私は今こそ、あの時のことを思い出す。
エミと出会ってから三ヶ月。7月のことだった。昼休みに私は何気なく、彼女に質問を投げかけた。
「エミって、何か部活に入っているの?」
よく考えたらもっと早い段階で聞くべき質問のような気がしたが、なぜか私はその時まで、その疑問を持たなかった。もしかしたら、エミが部活に入っているイメージが無かったのかもしれない。
だが、彼女の答えは意外なものだった。
「ああ、歴史研究部というものに所属している」
「れ、歴史研究部?」
エミが? 歴史を研究?
そういえば、休みの日には博物館や図書館に通っていると言っていた。もしかしたら、通っているうちに歴史に興味を持ったのかもしれない。俗に言う、歴女というやつだ。エミにも、まともな趣味が――
「まあ、その実態は『処刑研究部』と言っても、過言ではないがね」
――無かった。
「……一応聞くけど、何をやっているの?」
「ふむ、古今東西の処刑方法を調べ、集めた情報からより良い処刑方法による死に方を、模索する部活だな」
まあ、個人の趣味に口を出すのは、野暮なのかもしれない。
「興味があるのかね?」
「……とりあえず、エミが部活をやっているのが意外だから、その意味では、興味が、ある、かな?」
どうにも歯切れの悪い言い方になってしまったが、私としては本心からの言葉を言った。
「わかった。来たまえ、黛くん。我が『処刑研究部』にご招待しよう」
こうして、私はエミと『処刑研究部』とやらの部室に行くことになった。
部室は、特別教室が集まった校舎の端にあった。エミが鍵を開け、私に中に入るよう促す。
「さあ、ここが『処刑研究部』の部室だ」
「わぁ……」
中には、本棚にびっしりと入った沢山の書籍や、ケースに入った、名前もわからないような刃物。さらには、何故か喪服が掛けられていた。
「……なんか、こちらの予想を遥かに超えた感じ……」
本棚はまだいいとして、刃物の入ったケースはいくつもあり、喪服は全て、男性用のものである。
――なんというか、意図がわからない。
「あのさ、このケースに入っているのは?」
「それは、ククリナイフだな。インドやネパールが発祥の刃物で、草木を刈る他に、戦闘用にも使われたそうだ」
「こういうのって、高校生は買えないんじゃないの?」
「なに、やりようはいくらでもあるのだよ」
――どうやったんだろう、本当に。
「なんでこんなものを飾ってあるの?」
「ふむ、様々な武器を入手して、殺され方を想像しておきたいのだよ。例えば、このククリナイフはそのまま斬ったり、叩いたりする他に、投擲して使われたりもしたそうだ。あと、刀身の付け根に窪みがあるだろう?」
「ああ、確かに」
「その窪みで相手の武器を引っ掛けて、受け流したり、もぎ取ったりもしたそうだよ。まあ、私としてはその窪みで私の足の爪を剥がして、歩けなくされた後に……」
「わあ! じゃ、じゃあこの喪服は?」
「それは、いずれ私を狩る者に贈ろうと思っているものだ。彼が私の死を悼むかどうかは知らないが、一応ね」
喪服はいくつか掛けられているが、どれもあまり大きなサイズではない。……どういうシーンを想定しているのだろう。
「そういえば、他の部員は?」
「書類上では、この部には私を含めて五人の部員が所属している。だが、実際に活動をしているのは私一人だ」
よく考えたら、こんな活動をする人がエミ以外にいるとは思えなかったから、納得だ。
おそらく、来年になっても新入部員なんか来るはずが――
「すみませーん!」
その時、部室のドアが開いて、一人の女子生徒が入ってきた。
「おや、君はC組の……?」
リボンの色は一年生を示している。エミも顔を知っているようだった。エミや私よりも小柄で、肩まで伸びている茶髪を二つ結びにしている。
「あなた……柏ちゃんだよね? 『歴史研究部』の……いや、『処刑研究部』の部長をしているんだよね?」
「ああ、この部には実質私一人しかいないがね」
「あのさ、お願いがあるんだけど……」
「なにかね?」
そして彼女は――
「私をこの部に入れて欲しいの!」
私の予想を早くも裏切る言葉を放った。
「ええっ!?」
こ、この子、この部が『処刑研究部』だと知っていて、入部しようとしているの? そう思っていると、彼女はポケットから紙を取り出した。
「はい、入部届」
確かにそれは、私も一年のころに見たことがある、正式な入部届だ。名前の欄に、一年C組・樫添保奈美と書かれている。
「ほう、入部かね?」
「そう、入れてくれるよね? 興味を持った人を拒んだりしないよね?」
「当然だよ。では、改めて自己紹介をしようか」
そうして、エミはいつぞやのように左手を胸に当て、右手を樫添さんに差し出した。
「私の名前は柏恵美。君を歓迎する者だ」
樫添さんは、エミの右手を両手で握る。
「よろしくね! 柏ちゃん!」
なんというか、目の前の光景に唖然としていると、樫添さんに声を掛けられた。
「あれ、先輩はこの部の部員なんですかぁ?」
「え!? い、いや違うわ。私はエミの個人的な友達」
「ふーん、そうですか。先輩の名前は?」
「……黛瑠璃子よ」
樫添さんの意図が掴めない。なんでこの時期に入部を――?
そう考えているうちに、彼女は次の行動に出た。
「それでね、柏ちゃん。私、もう一つお願いがあるんだけど」
「ほう、部員の要望はなるべく聞き入れたい、遠慮なく言ってくれたまえ」
「本当!? じゃあね、言うけど……」
そして彼女は――
「私を、殺して欲しいの」
どこかの誰かさんに似たセリフを口にした。
数日後。私は今日も、『処刑研究部』の部室を訪れてみた。
「エミ、おじゃましま……」
「やっぱり柏ちゃんはすごいなあ!」
「ふふ、樫添くん。君こそ、中々詳しいじゃないか」
「えへへ、ありがとう!」
中ではエミと樫添さんが、楽しそうに談笑していた。
――エミが楽しそうに笑っている。殺されるのを想像している時のように笑っている。
「おや、よく来てくれたね黛くん。さあ、こちらに座ってくれたまえ」
「う、うん」
エミが持ってきた椅子に、促されるままに座る。
「今日はどうしたのかね? もしかして、君も入部を?」
「い、いや、エミはどうしているのかなと思って……」
「ふふふ、見ての通り、私は機嫌がいい。私としても部員が増えただけでなく、同好の士が出来たことが、嬉しいのだよ」
「そうだよねー! 柏ちゃん!」
――同好の士か。
あの時、樫添さんが言った言葉。
『私を、殺して欲しいの』
まさかとは思った。エミと同じ憧れを抱く存在が、この学校にいるとは思わなかった。だが彼女は、あの後こう言った。
『私ね、私を殺してくれる人を探しているの。それで、この「歴史研究部」が「処刑研究部」だということを知って、処刑方法に興味がある柏ちゃんなら、私を殺してくれるかもって思ったの』
それを聞いたエミはと言うと――
『……くっくっくっ』
『エ、エミ?』
『くははははははっ! いいねぇ! いいじゃないか! 樫添くん、君も探しているのか、「狩る側の存在」を! だが、残念ながら私が君の望みを叶えてあげることは出来ない。私はあくまで「狩られる側」だ。』
『そ、そうなの? 柏ちゃんは、私を殺してくれないの?』
『まあ、待ちたまえ。私も君に似た目的を持っている。それならば、尚のこと君を歓迎しよう。一緒に、望みを叶えようではないか』
『それじゃあ、柏ちゃん……?』
『うむ、私は君の手助けをさせてもらう。まずはここで、理想的な殺され方について模索しよう』
『ありがとう、柏ちゃん!』
……なんというか、眩暈がする会話だった。
でも、エミが喜んでいる。同じ目的を持つ、なんというのだろう、同志? それが出来たことで、エミが喜んでいる。それが嬉しくもあり、悔しくもある。
――私がエミを、あそこまで愉しませることができるだろうか。
「それでだね、樫添くん。この絵を見てくれたまえ」
「これは……雄牛?」
「これは『ファラリスの雄牛』という、拷問・処刑のための道具だそうだ。真鍮で作られた雄牛の像の中に罪人を入れて、外から火で熱して中の罪人を焼き殺すといった具合だ」
「要するに、火あぶりってことなの?」
「基本はそうだ。だが通常の火刑は火傷で死ぬより、煙による窒息死の方が多かったそうだ。だが、この処刑方法だと煙は雄牛の中にほとんど入らない。さらに、呼吸のための管がついているから、窒息することは、まずない」
「え!? それじゃあ……」
「そう、罪人は焼死以外に選択肢がない。逃げることなど当然出来ないし、熱せられる雄牛の熱さに、苦しみ悶えながら死んだそうだ。
時の権力者はその悲鳴を聞いて愉しんでいた……くっくっくっ」
「柏ちゃん?」
「実に、実に絶望的じゃないか。選択肢を徹底的に無くされ、苦しみ悶える声を笑われながら死んでいく……このように、狩られてみたいものだよ」
「確かに……これはいいなぁ……」
「ふむ、お気に召したかね? ただ私としては、死ぬ様を直接見られたいのだが……この辺りは、個人の嗜好だな」
「そうかぁ……私は、断末魔の悲鳴っていうの? あれを聞いて欲しい感じかなあ……」
すごい会話だ。私の付け入る隙が無い。
いや、どうなんだろう。私のような、趣味も無いつまらない女と一緒にいるよりは、同じ趣味を共有できる人がいたほうがいいのかな……
「ん? どうした、黛くん」
「えっ?」
「なんというか、不安そうな顔をしているな。眉間にシワが寄っているよ、何かあったのかね?」
「あ、いや別に……ごめん、私帰るね」
「そうか? ではまた明日、昼休みに会おう」
「うん、じゃあね」
そうして、私は部室を後にした。
――それから。
私とエミが一緒にいる時間が、少なくなるということは無かった。
エミは樫添さんの話をすることはあるが、決して私の発言を阻害することは無く、表面的には、今まで通りの日常が続いていた。
だが、それでも私は不安だった。いつか、エミが樫添さんとの部活に夢中になって、私から離れていくのではないかと思わずにはいられなかった。
でも、それでいいのかもしれない。
エミが楽しく人生を送るには、私の存在は邪魔なのかもしれない。少し、考えよう。私がエミに依存してしまう前に。
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