この私、樫添保奈美が処刑研究部に入部して十日ほどが経った。
最近では、あの黛という先輩が部室に来ることが無くなり、放課後は専ら、私たち二人で活動している。これなら好都合だ。
柏恵美に復讐するには好都合だ。
柏恵美はいつものように、処刑方法や理想的な死に方について、熱心に語っている。だが、あんたが理想的な死に方、狩られる側とやらになることはない。
あんたは殺人犯、つまり殺した側となるのだ。
この私を殺した、殺人犯になるのだ。
いや、語弊がある。柏恵美は、既に殺人犯だ。私の友達を殺した、殺人犯だ。
数ヶ月前のことを思い出す。私の友達、皿椈有紗は精神を病み、自殺した。
いや自殺ではない、あの二人に殺されたのだ。
柏恵美と沼田充。
この二人が、有紗を死に追いやった。
まず、沼田充。ヤツは有紗をしつこく追い回していた。それも、直接会うのではなく、ひっそりと付け回す形で。クラスだけでなく、自宅の場所。習い事の場所まで把握されていたそうだ。
それを知ったのは、有紗が自殺した後だった。有紗はどこに行くにも沼田の姿が見えるので、誰にも相談が出来なかったのだ。だから、私はそれに気づかなかったことを、死ぬほど後悔している。警察が有紗の残した遺書から沼田にたどり着くのに、そう時間は掛からなかった。さすがに公にはされなかったが、誰もが沼田の悪評を知っていたので、ヤツが有紗の死に関わっていたことは、半ば公然の秘密となった。沼田はいつの間にか学校から姿を消していた。
だが、私はそれだけでは気が済まなかった。なぜ、沼田が有紗を付け回すようになったのかが知りたかったのだ。
二年生に色々聞いて回ったところ、ある事実がわかった。沼田は四月の半ばから、様子がおかしくなっていたそうだ。そして四月の半ばに何が起こっていたのかを知った。
柏恵美という女生徒が、沼田を手ひどく振ったらしいのだ。
こいつだ。こいつさえ、沼田とおとなしく付き合っていれば、有紗は死なずに済んだんだ。
噂によると、沼田は精神を著しく病んでおり、別の学校に通うのも難しいらしい。沼田はもう終わりだ。
だが、柏恵美は違う。あいつは、有紗を殺したにも関わらず、のうのうと生きている。
一時は殺してやろうかとも思った。だが、表立ってはいないが、柏 恵美は「殺されたがり」のような言動をすることがあるらしい。殺されるのがあいつの望みであるなら、殺しては復讐にならない。
それなら、逆はどうだ? 私を殺させて、柏恵美を殺人犯として生き永らえさせるのはどうだ?
そうだ、それがいい。
そもそも、柏恵美は有紗を死に追いやっている。あるべき姿に戻すだけだ。だからこそ、私は柏恵美に近づいた。
柏恵美は予想通り、私の入部は許可したものの、私の申し出は拒否した。
だが、今はそれでいい。いずれ、殺されたがりの柏恵美を殺人犯にしてみせる。
それが――私の贖罪になるはずだから。
「柏ちゃーん!」
私は柏恵美に声を掛ける。
「おお、樫添くんか」
相変わらず、なんというか芝居がかった口調だ。癖というか、体質のようなものだと言っていたが、意味がわからない。
「今日も部室に行くの?」
「ああ、ところで樫添くん。その包みは何かね?」
「ああ、これ?」
私は、包みからクマのぬいぐるみを取り出す。
「じゃーん! いいでしょ? 部室に飾ろうかと思って」
「ほう、なかなか洒落ているではないか。是非とも飾ってみようか」
「わーい、ありがとう!」
よし、これでこのぬいぐるみを部室に置ける。あとはうまく、部室を舞台にするだけだ。
殺人の舞台にするだけだ。
部室についた私達は、棚にぬいぐるみを置いた後、いつも通り柏恵美が集めた文献を眺め、談義することになった。正直、どのような形であれ、柏恵美が私を殺すのが私の理想の死に方であるため、あまり意味はないのだが。
「ねえ、柏ちゃん」
「ん? なんだい?」
「柏ちゃんってさあ、実際に人が死んだところを見たことはあるの?」
「……それについては、黙秘させてもらおう」
――何というか、妙な反応だ。まあいい、ここからが本題だ。
「見たことがないならさ……作ってみない?」
「ん……何を言っているのかね?」
「だからさ……」
この言葉を言うには、少しの躊躇いがある。だが、言うしかない。
「私を殺して、死体を作って」
言った、言ってしまった。もう後戻りは出来ない。
「そう言っているの」
自分の言った発言を強調した。このまま行くしかない。
「樫添くん、以前も言ったが……」
「わかってる。柏ちゃんは『狩られる側』なんだよね。でも、私のお願いを聞いて欲しいの」
私の願い、アンタを殺人犯にするという、願い。
「私、出来れば親しい人に殺されたい。そして、特別な場所で殺されたい。だから、同じ理想を持った柏ちゃんに、この部室で殺されたいの」
本当の願いを隠し、嘘偽りの願望を並べる。だが、どちらにしろ私が柏恵美に殺される結末には変わらない。
「…………」
柏恵美は私をじっと見つめて、黙り込んでいる。
うまくいく筈だ。入部する前から柏恵美を観察していたが、この女は、はっきり言って異常者だ。
殺されたいという、まともじゃない願望を抱く異常者だ。
だから、異常者を嵌めるにはこちらも異常者になるしかない。
「殺されたがり」になるしかない。
「……わかった。だが少し待ってくれ、準備をする」
来た! やはり来た! 思ったとおりだ。おそらく、柏恵美は相手の意思を尊重するタイプだ。それは、黛瑠璃子のやり取りから見て、推測した。
そして、死を身近に感じているこの女は、人を殺してみたいとも思っているはずだと考えた。正直、賭けだったが、うまくいった。
「準備? いいよ。でも、逃げないでね」
「わかっているよ。すぐ済む」
そう言うと、柏恵美は制服を脱ぎ、掛けてあった男性用のワイシャツと喪服を着た。
「……なんのつもり?」
「一応の礼儀だよ。君に対する……ね」
やはり私では、この異常者の思考を完全には読めない。だが、うまくは行きそうだ。私は横の棚にある、ぬいぐるみを確認する。よし、しっかりこっちを向いている。
そう考えていると、柏恵美は飾ってあったケースのカギを開け、ククリナイフを取り出した。
「よもや、私がこれを使うことになるとはね」
来た。殺す気だ。本当に私を殺す気だ。あのナイフで私は死ぬ。
そして、柏恵美は殺人犯になる。警察に捕まり、有罪判決を受ける。
ナイフが振り上げられる。
これで終わりだ。私は有紗のもとへ行く。
お前は殺人犯として生き永らえろ、柏恵美。
そして、ナイフが振り下ろされると同時に、私は目を瞑った。
刺さった。ナイフが刺さった。
――――ぬいぐるみに。
「……え?」
柏恵美はぬいぐるみからナイフを引き抜くと――中に仕込んであった、小型カメラを取り出した。
「やはりか」
なっ……!? 読まれていた!? 私の狙いが読まれていた!?
「樫添くん、君はこのカメラで何を撮ろうとしていたのかな? 私が君を殺すところか? だとしたら、それは叶わぬ事だ」
「な、何で……?」
「ふむ、直截的な表現の方がいいのかね?」
何だ? 何を言ってくる?
「私は、自分の死を利用するような存在の手助けはしたくない」
……自分の死を、利用? まさか、全て……
「そう言っているのだよ」
全て読まれていた!?
私がなぜ、この女に近づいたのかも、この女を殺人犯として警察に捕まえさせようとしていたことも。
「君がいなくなれば捜索願が出され、警察はこの部室を調べる。そして、このぬいぐるみも調べる。その後、中の隠しカメラを見つけ、それには私が君を殺す決定的瞬間が撮られていて、晴れて私がお縄になる。そういったところか?」
「ど、どうして……」
「なぜ、気づいていたかを聞きたいのかね?」
いつだ!? いつ私の狙いに……?
「私は君のことを、入部する前から知っていた」
知っていた!? そういえば、あの時……
『おや、君はC組の……?』
あれは、私の顔を知っていたのではなく、素性も知っていたのか!?
「確か、皿掬 有紗といったか? 君の友人は」
「アンタ……そこまで……」
「当然だよ、君のことは調べさせてもらったからね」
「な、何で!? 何で私を!?」
そうだ、こいつが私を調べる理由なんてないはずだ。
だが、この女は言った。
「君が私に、殺意を向けていたからだよ」
殺意!? そんなものを感じ取ったというのか!?
「私に殺意を向ける……『狩られる側の存在』としては、無性に気になってね。つい、調べてしまったんだ。ただ、君は私の理想とは違ったようだがね」
「アンタの……理想?」
「そう、君のような友人の敵討ちではなく、純粋に私を殺したいと思う者。それが私が求める、『狩る側の存在』だ」
「……意味がわからない」
「そうかね? 私としても、君に言いたいことがあるのだがね」
「言いたいこと?」
だめだ、予想できない。こいつは次に何を言ってくる?
「実にもったいない」
「な、何が?」
「人生に一度しかない殺される瞬間を、他人のために使うのは実にもったいない」
「他人のために、使う?」
「そう、君は使うつもりだったのだろう? 自分の命を」
「確かに、アンタを殺人犯にするために……」
「違う、そうじゃない」
そうじゃない? それ以外に何が?
「君は、皿掬くんとの友情を証明するために自分の命を使うつもりだったのだろう?」
友情を――証明?
「君は皿掬くんが亡くなって、自分が何もしなかったことを悔やんだ。だが同時に恐れたんだ。友人なのに、何もしてあげられなかったことを糾弾されるのを恐れた。だから、命を使って皿掬くんに証明しようとした」
「わ、私が何を!?」
「自分を犠牲にすることで、皿掬くんに何もしてあげられなかった自分を許してもらおうとしたんだ」
「そ、そんな……私は……」
「そうでないと、自分が皿掬くんの友人であったかどうか、自信が持てなかったのだろう? そして、皿掬くんが自分を友人と認めてくれない気がした。だがね、迷惑なのだよ」
「迷惑?」
「そんな邪な気持ちで殺されようとするのは、『狩る側』に失礼だ」
失礼……『狩る側』に、いや違う。この場合は――
――有紗に、失礼だ。
「『狩られる側』は、殺されることだけに集中するべきだ。そんな邪念を抱いていてはいけない。殺される瞬間をじっと待ち望んで、それだけに集中するべきだ」
もはや、柏恵美が何を言っているか聞いていなかった。有紗に失礼、そうだ、失礼だ。
「君は、この部にふさわしくはないようだ。残念ながらね」
――確かにそうだ。有紗に失礼だと分かった以上、死ぬ理由が無い。だめだ、もうだめだ。
私はもう、生きるしかない。
大切な友達のために生きるしかない。
「部長として、君の退部を命ずる。出て行きたまえ」
「……わかったわ。さよなら、柏恵美……ちゃん」
まさか、あんな女に説教されるとは思わなかった。でも、これで良かったのかもしれない。
本当は、死にたくなかったのだから。
※※※
エミと距離を置いてから、数日。私は処刑研究部の部室の前を行ったり来たりしていた。
「何をしているのかね、黛くん」
「うひゃあっ!?」
いきなり声を掛けられたので、大声を出してしまった。
「エ、エミ、こんにちは。えっと……樫添さんは?」
「彼女なら、退部したよ」
「え!?」
退部? 何があったのだろう。何か事情があったのだろうが、エミはそれでいいのだろうか。
「あのさ、エミ」
「どうしたのかね?」
「私……エミと一緒にいて、いいのかな?」
何を聞いているんだろう私は、エミだってこんなこと聞かれても……
「何を言っているのかな?」
「えっ?」
「私達は、そんなことを一々確認しなければいけない間柄なのかね?」
その言葉にはっとした。そうだ、いいんだ。そんなことを気にしなくていいんだ。無理に仲がいいことを証明しなくてもいいんだ。
「そ、そうだね。ありがとう、エミ」
「礼を言われることは何もしていないさ」
お礼……か。
そうだ、今度エミを遊園地に誘ってみよう。
第五話 完
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