そのことを考えていなかったかと聞かれれば、嘘になる。
今のアタシは十代にして前科者だ。その上高校を退学し、親に借金までしている。
だけどアタシは、人生をやり直せると信じてこの半年間、頑張ってきた。そんなアタシを見て、両親も高校への編入を勧めてくれた。アタシの人生はまだ、終わってはいないはずなんだ。
だけど彼女は、言ってしまった。
「アンタの人生、もしかして詰んでないかい?」
『人生の詰み』とは、一体どんな状態を指すのだろう。以前の世の中を侮っていたアタシであれば、自分は何の問題もなく高校を卒業し、短大にでも入学してそれも卒業して、その辺の会社に就職した後に顔のいいイケメンを捕まえて、28歳くらいまでには結婚できると何の根拠もなく確信していたと思う。
だけど今のアタシに、それは難しいだろう。努力すれば短大には入学できるかもしれないが、その先の就職や結婚となると、どうしても障害が出てきてしまう。
アタシが、窃盗の罪で少年院にいたという過去。それが障害だ。
いくら若かろうと外見が良かろうと、一度罪を犯した人間に対する信頼は地に落ちる。アタシはそれを既にイヤというほど経験した。ある程度は自分の努力で信頼を得ることができるかもしれないけど、初対面の人間からすれば、前科者と関わりたくはないはずだ。
だけどそこまで考えて、ふと思った。なんで目の前の沢渡さんとやらに、こんなことを言われないとならないんだろう。この人がアタシの過去を知っているなんてことはないはずだ。
その不快感が顔に出てしまったのか、沢渡さんはニヤリと笑った。
「ヒャハッ、気を悪くしたかい? そうだったらごめんよ。だけどこの質問は、別にアンタにだけしてるってわけじゃない。この教室にいる、全員にしていることさ」
「え、全員に?」
この人は、『お前の人生が詰んでいるんじゃないか』なんてことを手当たり次第に聞いているってことなんだろうか。
「だけど、どうやらアンタは『自分の人生が詰んでいる』って気持ちが少しはあるようだね、佳代嬢?」
「か、佳代嬢?」
「おや、『佳代子』だから『佳代嬢』でいいだろ? 他にあだ名も思いつかないしねえ」
「まあ……いいけど。それよりさ」
相手が普通にタメ口で話してきたので、アタシもタメ口に切り替えた。
「なんでアタシが『自分の人生が詰んでいる』って少しでも感じているってわかったの?」
そもそもこの人とアタシは初対面だし、名前も今知ったくらいの間柄だ。それなのにどうして沢渡さんに、アタシの内面が見抜かれたんだろう。
「気になるかい? アンタはアタシがさっきの質問をした時、瞬時に反応を返さなかった。怒るわけでも笑うわけでもなく、『もしかして本当にそうかもしれない』と考えてしまった。だからアタシもピンと来たのさ」
「……」
確かに、普通なら『お前の人生が詰んでいる』なんて言われたら、怒るなり何なりの反応をするはずだ。だけどアタシにはその心当たりがあったから、質問に対して少し考えてしまった。彼女はそれを見て、アタシの内面を見抜いたんだろう。
だけど、自分の内面を見抜かれて気分が良くなるはずもない。だからアタシは言い返した。
「仮にアタシの人生が詰んでいたとしても、アンタに関係ないじゃん。それに、他人にそう言う前にアンタの人生はどうなの? アンタだってその歳でここにいるわけだから、訳ありなんでしょ?」
見たところ、沢渡さんはアタシとそう変わらない年齢だ。それでも全日制でなく定時制に通っているのであれば、もしかしたら彼女もスネに傷のある人間かもしれない。
「ヒャハッ、アタシの人生かい? そうさね、もしかしたらアタシの人生も客観的に見たらまあまあ外道に外れているのかもしれないねえ。だけどアタシには、そんなことは関係ないのさ」
「関係ない?」
「アタシにとって、人生単位で恵まれているか不幸かなんて、芸能人の不倫報道くらいどうでもいいことなのさ。アタシが求めているのは、今この瞬間が『絶頂期』であること。今この瞬間がアタシを満足させるものであることさ」
「つまり沢渡さんにとって、将来どうなるかとか、過去に何があったかなんて関係ないってこと?」
「まあ、言っちゃえばそういうことさ」
「じゃ、さっきの質問をアタシにするのっておかしくない? アンタは今この瞬間が楽しいかを重要視してるんでしょ? じゃ、アタシの将来を気にするのって矛盾してるじゃん」
「確かにそうだね。なんせこの質問は、アタシが聞きたくてしてるわけじゃないからねえ」
「え?」
「アタシは頼まれたのさ。『絶望を抱えている人間を見つけてこい』って、うちのリーダーからね。だからさっきの質問をさせてもらった」
「絶望を、抱えている人間?」
絶望を抱えている。確かにそれは、『人生が詰んでいる人間』に特有のものなのかもしれない。
「ああ、詳しい説明が聞きたかったらここに行きなよ。アタシもここで待ってるからさ」
そう言って、沢渡さんは黒い名刺を渡してきた。そこには――
サークル『死体同盟』という名前と、活動拠点と書かれた住所。そして代表の電話番号が書かれていた。
明らかに怪しい名刺を眺めていると、チャイムが鳴り響くと同時に教師が入ってきた。
これから初めての授業が始まるので、怪しげなサークルのことは一旦横に置いて、集中することにした。
三日後の昼。
その日はバイトもなく、休養する日と決めていたので、自分の部屋に籠っていた。そうすると、どうしても考えてしまうことがあった。
『アンタの人生、もしかして詰んでないかい?』
沢渡さんのあの発言。彼女は『絶望を抱えている人間を探す』という目的であの質問をアタシにぶつけてきた。『死体同盟』という集団が何を目的としているのかは知らないが、『絶望を抱えている』というのが、それに関わっているのだろう。
アタシはこれからどうなるのか。今は定時制課程の高校を卒業するのが当面の目標だが、それからは? アタシの人生に、これから希望が本当にあるのだろうか。
それを考えると、唐突に不安が襲ってきた。今まで世の中を舐めていたアタシのことを助けてくれる人間なんて両親くらいしかいない。だけどもし、両親がいなくなったら? 前科者のアタシを誰が信じてくれるのだろうか。
「くっ!!」
不安に駆られたアタシは、思わずそばにあったクッションをイラつきながら投げてしまう。ダメだ、部屋にいるとどうしてもマイナス思考になってしまう。でも、今のアタシには特に行くところもない。今日は学校も休みだし、遊ぶ相手もいない。
そう考えていると、あの名刺のことを思い出した。サークル『死体同盟』と書かれた名刺。
別にアタシは、絶望を抱えているわけじゃない。だけど、気分転換にはなるかもしれない。そう考えて、書かれている番号に電話してみた。
何回かの呼び出し音が鳴った後に、低い男性の声が聞こえてきた。
『もしもし、サークル『死体同盟』です』
「あ、あの……沢渡さんって人からそちらの名刺を受け取ったんですけど……」
『ああ、沢渡から聞いていますよ。あなたが綾小路さんですか?』
「は、はい」
『お電話ありがとうございます。もしよろしければ、当団体の理念をご説明致しますが?』
「え、えっと……」
理念を説明すると言われても、興味本位で電話しただけなので、言葉に詰まってしまう。
『迷っているようでしたら、一度見学にいらしてはいかがでしょうか? 毎日午後六時まででしたら、いつでも活動拠点を開けておりますので、ぜひいらしてみてください』
「は、はい……じゃあ」
時計を見てみると、今は午後一時。名刺に書いてある住所はそう遠くない。
「これからそちらに伺ってもよろしいでしょうか?」
『はい、ありがとうございます。それではお待ちしております』
その言葉の後に、電話は切れた。
どちらにしろ、このまま部屋にいるよりかは気分は晴れるかもしれない。そう思って、アタシは外に出かける支度をした。
名刺に書かれていた住所は、アタシの自宅から電車でふた駅ほどの距離だった。携帯電話の地図アプリで調べると、駅から徒歩十分ほどの位置に『死体同盟』の活動拠点はあるらしい。
地図を見ながら歩いていくと、大きな家が並ぶ住宅街に入っていた。すると、一際大きな洋館が見えてくる。
どうやらその洋館が、活動拠点のようだ。高い塀に囲まれて、茶色いレンガの外壁と立派な門が特徴的な、三階建ての大きな家だった。
表札には『槌屋』と書かれている。おそらくメンバーの誰かの家なのかもしれない。洋館の大きさに圧倒されそうになったけど、とりあえずチャイムを押した。
『……はい』
「あの、電話した綾小路ですけど」
『お待ちしておりました。ドアは空いておりますので、お入りください』
インターホンから聞こえてきたのは、電話と同じ男性の声だった。言われた通りに門を開けて、敷地内に入り、玄関の両開きのドアを開ける。
ドアを開けると、そこには灰色の長い髪をした、スーツにチョッキ姿の背の高い男性がいた。
「お待ちしておりました、綾小路さん」
「あ、はい。えっと……」
「私は、『死体同盟』の代表、空木曇天と申します。綾小路佳代子さん、あなたを歓迎します」
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