柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第8部 オーダーメイド後輩

第一話 ゲーム下手

公開日時: 2023年2月18日(土) 20:05
更新日時: 2023年2月19日(日) 11:48
文字数:3,769


「ねえ、今度の日曜日、遊園地に行こうよ」


 私の目の前で、やたらキザったらしくてやたらキラキラした男が、なぜか囁くような声でそんなセリフを吐いてくる。


「それでさ、瑠璃子るりこは遊園地だったらどんなアトラクションが好き?」


 男がそう言うと、彼の前に三つの選択肢が登場した。


・観覧車

・ジェットコースター

・お化け屋敷


 うん、三つしかないけど、どれを選ぼうか。


「そういえば、エミと一緒に遊園地に行った時はジェットコースター乗ったわね」


 そう思って、ジェットコースターを選ぶ。すると男はこう言った。


「瑠璃子。俺がジェットコースター苦手って言うの聞いてなかったの?」


 そのセリフの直後、効果音が鳴って、『好感度が下がった』というメッセージが出てきた。


「ひひ、ひひひ、ひひひひひひ!!」


 それを見ながら、私の隣で一緒に画面を眺めていた女が小さな笑い声を上げる。


「何がおかしいの?」

「ひひ、これは失礼しました……私としても、これほどまでに恋愛ゲームが下手なお方を初めて見ましたので……」

「ケンカ売ってるの?」

「いえいえ、事実を申し上げたまででございます……」


 そう言いながら、その女、かんぬき香奈芽かなめは尚も笑っていた。なんかすごい腹立つ。


「ていうか、なんでアンタと一緒にネットカフェでこんなゲームやらなきゃいけないの?」

「ひひひ……萱愛かやまな氏が少し遅れると連絡が入りましてねえ……それまでの時間つぶしということで、こういった恋愛ゲームをプレイしてみるのも新鮮でしょう?」

「そういう新鮮さは別にいらないわ。それに、恋愛ゲームで男心を学ぶべきなのは、むしろ萱愛という彼氏がいるアンタの方なんじゃないの?」

「おやおや、これは手厳しい……ですがこのゲームの攻略キャラは萱愛氏とかなり性格が違いますので遠慮しておきますよ……ひひひ……」


 部屋の空気が冷たく感じるのは、冷房のせいだけじゃないだろう。こんな女と一緒の空間で盛り上がるはずもない。

 そもそもなんで私が閂と一緒にネットカフェにいるのか。その理由を今一度思い返すために、スマートフォンを起動して一枚の画像を表示する。

 そこには学生服姿の純朴そうな見た目の男子が映っていた。


「確認するけど、コイツのことはアンタも知ってるのよね?」

「ええ、ええ、その通りでございます。私の方が先に弓長ゆみなが氏と知り合いましたので……」

「……それでも、危険がないとは言い切れないわ」


 一週間前のことだ。閂の恋人であり、今はM高校の三年生である萱愛かやまな小霧こきりから突然電話がかかってきた。直接会って話がしたいと言うので、大学近くのファミレスで合流したら、萱愛はいきなり頭を下げてきた。


『どうしても、まゆずみさんに会ってもらいたい人がいるんです!』


 深々と頭を下げながら大声でそんなことを言うから店中から注目される結果となったけど、萱愛はそんなことも構わずに話を続けた。


『その人は俺の一つ下の後輩なんですけど、彼にはどうしても黛さんに会いたい理由があるんです。いきなりこんなことを言われたら迷惑なのは百も承知です。ですが、それでも会ってもらいたいんです!』


 額に汗を浮かべながら、真剣な顔で私に懇願してくる。そもそも萱愛は冗談を言うタイプじゃないから、その後輩とやらを本気で私に会わせたいのだろう。

 コイツはかつて独りよがりな性格と相手の心情を顧みない行動で、予期せぬ悲劇を巻き起こした過去もある。今はそれを心から反省し、ある程度の柔軟性を持ち合わせるようにもなったようだけど、その上で私に対してここまでの懇願をしてくるということは、今回のコイツにもそれほど譲れないものがあるんだろう。

 だからとりあえず、話を聞いてあげることにした。


『ありがとうございます。それで、会わせたい後輩というのは、この写真の人です。あ、本人には黛さんに写真を見せる許可は取ってます』


 そう言って萱愛が私に見せてきたのは、M高校の制服を着た一人の男子生徒だった。名前は弓長ゆみなが波瑠樹はるき。M高校の二年生で、萱愛とは去年知り合ったそうだ。


『弓長くんは一年生の頃に生徒会に所属してまして、閂先輩と一緒に生徒会の活動に従事してました。俺も閂先輩から紹介される形で彼と知り合ったんですけど、とても真面目で、熱心な男です』


 萱愛がその弓長くんとやらの特徴を次々と語ってくるけど、私からすればそんなことは興味ない。


 重要なのは、この男が私に会いたがっている理由と、エミに危険を及ぼすような危険人物でないかどうかだ。


 だからその二点について質問したが、萱愛はテーブルの上で拳を強く握りしめながら絞り出すような声で言った。


『理由は……俺からは言えません』


 理由が言えないなら会うなんて論外だ。そう思って話を切り上げようとしたけど、それでも萱愛は再度頭を下げてきた。


『待ってください! 俺からその理由を言うことは決してできませんが、弓長くんが黛さんや柏先輩を傷つけるようなことは絶対にないと俺が保証します! もし彼が黛さんたちを傷つけるようなことがあるなら、俺と閂先輩は黛さんや柏先輩の前に二度と姿を現しません! それくらい、俺は彼の気持ちを汲んであげたいんです!』


 萱愛が閂を巻き込んで私たちの前から姿を消すという宣言。それほどの覚悟でこの場に臨んでいるということではある。しかしそんな覚悟を示されたところで、はいそうですかと知らない人間においそれと会うわけにもいかない。

 だから私は萱愛に条件を出した。弓長くんに会う時は萱愛と閂が同席すること。待ち合わせ場所は人気があって開けた場所であること。そして、会う前に私がその弓長の素性が本物であるかどうか調べること。その条件を萱愛は呑むと言った。

 その後、私は樫添かしぞえさんに協力してもらい、M高校の生徒たちや教師に聞き込みを行った。その結果、確かに二年生に弓長という男子生徒が存在すること。問題行動を起こした経験や悪評が存在しないこと。部活動や課外活動についても調べたら、演劇教室に通っているという情報以外に目立ったものはないことを確認した。


 そして現在、私は閂と合流して萱愛たちと待ち合わせに臨もうとしたが、少し遅れると連絡が入ったので、ネットカフェに入った。そうしたらなぜか閂がネットカフェのパソコンを起動し、無料の恋愛ゲームをプレイし始めた上に、私にやらせてきたのだ。正直、意味が分からない。


「ひひひ……萱愛氏から待ち合わせ場所に到着したと連絡が入りましたよ……」


 閂がそう言ってきたので、さっさとパソコンの画面から目障りな男の姿を消す。


「そう、じゃあ行きましょう。その弓長くんとやらが私に何を求めてるのか知らないけど、もしそいつが危険人物なら、アンタも萱愛も私の敵。それでいいわね?」

「ひひ、ひひ……承知しておりますよ……」


 ネットカフェを後にして、近くの駅に行く。待ち合わせ場所は身を隠す場所がない駅前広場の中心にするように私が指定した。事前に萱愛と弓長の姿を確認する意味合いもある。

 広場に入る前に道路を挟んだ木の陰から双眼鏡で萱愛の姿を探す。確かに指定した通り、萱愛は広場の中心地点にいる。隣には画像で確認した顔の男もいる。


「随分と慎重なことでございますねえ……」

「当たり前でしょ。これまで私たちがどれだけ危ない目に遭ってきたと思ってるの?」

「……事情を知らない方から見れば、危ない人なのは黛先輩の方だと思いますが?」

「そう?」


 とにかく萱愛が約束通りに来たことを確認できたので、周りを警戒しながら向かっていくことにした。今のところ、誰かが身を隠して私を狙っている様子はない。

 萱愛が私と閂の姿を確認し、深々と頭を下げてきた。


「黛さん! 本日は、ありがとうございます!」


 またも大声を出してきたけど、今の私が気にしているのは隣にいる男だ。

 弓長波瑠樹。確かに画像で確認した通りの容姿をしている。背は私と同じくらいで、あまり力が強そうにも見えないし、どちらかというと大人しそうな印象を受ける。だけど外見の印象と心の奥底にある本性は別だ。決して油断してはならない。


「それで? あなたが弓長くん?」

「は、はい! 初めまして! 弓長波瑠樹です! この度は、お会いしてくださり、あ、ありがとう、ございます!」


 弓長くんはなぜか顔を真っ赤にして、視線を私に合わせてこない。周りを気にしているのとは違う。視線が泳いでいるような感じだ。

 何か後ろめたいことがあるんだろうか。もしかしたら、萱愛にも秘密にしている真の目的があって、それがエミに関係している可能性もある。


「あ、あの! あの、僕は! その……」


 弓長くんの顔は私を見た途端にますます赤くなっていく。コイツの意図がまだ読めない。いつでも応戦できるようにスタンガンには手をかけておく。


「弓長くん、頑張って!」


 萱愛が声をかけているが、何を頑張れと言っているのかわからない。

 どうする? このまま向こうのペースに乗って大丈夫だろうか。もしかしたらもう、何らかの罠を張られている可能性も……


「黛さん!」


 突然、弓長くんは大声を出して、私をまっすぐ見据えてこちらに近づいてくる。

 仕掛けてきたかもしれない。だけど迎撃の準備はできている。いつでもコイツを無力化することはでき……


「僕は、あなたのことが好きなんです! お、お付き合い、してください!」


 ……?


「う、うん?」


 あまりに予想外の事態すぎて、いつのまにか私の身体は硬直していた。

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