さん、ここから先は単独行動はなし。必ず複数で行動して」

「わかりました。とりあえず萱愛を呼んできます」


 陽泉を説得するなら、息子である萱愛の力も必要となってくる。いずれにしても、私のやることはひとつ。


 ……エミに手出しはさせない。


 ※※※


 黛さんたちが地上階に向かった直後、俺は地下駐車場で恵美を探していた。いくらデパートの駐車場といえど、そこまで人が多いわけでもない。仮に恵美と陽泉が一緒にいるとすると、恵美の身は危険だと言わざるを得ない。


 それほどまでに、萱愛陽泉という男は危険なのだ。


「恵美! いるのか!?」


 恵美の名を叫びながら探すが、いくらなんでも車路にはいないだろう。そうなると人目の付きにくい車の陰か、あるいは……


 そう考えながら辺りを見回すと、並んでいる車の間から、何かが飛び出した。


「ん!?」


 飛び出した何かは駐車場のに地面に当たり、カラカラと回りながら滑り、柱にぶつかる。よく見るとそれは携帯電話だった。

 俺は直感して、携帯電話が飛び出した方向に目を向ける、そこには……


「あれ、識霧くん?」

「……陽泉!」


 駐車場の壁にもたれるように座り込んでいる恵美と、その横で髪の長い少女を壁際に追い詰めるように立っている陽泉の姿があった。


「……ひひ、上手く誘導できたようですねえ」


 髪の長い少女は俺を見ながら薄笑いを浮かべる。どうやらさっきの携帯電話は彼女が投げたもののようだ。恵美を探す俺に、自分たちの位置を知らせるために。


「なーんだ、識霧くん。柏さんを探しに来てたのかな? なら残念だけど、君に柏さんを渡すわけにはいかないねえ」


 俺は再度、壁にもたれかかっている恵美を見る。どうやら気絶しているのか、目を閉じてこちらに気づいた様子はない。


「陽泉! お前、恵美に何をした!」

「何って、別に? ただちょっと小霧くんによくないと思ったから、一発お見舞いしただけだよ」

「一発……?」

「うん、一発。ちょっとお仕置きしたら眠っちゃったみたいだね。だからまあ、この隙に彼女には遠いところに行ってもらおうかと思って」

「……お前、恵美を殴ったのか?」


 俺の疑問に対しては、もう一人の少女が答えた。


「識霧氏、私はこの方が柏先輩を殴って連れ去ろうとするのを目撃し……がっ!!」

「うるさいなあ」


 少女が話すのを、陽泉はその首を掴んで止める。まずい、このままだとあの子も危ない!


「陽泉! やめろ!」


 俺は少女の首を絞める陽泉に掴みかかり、強引にその手を剥がそうとする。だがそんな俺の動きを予測していたかのように、ヤツの左拳が俺に振り抜かれる。


「くっ!」


 腹にめがけて振り抜かれた拳を咄嗟に両手でガードするが、衝撃を受け止めきれずに後ろに停めてあった車に背中を打ち付ける。

 その間に陽泉は少女の首を掴んだまま片手でその体を持ち上げていく。


「くそっ! やめろ! お前、その子が何をした!」

「何をしたって、この閂って子はさあ、自分が小霧くんの彼女なんて言うんだよ? こんな子がだよ? 僕の大事な大事な小霧くんの彼女がさあ、こんなわけのわからない女の子で良いわけないでしょ」

「ぐ、うううう……」

「やめろ! それ以上やったら、本当にその子が死ぬ!」


 閂と呼ばれた少女は左目を見開いて苦しそうに呻く。このままだと本当に命の危機だ。

 だがいつのまにか、閂さんは右手に持った何かを陽泉の腕に当てていた。


「んー? ぐうっ!?」


 突如として陽泉が苦悶の声を上げたと思うと、ヤツは右手を閂さんから離した。その瞬間を見逃さず、俺は閂さんを陽泉から引き離す。


「げほっ! げほっ!」

「おい、大丈夫か!?」

「ええ……ひひひ、黛先輩から借り受けておいて正解でした……」


 咳き込みつつも、薄笑いを浮かべる閂さんの手には、スタンガンが握られていた。そうか、これで陽泉に反撃したのか……


「……全く、そんな危ないものを持ち歩いているのは許せないなあ。小霧くんにも、それを使って何かしようとしてたんじゃないの?」


 電撃から立ち直った陽泉はこちらに向き直る。どうやら大したダメージはないようだ。


「識霧くん、ちょっとそこどいてくれる? その子にはきついお仕置きが必要みたいだからねえ」

「断る。お前にはもうこの子に手出しさせない」

「うーん、それは困るなあ。僕としても霧華さんの弟にひどいことはしたくないんだけどなあ」

「初対面で俺を殴った男が、抜かしてやがるな」


 閂さんはまだ呼吸が整ってないから動けそうにない。なら、俺がこの子を守らないとならない。


「まったく、みんな僕の愛の邪魔をするんだなあ。こんな危ない世界からは、僕がちゃんと小霧くんを守らないとね!」


 そう言いながら、陽泉は向かってきた。言葉に反して、その顔には不気味な笑いを浮かべている。

 やはり、こいつにとっての愛は、暴力を解き放つものでしかない。こんなヤツが……こんなヤツが人の親であって良いはずがない。


「来い! 陽泉!」

「ははっ、行くよ識霧くん!」


 俺も元警官だ。武道の経験はある。閂さんが逃げるまでの時間は充分に稼げる。

 俺に掴みかかる手を払いのけ、襟を掴んで投げ飛ばし、その動きさえ封じてしまえば終わりだ。


「ははっ!」


 予測通り陽泉は俺の顔をめがけて拳を振り抜こうとする。それを払いのけて、こちらが掴みかかり、投げてしまえば……!


「おおおおっ!」


 ――だが。


「ぐっ!!」


 掴みかかった俺の右手に、突然の激痛が走る。見ると、陽泉の歯が俺の右手に突き刺さっていた。


「が、ああっ!」


 信じられないほど強い力で噛みつかれたことで、俺の動きは止まった。くそっ! ここに来て、そんな手段を取ってくるか!


「はな、せ!」


 残った左手で陽泉の顔を殴りつけるが、ヤツの口はびくともしない。だが今度は俺の腹に、とてつもない衝撃が襲ってきた。


「ぐぼぁっ!」


 衝撃が俺の身体を貫き、視界をぼやけさせる。『殴られた』と認識した頃には、俺の身体から力が抜けてしまっていた。

 陽泉の歯がようやく俺の右手から離されたが、それに反撃する間もなく、今度は俺の頭に上から衝撃が来る。


「がはっ!」


 強い力で地面に叩きつけられ、全身に痺れが走る。目が霞み、身体が動かない。


「あーあ、識霧くんは出会った頃からちょっと困った子だったからなあ。まあこれで懲りたでしょ」


 ダメだ……このまま陽泉を行かせたらダメだ……

 このままだと、閂さんも、恵美も、そして小霧も。


 みんなが幸せにならない。俺が、こいつを止めなければ……


「ま、て、陽泉!」


 俺は必死に陽泉の足を掴む。

 そうだ、こいつを絶対に野放しにしてはならない。こいつだけは……


「しつこいなあ、識霧くん。あんまりさあ」


 俺が、俺がこいつを止め……


「僕を困らせないでくれるかなあ!?」


 だがそんな俺の意識は、陽泉の怒りの声の後に途切れた。

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