『死体同盟』の活動拠点である洋館に通されたアタシは、室内の広さに圧倒されていた。
なにせこんな家、漫画やアニメくらいでしか見たことがない。玄関を開けてすぐに吹き抜けの大広間があり、そこにはフカフカそうな大きなソファーや高そうな木のテーブルなどが置かれていた。壁にはこの家の主人の趣味なのか、絵画や彫刻がいくつも並んでいて、アタシの住む家とは別世界のようだった。広間の中央には二階へと続く大きな階段があり、暗い赤色の絨毯が敷かれている。そして広間にはいくつかのドアがあり、それらが奥の部屋へと続いているようだ。
これらを見たアタシの感想は、『お金持ちの家に来てしまった』というものだった。まあ、それも仕方ないと思う。こんな光景を見せられたら、アタシみたいな庶民にはそう感じるしかないはずだ。
圧倒されているアタシに対して、出迎えてくれた男性が声をかけた。
「綾小路さん、よろしいでしょうか?」
「あ、はい。すみません!」
思わず洋館の内部に見入ってしまったけど、アタシは別にモデルハウスを見に来たわけじゃない。『死体同盟』という集団に少なからず興味を持ってここに来たんだ。
改めて部屋を見渡すと、アタシの前には先ほどの『空木』と名乗った男性が立っている。その他にはテーブルを挟む形でソファーに座る二人の女の人がいた。いや、そのうちの一人には見覚えがある。あの人は……
「やあ、やっぱり来たのかい、佳代嬢」
アタシを『死体同盟』の拠点に誘った張本人、沢渡さんだった。
「さて、沢渡さんから少し説明を受けたかもしれませんが、改めてご説明しましょう。そちらにおかけください」
空木さんが長い灰色の髪をなびかせながら、アタシを案内する。促された通りに、アタシは沢渡さんの隣に座った。空木さんはもう一人の女性の隣に座り、説明を始めた。
「我々は『死体同盟』というサークルを運営しております。と言っても、会社のような組織ではありませんので、特に利益を追求しているわけではありません。ですので我々から綾小路さんに金銭を要求するようなことは一切ありませんのでご安心ください」
「は、はい。えっと、それで……突然押しかけてきておいておかしな話なんですけど、アタ、私……『死体同盟』について何も知らないんですよね……」
アタシは沢渡さんに、『『死体同盟』の説明が聞きたかったらここに来い』と言われただけだ。だからこのサークルが一体どんな目的で集まっているのかは全く知らない。だけどこの活動拠点を見る限り、相当な資金力はありそうではあった。
「ではそこからご説明しましょう。私たち『死体同盟』の目的は、『自分の理想の死に方』の追求にあります」
「り、理想の死に方?」
『死体同盟』という名前からある程度連想できる目的ではあるものの、『理想の死に方を追求している』なんて言われたら身構えてしまう。それを見抜いたのか、空木さんは表情を緩めた。
「ご安心ください。実際に死に至るようなことをするわけではありません。私を含めた『死体同盟』のメンバーは、少なからず生きづらさを感じている人間ばかりです。生きづらさを感じていると、どうしても自分の『死』について考えてしまいます」
「……それは、何となくわかります」
実際、アタシも窃盗で捕まって少年院に送られた時は、自分が犯罪者になってしまったという事実と罪悪感で、心が潰れそうになった。それ以外にも、両親に死ぬほど怒られたり、友達だと思っていた人たちからさんざん罵倒されたことで、自分は生きていてはいけない人間だとすら思ってしまった。
生きづらさを感じることと、自分の死を考えることは、直結しているのかもしれない。
「そこで私たちは、自分の理想の死に方を疑似体験することで、そういった『死』への感情を晴らせないかと考えました。綾小路さん、『納棺体験』というものをご存じでしょうか」
「いや、わからないです」」
「『納棺体験』とは葬儀社などで行われているもので、生きている人間が棺の中に納められて、死を疑似体験するものです。そうすることで自分がいずれ死ぬことを意識し、自分の生き方を見直すために行われるものです」
「は、はあ……」
「私たちの活動はその『納棺体験』に近いですが、それをより個人個人に合わせたものになります」
なんだか少し難しい話になってきた気がする。
アタシが戸惑っていると、空木さんの隣に座っている女性が提案してきた。
「空木さん、今日は湯川さんが『死体』になる日なので、実際に見てもらった方がわかりやすいんじゃないですか?」
「そうですね、鎚屋さん」
『鎚屋』と呼ばれた女性をよく見ると、なんだか見たことのあるような顔をしていた。そう思っていると、鎚屋さんは左手で杖をついて歩き出していく。
あ……そうだ、この人。テレビで見たことがあった。確か若手マラソンランナーの期待の星とか言われてた人だ。確か名前は……
「鎚屋麗です」
そう言って、鎚屋さんはこちらに向かってお辞儀をしてきた。
「あ、はい。すみません、ジロジロ見てしまって」
「いや、いいのよ。昔からそういうのは慣れてるから」
こちらに微笑んでくる鎚屋さんの顔は、なんだか疲れてそうな顔だった。テレビに出ていた頃はショートヘアーだったけど、今はセミロングの髪型になっているからか、随分と印象が違って見える。
空木さんが大広間から奥へと続く扉を開け、アタシたちは廊下を歩いて奥の部屋へと向かう。その間、アタシは思わず鎚屋さんの歩き方を見てしまう。
「私の足、気になる?」
「あ……はい」
鎚屋さんは右足を引きずり、身体を左右に振るようにしながら歩いている。そうだ、確か鎚屋さんは車の事故で選手生命と家族をいっぺんに失ったってテレビで見た。
「うん、正直な子は好きよ。変に気を遣われるより、そっちの方が気が楽だしね」
「あの、やっぱりその足は、あの事故で?」
「そう。交通事故で日本代表の夢もオジャン。おまけに両親も死んじゃった」
「……」
何も言えずにいるアタシに対し、鎚屋さんはもう一度微笑む。
「そんな私に、空木さんが手を差し伸べたのよ。『生きづらさ』を感じている者同士、協力しないかって。だから私は『死体同盟』のために資金面で協力してるわ。幸い、両親が残した財産が余るほどあるからね」
「じゃ、じゃあこの建物も?」
「ええ、元々は私の家の物。今は『死体同盟』の活動拠点だけどね」
話している間に、洋館の奥にある部屋に辿り着いた。
「さて、では綾小路さん。我々の活動を少し見学して頂きましょう」
「は、はい」
「こちらをご覧下さい」
空木さんが部屋の扉を開けると、そこは浴室だった。一般的な浴室より随分と広く、アタシの自宅の部屋くらいの広さがある。そして部屋の壁際にはタイル張りの浴槽があり、そこには水が満たされている。
そしてその中には――
「ひっ!?」
制服を着た女の子が、目を見開いたまま横たわっていた。
「あ、え……?」
女の子は浴室の明かりを反射し、青白く光っている。水面から顔は出ているが、身体は水に沈み、ピクリとも動いていない。
ま、まさかこの子……し、死んで……?
「湯川さん、お話しした見学者の方がいらっしゃいました。ご挨拶をお願いします」
空木さんが女の子に声をかけると、その目がギョロリと動き出し、その身体に途端に生気が戻ったかのように動き出した。
「きゃあっ!!」
思わず悲鳴を上げてその場にへたり込んでしまったアタシに対し、女の子は立ち上がってこちらを見下ろす。髪や服から水滴をポタポタと垂らしながら、至福の表情を浮かべた。
「はあっ……どうやら今日はいい『死体』になれたようですねっ!」
「ばっちりですよ、湯川さん」
うっとりと満悦する女の子を見て、アタシは驚くと共に少し不思議な感情を抱いてしまった。いや、これは気のせいだと思う。こんなことを考えるはずがない。
「初めまして、湯川由美子と申します。あなたが綾小路さんですね?」
「は、はい……あの、なんでこんなことを?」
「これも『死体同盟』の活動の一環なのですよ」
アタシの疑問には空木さんが答えてくれた。
「湯川さんは『溺死』に強い憧れをお持ちなので、『水死体』の体験をしていたのです。もちろん、命の危険がないように注意していますが」
「顔にも少しメイクをして、青く見えるようにしていたってわけさ。由美嬢はこだわりが強いからねえ」
『溺死』に憧れを持って、『水死体』の体験をしていた?
じゃあ今のは、『死体』になりきっていたってこと?」
「綾小路さん、おわかりになりましたか? 『死体同盟』ではこうして自分の『理想の死に方』を疑似体験することで、自らを『死体』にして、『死』への感情と向き合うことを主な活動としています」
「あ、そ、そうなん、ですか……」
つまり、ここまでの話をまとめるとこういうことだ。
『死体同盟』は、『自分の理想的な死に方』をオーダーメイドで体験する集団。彼らはそのためにここに集まっている。
その後、アタシたちは大広間に戻り、空木さんが話を切り出す。
「いかがでしょうか? 我々の活動に、興味を持っていただけましたか?」
「あ、あの、まだわかりません」
「そうですか。まあ、別に決断を急がせるつもりはございませんので、じっくりお考えください。いつでもお待ちしておりますので」
「はい……」
その後、空木さんはアタシを玄関まで送り、頭を下げて見送ってくれた。
『死体同盟』。今までのアタシが見てきた世界とは、まるで違うところにいる集団。
だけどアタシは思い返してしまう。さっきの湯川さんを見た時の感情。『死体』になりきった彼女を見た時の感情。
そんなわけないと思いつつも、アタシの心にはどうしても湧き上がってしまう。
『羨ましい』という感情が。
だからおそらくアタシは、またあそこに行ってしまうのだろう。そのことを確信してしまっていた。
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