柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第五話『部活』・1

公開日時: 2020年9月14日(月) 19:12
更新日時: 2020年9月23日(水) 13:23
文字数:4,090


 私は今こそ、あの時のことを思い出す。


 エミと出会ってから三ヶ月。7月のことだった。昼休みに私は何気なく、彼女に質問を投げかけた。


「エミって、何か部活に入っているの?」


 よく考えたらもっと早い段階で聞くべき質問のような気がしたが、なぜか私はその時まで、その疑問を持たなかった。もしかしたら、エミが部活に入っているイメージが無かったのかもしれない。

 だが、彼女の答えは意外なものだった。


「ああ、歴史研究部というものに所属している」

「れ、歴史研究部?」


エミが? 歴史を研究?

そういえば、休みの日には博物館や図書館に通っていると言っていた。もしかしたら、通っているうちに歴史に興味を持ったのかもしれない。俗に言う、歴女というやつだ。エミにも、まともな趣味が――


「まあ、その実態は『処刑研究部』と言っても、過言ではないがね」


――無かった。


「……一応聞くけど、何をやっているの?」

「ふむ、古今東西の処刑方法を調べ、集めた情報からより良い処刑方法による死に方を、模索する部活だな」


 まあ、個人の趣味に口を出すのは、野暮なのかもしれない。


「興味があるのかね?」

「……とりあえず、エミが部活をやっているのが意外だから、その意味では、興味が、ある、かな?」


 どうにも歯切れの悪い言い方になってしまったが、私としては本心からの言葉を言った。


「わかった。来たまえ、黛くん。我が『処刑研究部』にご招待しよう」


 こうして、私はエミと『処刑研究部』とやらの部室に行くことになった。





 部室は、特別教室が集まった校舎の端にあった。エミが鍵を開け、私に中に入るよう促す。


「さあ、ここが『処刑研究部』の部室だ」

「わぁ……」


 中には、本棚にびっしりと入った沢山の書籍や、ケースに入った、名前もわからないような刃物。さらには、何故か喪服が掛けられていた。


「……なんか、こちらの予想を遥かに超えた感じ……」


 本棚はまだいいとして、刃物の入ったケースはいくつもあり、喪服は全て、男性用のものである。

 ――なんというか、意図がわからない。


「あのさ、このケースに入っているのは?」

「それは、ククリナイフだな。インドやネパールが発祥の刃物で、草木を刈る他に、戦闘用にも使われたそうだ」

「こういうのって、高校生は買えないんじゃないの?」

「なに、やりようはいくらでもあるのだよ」


 ――どうやったんだろう、本当に。


「なんでこんなものを飾ってあるの?」

「ふむ、様々な武器を入手して、殺され方を想像しておきたいのだよ。例えば、このククリナイフはそのまま斬ったり、叩いたりする他に、投擲して使われたりもしたそうだ。あと、刀身の付け根に窪みがあるだろう?」

「ああ、確かに」

「その窪みで相手の武器を引っ掛けて、受け流したり、もぎ取ったりもしたそうだよ。まあ、私としてはその窪みで私の足の爪を剥がして、歩けなくされた後に……」 

「わあ! じゃ、じゃあこの喪服は?」

「それは、いずれ私を狩る者に贈ろうと思っているものだ。彼が私の死を悼むかどうかは知らないが、一応ね」


 喪服はいくつか掛けられているが、どれもあまり大きなサイズではない。……どういうシーンを想定しているのだろう。


「そういえば、他の部員は?」

「書類上では、この部には私を含めて五人の部員が所属している。だが、実際に活動をしているのは私一人だ」


 よく考えたら、こんな活動をする人がエミ以外にいるとは思えなかったから、納得だ。

 おそらく、来年になっても新入部員なんか来るはずが――


「すみませーん!」


 その時、部室のドアが開いて、一人の女子生徒が入ってきた。


「おや、君はC組の……?」


 リボンの色は一年生を示している。エミも顔を知っているようだった。エミや私よりも小柄で、肩まで伸びている茶髪を二つ結びにしている。


「あなた……柏ちゃんだよね? 『歴史研究部』の……いや、『処刑研究部』の部長をしているんだよね?」

「ああ、この部には実質私一人しかいないがね」

「あのさ、お願いがあるんだけど……」

「なにかね?」


 そして彼女は――


「私をこの部に入れて欲しいの!」


 私の予想を早くも裏切る言葉を放った。


「ええっ!?」


 こ、この子、この部が『処刑研究部』だと知っていて、入部しようとしているの? そう思っていると、彼女はポケットから紙を取り出した。


「はい、入部届」


 確かにそれは、私も一年のころに見たことがある、正式な入部届だ。名前の欄に、一年C組・樫添かしぞえ保奈美ほなみと書かれている。


「ほう、入部かね?」

「そう、入れてくれるよね? 興味を持った人を拒んだりしないよね?」

「当然だよ。では、改めて自己紹介をしようか」


 そうして、エミはいつぞやのように左手を胸に当て、右手を樫添さんに差し出した。


「私の名前は柏恵美。君を歓迎する者だ」


 樫添さんは、エミの右手を両手で握る。


「よろしくね! 柏ちゃん!」


 なんというか、目の前の光景に唖然としていると、樫添さんに声を掛けられた。


「あれ、先輩はこの部の部員なんですかぁ?」

「え!? い、いや違うわ。私はエミの個人的な友達」

「ふーん、そうですか。先輩の名前は?」

「……黛瑠璃子よ」


 樫添さんの意図が掴めない。なんでこの時期に入部を――?

 そう考えているうちに、彼女は次の行動に出た。


「それでね、柏ちゃん。私、もう一つお願いがあるんだけど」

「ほう、部員の要望はなるべく聞き入れたい、遠慮なく言ってくれたまえ」

「本当!? じゃあね、言うけど……」


 そして彼女は――



「私を、殺して欲しいの」



 どこかの誰かさんに似たセリフを口にした。




 数日後。私は今日も、『処刑研究部』の部室を訪れてみた。


「エミ、おじゃましま……」

「やっぱり柏ちゃんはすごいなあ!」

「ふふ、樫添くん。君こそ、中々詳しいじゃないか」

「えへへ、ありがとう!」


 中ではエミと樫添さんが、楽しそうに談笑していた。

 ――エミが楽しそうに笑っている。殺されるのを想像している時のように笑っている。


「おや、よく来てくれたね黛くん。さあ、こちらに座ってくれたまえ」

「う、うん」


 エミが持ってきた椅子に、促されるままに座る。


「今日はどうしたのかね? もしかして、君も入部を?」

「い、いや、エミはどうしているのかなと思って……」

「ふふふ、見ての通り、私は機嫌がいい。私としても部員が増えただけでなく、同好の士が出来たことが、嬉しいのだよ」

「そうだよねー! 柏ちゃん!」


 ――同好の士か。

 あの時、樫添さんが言った言葉。


『私を、殺して欲しいの』


 まさかとは思った。エミと同じ憧れを抱く存在が、この学校にいるとは思わなかった。だが彼女は、あの後こう言った。


『私ね、私を殺してくれる人を探しているの。それで、この「歴史研究部」が「処刑研究部」だということを知って、処刑方法に興味がある柏ちゃんなら、私を殺してくれるかもって思ったの』


 それを聞いたエミはと言うと――


『……くっくっくっ』

『エ、エミ?』

『くははははははっ! いいねぇ! いいじゃないか! 樫添くん、君も探しているのか、「狩る側の存在」を! だが、残念ながら私が君の望みを叶えてあげることは出来ない。私はあくまで「狩られる側」だ。』

『そ、そうなの? 柏ちゃんは、私を殺してくれないの?』

『まあ、待ちたまえ。私も君に似た目的を持っている。それならば、尚のこと君を歓迎しよう。一緒に、望みを叶えようではないか』

『それじゃあ、柏ちゃん……?』

『うむ、私は君の手助けをさせてもらう。まずはここで、理想的な殺され方について模索しよう』

『ありがとう、柏ちゃん!』


 ……なんというか、眩暈がする会話だった。

 でも、エミが喜んでいる。同じ目的を持つ、なんというのだろう、同志? それが出来たことで、エミが喜んでいる。それが嬉しくもあり、悔しくもある。

 ――私がエミを、あそこまで愉しませることができるだろうか。


「それでだね、樫添くん。この絵を見てくれたまえ」

「これは……雄牛?」

「これは『ファラリスの雄牛』という、拷問・処刑のための道具だそうだ。真鍮で作られた雄牛の像の中に罪人を入れて、外から火で熱して中の罪人を焼き殺すといった具合だ」

「要するに、火あぶりってことなの?」

「基本はそうだ。だが通常の火刑は火傷で死ぬより、煙による窒息死の方が多かったそうだ。だが、この処刑方法だと煙は雄牛の中にほとんど入らない。さらに、呼吸のための管がついているから、窒息することは、まずない」

「え!? それじゃあ……」

「そう、罪人は焼死以外に選択肢がない。逃げることなど当然出来ないし、熱せられる雄牛の熱さに、苦しみ悶えながら死んだそうだ。

時の権力者はその悲鳴を聞いて愉しんでいた……くっくっくっ」

「柏ちゃん?」

「実に、実に絶望的じゃないか。選択肢を徹底的に無くされ、苦しみ悶える声を笑われながら死んでいく……このように、狩られてみたいものだよ」

「確かに……これはいいなぁ……」

「ふむ、お気に召したかね? ただ私としては、死ぬ様を直接見られたいのだが……この辺りは、個人の嗜好だな」

「そうかぁ……私は、断末魔の悲鳴っていうの? あれを聞いて欲しい感じかなあ……」


 すごい会話だ。私の付け入る隙が無い。

 いや、どうなんだろう。私のような、趣味も無いつまらない女と一緒にいるよりは、同じ趣味を共有できる人がいたほうがいいのかな……


「ん? どうした、黛くん」

「えっ?」

「なんというか、不安そうな顔をしているな。眉間にシワが寄っているよ、何かあったのかね?」

「あ、いや別に……ごめん、私帰るね」

「そうか? ではまた明日、昼休みに会おう」

「うん、じゃあね」


 そうして、私は部室を後にした。




 ――それから。


 私とエミが一緒にいる時間が、少なくなるということは無かった。

 エミは樫添さんの話をすることはあるが、決して私の発言を阻害することは無く、表面的には、今まで通りの日常が続いていた。


 だが、それでも私は不安だった。いつか、エミが樫添さんとの部活に夢中になって、私から離れていくのではないかと思わずにはいられなかった。


 でも、それでいいのかもしれない。


 エミが楽しく人生を送るには、私の存在は邪魔なのかもしれない。少し、考えよう。私がエミに依存してしまう前に。


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