柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第十一話 弱点

公開日時: 2022年10月29日(土) 17:11
文字数:3,863


「あーあーあー、これはこれは沢渡さん。朝飛さんのこと、気に入ってくれたようだね」


 朝飛嬢と話した翌日。アタシは晴天に呼び出されて街中のカラオケボックスに来ていた。もちろん朝飛嬢も一緒だ。


「ヒャハハ、アンタの紹介にしちゃあ面白いヤツだよ朝飛嬢は。んで? 今日はアタシたちを呼び出して何をするつもりだい?」

「……」


 晴天に呼び出されても、朝飛嬢という面白いヤツがいるならアタシとしては機嫌もよくなる。対して朝飛嬢の方は特に何か言うでもなく、注文したオレンジジュースを啜っていた。


「そーうだね。一応これでボクたちもお互いのことを知れたわけだし、そろそろ目的を確認しておこうと思ってね」

「目的かい?」

「そうそう。沢渡さんは『絶頂期』を迎えたい。朝飛さんは自分の『夜』を解放したい。そしてボクは……柏さんに『希望』を抱かせたい。これで合ってるね?」

「ま、そうだね」

「つまりボクたちはそれぞれの目的を持っている。そしてその目的の中心にいる人物が……」


 晴天はテーブルの中心を指で叩く。


「柏恵美さんだ」


 ……確かにそれは事実だった。アタシたちは恵美嬢に少なからず執着している。だけど。


「待ちなよ。アタシやアンタは恵美嬢にこだわってるところはあるさ。だけど朝飛嬢はどうだい? アンタは恵美嬢と会ったこともないだろ?」

「そうだね。私も柏さんのことは話で聞いただけだよ。確かにその子は『絶望』を求めてるらしいし、気になるところではあるけれど、晴天さんほどは執着してないよ」

「あーあーあー、確かに朝飛さんはそうかな。ただね。柏さんは本人も意図しないうちに、朝飛さんのような『狩る側の存在』に対抗しうる人を作り出してしまったんだよ」

「……それが、黛瑠璃子さん?」

「そういうことだね」


 確かにアタシも、同窓会で恵美嬢と再会した時は驚いた。なにせ、まゆ嬢がいる限り自分は殺されないとまで言ったんだ。アタシの知る恵美嬢はそこまで言い切る女じゃなかった。常に『絶望』を求め、常に自分の命が『狩る側の存在』に奪われることを求めていた。一方で今の恵美嬢はそれがもう叶わないものだと言い切っている。自分の命がまゆ嬢によって守り切られてしまう『絶望』を抱えている。

 それは確かに『狩る側の存在』に対抗しうる人間だ。


「仮に朝飛さんが狙うのが柏さんであれば、黛さんは最大の障害だ。それこそ、彼女と対立するのは避けて通れない。現に棗香車くんは彼女に阻まれた」

「うん、そうみたいだね。本当に残念だよ」

「ボクはそもそも柏さんには死んでほしくないから、朝飛さんにも柏さんを狙ってほしくはないんだけどね。ああ、話が逸れたかな。とにかく黛さんは柏さんを死なせないために全力を尽くす人だ」

「何が言いたいんだい? はっきり言っておくれよ」

「はは、じゃあ言おうか。黛さんの弱点について」

「弱点ねえ。まゆ嬢とは一度ケンカしただけだけど、あの女はかなり場慣れしてる。まゆ嬢の動きは『自分がいつ命を落としてもおかしくない』という可能性が頭にある人間のものだよ。そんなヤツに弱点なんてあるのかい?」

「ん? まさにそれだよ」

「あ?」


「黛さんは、『自分を守ろうとする気がない』。それが弱点だよ」


 自分を守ろうとする気がない? まゆ嬢が?


「『自分がいつ命を落としてもおかしくない』。それはある意味では柏さんと同じ考え方だ。だけど本人はそのことに気づいていない。黛さんは柏さんを守ろうとしているけど、自分を守ろうとしてはいない。さらにそのことを自覚できていない」

「まゆ嬢が恵美嬢と同じだってのかい?」

「完全に同じじゃないよ。ただ、黛さんは自分に迫る危機を気づけない。柏さんに迫る危機に関しては敏感なのに、自分に迫る危機に関しては呆れるほどに鈍い。ボクが『死体同盟』のアジトで彼女と初めて会った時も、柏さんを守ろうとするあまり、自分のガードがおろそかになってたね。確かどんてんくんに刺されそうになってたし」

「理屈はわかったよ。んで、それがアタシたちの目的にどう関係するんだい?」


 まだ晴天の意図がわかっていないアタシに対して、朝飛嬢は例の笑顔を浮かべた。


「晴天さんの言いたいこと、わかったよ」


 その笑顔はアタシにも安心感を与える。だけどそれはアタシ自身の意志ではないように感じられた。『強制的に安心させられる』という表現が近いと思う。


「黛さんで、私の『夜』を解放しろって話でしょ?」


 この時、朝飛嬢の『獲物』は決まった。


「あーあーあー、そういうことだね。朝飛さんからしてみれば、『自分の危機に鈍い』人なんてまさにうってつけじゃないですか?」

「うん、すごく。私としても、黛さんで願いを叶えたかったし」

「そうなると、ボクの目的も達成しやすくなるんだよ。今の柏さんにとって、『絶望』とは黛さんの存在だ。だけどさ、柏さんの前から黛さんがいなくなったらどうだろう? 柏さんは黛さんが“まだどこかにいてくれるかもしれない”という『希望』を持って生きることになるんだ。例え“黛さんがいなくなったのだから、自分はどうあっても殺される”という『絶望』を持ったとしても、“もしかしたら黛さんがまだいるかもしれない”という『希望』がそれを上書きする。そうなったらもう、柏さんは『絶望』を抱くことはない」


 晴天は心底嬉しそうに語る。


「ああ、そうなったら、柏さんは『希望』を胸に抱きながら、一生を過ごすことになるんだ。なんて幸せ者なんだろう」


 どうやら、アタシはコイツの考えだけは一生理解できそうにない。『絶頂期』とは全然違う考えだ。

 ま、それはそうと、アタシは楽しめればいい。


「じゃあ、アタシたちが狙うのはまゆ嬢ってことかい」

「そういうことだよ。とりあえず、沢渡さんと朝飛さんには黛さんに接触してもらおうか。行方がわからないなら、柏さんとそのお友達……樫添さんに接触するってことで」

「まゆ嬢に会ったらどうすればいいんだい?」

「ああ、その時はこう言えばいいよ」


 晴天は手帳を取り出し、左手のペンで何かを書いていく。そしてそのページを破ってアタシに渡してきた。


『あなたの命を投げ出せば、棗朝飛は柏恵美を狙わない』


 そこにはそう書かれていた。



 ※※※



 そして現在、アタシたちはまゆ嬢を連れて、晴天に指定された場所に向かっている。


「……」


 隣を歩くまゆ嬢の目には、まるで光を感じられない。まさかこんなに上手く行くとは思ってなかった。

 あの時、電車を降りてきたまゆ嬢に対して、アタシたちは晴天のメモに書かれた通りの言葉を言っただけだ。それだけで、それだけでまゆ嬢は激しく動揺した。


『……私が命を投げ出したら、棗朝飛はエミを狙わないの?』


 確かにまゆ嬢はそう言った。その言葉の後、まるで意思を失ったかのようにアタシたちに従ったんだ。

 アタシとしちゃ意外なことが起こってる。初対面の時のまゆ嬢は、恵美嬢を狙う者はどんな相手であろうと排除するっていう強い意志が感じられた。たぶんそれは今も変わってはないはずだ。

 だからアタシはわからない。まゆ嬢がなんでここまであっさりとアタシたちに従うのか。


「黛さん、せっかくだからさ、あなたと柏さんのこと聞かせてよ」


 そんなアタシの疑問をよそに、朝飛嬢はまゆ嬢に親しげに語りかけていた。あの相手を安心させる笑顔を浮かべている。


「私ね、柏さんのことも興味あるんだよ。ああ、そうだよね、香車くんが狙ってたんだもんね。私から見ても魅力的な子だったよ」

「……」

「でもね、あなたもすごく魅力的。柏さんのこと大好きなんだよね? 死なせたくないよね? だから私たちにここまでしてくれる」

「……」

「そこまで出来るってすごいことだよ。あなたがその選択をするほどの魅力が、柏さんにはある。ただ、柏さんはどうなのかな? あなたがいなくなったら自由になれちゃうかも」


 その言葉に、まゆ嬢の体がまたピクリと動いた。


「そうだよね。あなたの存在が柏さんの邪魔をしている。あなたがいなくなると、柏さんは自由に『絶望』に浸れる。ああ、私ね。そういう人を見るとさ、こう、パクッと食べちゃいたいみたいな想像しちゃうよね」

「……て」

「ん? なあに?」

「……やめて。アンタの狙いは……私なんでしょ」

「うん。そうだよ、黛さん」

「……だったら、エミのことじゃなく、私を狙いなさい」


 そう言ったまゆ嬢の顔は、無表情だった。


「そうだね。本当にその通りだよ。ここからは黛さんの話をしようか」


 朝飛嬢はまゆ嬢の肩に手を置いた。


「私はあなたのことがね、すごく気に入ってる。だってね、すごいよね。私たちに自分から着いてきてくれるんだもん」

「……」

「あなたのこともね、パクッと食べちゃいたいね。ああ、なんか楽しいなあ。『自分はどうなってもいいから、あの子のことは助けてくれ』。うん、そういうのすごく楽しい」

「……」


「あなたのその、弱々しい感じ、私は大好きだよ」


 ……アタシはまだ、まゆ嬢と知り合って日が浅い。そんなアタシでも、まゆ嬢にはどれだけの困難にぶつかっても挫けない強さがあるんだと思った。おそらくは恵美嬢や保奈嬢、それに幸四郎もそう思っていたはずだ。

 だけど今、アタシの前にいるのは弱さを引き出されたまゆ嬢だ。こんなにもあっさりと、陥落するもんなのか。晴天や朝飛嬢の手にかかれば、こうなってしまうのか。


「……少し、順調すぎるねえ」


 アタシのその呟きは、たぶん朝飛嬢には聞こえてない。いっそのこと聞こえてしまえばよかったのに。


 そうなれば、アタシのことも全部終わらせてくれるだろうに。


 そんな思いとは裏腹に、アタシの足は目的の場所に向かっていた。

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