柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第十二話 “腹黒”

公開日時: 2023年4月3日(月) 19:05
更新日時: 2023年4月3日(月) 22:08
文字数:2,868


「ありがとうございました! またお越しくださいませ!」


 バイト先のファミレスでホールを担当している女性店員が客に対して高く明朗な挨拶をするのを聞いて、オレの教育が行き届いているのを実感した。オレも所詮はアルバイトの身だが、後輩へ教育するのは仕事をする人間の義務だ。そこに正社員もアルバイトもない。

 一方でキッチンの隅でブツブツと何かを呟きながら皿洗いをしている小太りの中年店員にはムカついた。


「おい、アンタいつまで同じ仕事やってんだよ。チンタラやってんじゃねえよ!」

「す、すみません」

「夕方のピークタイムなんだからよ、キビキビ動いてくださいよ」


 オレの注意を受けても、中年店員は返事をすることもなく、仕事のスピードを上げることもなかった。こういうヤツは見ててイライラするが、コイツの指導にエネルギーを使いたくもない。

 そう思ってると、店長がオレに声をかけてきた。


「おう、メイジ。今日はちょっとホールの方手伝ってくれないか?」

「ホールですか? 見た感じそんなに客の入り多くないですけども」

「だからだよ。お前がホールにいた方が客が入ってくるんだ。な、頼むよ」

「わかりました」


 店長の頼みとなれば、オレも聞き入れないわけにもいかない。短髪で強面だが人当たりのいい店長のことを尊敬しているし、この人の指示ならオレも納得して動けるからだ。


「あ、メイジさん! こっち手伝ってくれるんですか!?」

「店長の指示が出たんだよ。その代わりひとりキッチンに回ってくれないか?」

「……じゃあ、僕が行きますよ」


 オレと入れ替わるように、後輩の男子大学生バイトがキッチンに向かっていく。その顔にはオレへの不満がわずかながらに見て取れた。一方でホールにいた若い女性店員はこっちを見て楽しそうに笑い、オレに近づいて来た。


「……来てくれてありがとうございます。あの人、仕事そっちのけで私に言い寄ってくるから困ってたんですよ」

「ああ、やっぱりそうか。ま、オレとしちゃキッチンでちゃんと仕事してくれりゃ構わねえんだがな」

「あ、あの、ちょっとお礼したんで、バイト終わったらその、一緒に……」

「さて、こっちはこっちでちゃんと仕事するか。オレはテーブルのセッティングに回るから、そっちは引き続きお客さんの案内を頼むよ」

「は、はい……」


 誘いをかわされてあからさまに落ち込んでいるが、んなもん知ったこっちゃない。こっちは別にアンタに恩を売りたくてホールに来たんじゃねえ。仕事するために来たんだ。

 昔からそうだった。オレの見た目は自分が望む望まざるに関わらず、周りの人間関係をかき乱す。特に女はオレに気に入られようと必死になり、男は狙っていた女を取られたとオレに怒りを向けてくる。それに対処するのも、もう慣れたもんだ。

 だが先日、オレが過去最大にその人間性をかき乱してやった女に会った。


 黛瑠璃子。


 久しぶりに会ったアイツは、あの時と同じく相手を踏み潰していた。ミーコを力づくで叩き潰した時のように、女友達を従えていた。

 相変わらずくだらねえ女だ。オレの彼女という地位に必死に縋りついていた時と同じく、他人を従えることで自分の価値を確認しないと不安で仕方ないんだろう。

 瑠璃子はもともと、誰かに好かれているかどうかを気にする人間ではあった。だが、オレにフラれたことが今のアイツに小さくない影響を与えているのは確かなようだ。

 だったらもう一度教えてやらなきゃならない。瑠璃子がどんなにくだらねえ女なのかを。


「お疲れさまでしたー!」


 バイトが終わり、着替えと挨拶を済ませて店を出る。夜にも関わらず、外の空気は生ぬるくて早くも汗が出てきやがった。早く帰ってシャワーを浴びたいし、汚れた体でいたくない。足早に店の裏にある従業員用の駐輪場に向かい、自転車のカギを開けようとポケットに手を入れた時だった。


「……こんばんは、工藤メイジさん」


 オレを呼んだ相手は待ち構えていたかのように店の陰から出てきた。辺りが暗いこともあって顔はよく見えなかったが、誰なのかはわかる。


「テメエか。わざわざオレのバイト終わるのを待ってやがったのか?」

「あなたは仕事の邪魔をされるのが嫌いなのでしょう?」


 はっきりと顔が見えなくても、オレを見て笑っているのはわかった。早く帰ろうとは思っていたが、コイツには聞いておかないとならないことがある。


「それでだ、“腹黒はらぐろ”。あの後の瑠璃子の様子はどうだった?」

「随分な呼び方をしてくれますね」

「そりゃそうだろ」


 コイツの名前は知っているが、オレからすれば“腹黒”としか言いようがない。


「お前は瑠璃子と遊園地で楽しく遊んだ後に、わざわざアイツとオレを引き会わせたんだからな」


 そう。あの遊園地でオレと瑠璃子が再会したのは偶然じゃない。この“腹黒”がオレに瑠璃子の居場所を教えて引き会わせたからだ。

 オレを見て身体を震わせる瑠璃子の横に、何食わぬ顔をしてコイツはいた。つまりコイツは瑠璃子の友達でありながら、二度と会いたくないであろう元カレに偶然を装って会わせたんだ。


 そんなヤツを言い表す言葉は、“腹黒”くらいなもんだ。


「黛はあなたとの過去を語ってくれましたよ。あなたも相当な悪人ですね」

「そうか。瑠璃子はやっぱりオレのこと恨んでるのか?」

「はっきりと恨んでるとは言ってませんでしたよ」

「その言い方はオレはまだ恨まれているって言ってるようなもんだな。瑠璃子はオレがまた会いに来ると警戒してるってわけだ」

「そうですよ。まあ、警戒したところであなたにはこうして情報が筒抜けなわけですが」


 “腹黒”は小さく笑うと、オレに何かが印刷された紙を渡してきた。どうやらどこかの地図のようだ。


「なんだここ?」

「街中にある演劇教室ですよ。来週の金曜日の夕方、黛がここに来ます」

「よし、じゃあその予定に合わせてオレも行く。お前はどうするんだ?」

「もちろん行きますよ。黛とは仲良くしていたいのでね」

「なんだ、瑠璃子のこと嫌いなんじゃねえのか?」

「まさか。まあ、もっと仲良くしたい本命は別にいますけど」


 携帯電話のスケジュール帳に予定を登録し、その日は全てのバイトを入れないようにメモをした。


「ところであなた、黛のことは今でも好きではないのですか?」

「お前もあの場で聞いてただろうが。オレはそもそも瑠璃子が好きだったわけじゃないし、アイツもオレのことは好きじゃなかったんだよ」

「そうですか。それを聞いて安心しました。あなたは黛にとことん嫌われていた方が都合がいいですからね」

「……本当にお前、いい性格してるぜ」


 オレと“腹黒”は目的が一致したからこうして連絡を取り合って協力もしているが、個人的にはコイツのことは好きじゃない。いや、むしろ嫌いなタイプの人間だと言っていいだろう。


「それでは、今度の金曜日はよろしくお願いしますよ」


 “腹黒”は深々と頭を下げてから去っていったが、目的が達成されたらコイツとはさっさと縁を切りたい。まあ、そんな遠い未来の話でもないだろう。

 


 瑠璃子に自分の愚かさを思い知らせて、死ぬほど後悔させられれば、それでオレたちの目的は達成する。

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