「……皆さんの高校生活が楽しいものになることを心より願っています。以上をもちまして、私からの挨拶とさせていただきます。ありがとうございました」
壇上の男性が白みがかった髪を右手で撫でつけながら袖に引っ込んでいくのを、私はさして興味を持たずに見ていた。
楽しい高校生活か……私にそんなものがあるとは思えない。何事にも興味を示さない私に。
入学式が終わった体育館から教室に移動した時も、特にクラスメイトと仲良くしようとは思わなかった。
なぜなら――
「ねー、今日終わったらどこ行くー?」
「そーだねー、やっぱりちょっといい先輩いるかどうか見たいなー」
「やだー、いきなり年上狙い?」
「だって、タメなんて子供っぽいのばっかりじゃない?」
「あー、言えてるかもー」
入学したばかりとはいえ、数人のクラスメイトは同じ中学や学区のために顔見知りなのか、既に仲が良さげに話し合っていた。しかもその話の内容と言えば、やれあの男子がカッコイイだの、あのアイドルがイケてるだの、あの女子が調子に乗っているだの、他人を上から評価しているような会話ばかりだった。
だめだ、私はあのようなグループにはなじめない。
かと言って。
「あのさ黛さん、えっと……アニメとかに、興味ある、かな?」
突然私の前に来た小太りの女子が、いきなり質問してきた。
「……ごめん、興味ない」
「そ、そっか、ごめんね話しかけて」
「そう思うなら初めから話しかけないで」
「う、うん……」
思わず突き放すような発言をしてしまったが、時すでに遅し。女子はブツブツ何かを言いながら離れてしまった。
しかし、こうなったのも仕方がない。本当にアニメに興味などない。
いや、アニメだけではない。私は同年代の女子が興味を持つであろう、あらゆるものに興味を持っていない。
恋愛もそう。化粧もそう。アルバイトもそう。今まで恋愛や化粧にチャレンジしようとはしたものの、すぐに苦痛に感じて止めてしまった。おそらくはアルバイトもしようとは思わないだろう。
私、黛瑠璃子はそんな人間だった。
だから私がクラスメイトと仲良くなれるはずがない。こんなつまらない、中身の無い人間と仲良くしようなんて思う人間などいるはずがない。
必然的に、私が楽しい高校生活を送れるはずなど無いのだ。そしてその予想は、この一年間に限ってはものの見事に的中する。
一か月後。
クラス内には、男子・女子共にある程度のグループが出来ていて、それに入らない者を排除する動きが自然と出来つつあった。
そして言うまでもなく、私はどのグループにも属していない。なので、クラスメイトともこの一か月ほとんど話していない。
私の孤独は、必然だった。
休み時間。
私は自分の席で、昨日買った推理小説を読んでいた。しかし別に推理小説が好きというわけではない。時間が潰せれば何でもいいのだ。
そんな時、私の耳に女子たちの会話が聞こえてくる。
「ねえねえ、そういえば黛さんと話したことある?」
「いや。だってあの人、ぶっちゃけ話合わないじゃん」
「言えてる。しかも話を合わせようともしないし。あーいうのを、コミュ障って言うんだっけ?」
「そうそう、アハハハ!」
……本人が同じ部屋にいるのに、よくもまあ平気で言えるものだ。おそらくは、言っても自分たちは安全だと考えているからだろう。
私が彼女たちに文句を言おうとしても、自分たちは数でそれを抑え込めると思っているからだろう。
「あとさー、横井さんもなんかキモくない?」
「わかる。何かアニメの話してきてさ、休み時間も一人で何か描いてるんだよね」
横井というのは、入学初日に私にアニメの話を振ってきた小太りの女子だ。そういえば、彼女もグループには属していない。
「あのさ……」
すると、女子たちは急に小声になり、何かを相談し始めた。その直後、笑い声がその場に響き渡った。
……何か面倒なことになりそうだ。この場を離れた方がいいかな。
そう思った私が席を立って、教室から出ようとすると……
「ねえ黛さん、ちょっと付き合ってよ」
それをする前に、女子たちに取り囲まれた。
「ほら、どうしたの黛さん?」
「早くしないと、誰か来ちゃうよ?」
私は今、教室と同じ階にある女子トイレに来ている。そして、水がたっぷり入ったバケツを持たされた。
そして、トイレの個室は一つ閉じられていて、その扉を女子がガムテープでふさいでいる。
「開けて! 開けてよ!」
個室からは扉をたたく音と、助けを求める声が聞こえてくる。その声の主は、先ほど話題に上がっていた横井さんだ。
「だからさ、横井さんが私たちに意地悪するからさ、ちょっと懲らしめてほしいんだって」
「結構、エグイことされたんだよ私たち? 仇を取ると思ってさ」
要するに、私の手でこの水を横井にぶっかけろということらしい。
そしてその後の結果は目に見えている。私一人が横井をいじめたということにして、それをネタに私をいじめようという魂胆だろう。
「黛さーん、聞こえないの?」
「早くやんないとさー、そっちも困ると思うよ?」
……全く、進学校に入った癖に頭の悪い連中だ。そう思った私は、
「きゃあっ!」
連中にバケツの水をぶちまけてやった。
「な、何するのよ!」
びしょ濡れになった女子たちは私に抗議する。
「何で私が、あなたたちの仇を取らないといけないの? 自分でやればいいじゃない」
「あ、あんた、そんなこと言っていいと思ってんの!?」
「何が?」
「このこと、先生に言うからね! それに、皆にもこのこと……」
「ご自由に」
「……え?」
女子たちは、信じられないと言わんばかりに目を丸くする。
……本当に浅はかな連中だ。
「言いふらすならご自由にどうぞ。でも私も自分の身は徹底的に守るわよ」
「ど、どういうこと?」
「もし私に何かするなら、その度にあなたたちに一人ずつ報復する。それこそ手段は問わない。まあ暴力は嫌いだからやらないけど、それ以外はなんだってやる」
「……あんた一人で私たちに敵うと思ってんの?」
「どうでしょうね。でもあなたたちが一人になる時間は必ずある。私は尾行は得意だから、その隙を狙うなんてわけないわ」
「……」
女子たちは私を睨み付けると、トイレから出ていく。
「このままじゃ、済まさないよ」
丸っきり悪役の捨て台詞そのままの言葉を吐き捨てると、私の視界から消えて行った。
「さて、と」
とりあえず私は、個室を塞いでいたガムテープをはがす。すると、横井さんが顔を涙でグチャグチャにしながら出てきた。
「あ、ありがとう黛さん!}
……正直言って、見るに堪えない顔だ。
「あ、あのさ、もし良かったら、私と友達に……」
「アンタ情けないから、お断り」
「……え」
意外そうな顔で顔を引きつらせるが、私としては当然の発言だ。
「横井さん、アンタもしかして私があなたを助けたと思っているの? 私は身に降りかかる火の粉を払っただけ。それなのに、自分はまるで努力せずに、私を自分のボディーガードにしようなんて、情けないったらありゃしない。そうは思わない?」
きっぱりと言い放つと、横井さんはさらに涙を溢れださせた。
「ひ、ひどい!」
そして甲高い声を上げながら、トイレから出て行ってしまった。
……こうして私は望まぬトラブルに巻き込まれてしまった。まるで楽しくない。乗り越えた所でまるで意味のないトラブル。
だけどこのトラブルが、『彼女』に会った後のトラブルと比べれば屁でもないものだと思い知るのは、しばらく後の話だった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!