4月。
晴れてM高に入学した俺は、入学式の後にクラス分けの名簿を見ていた。
「やっぱり、知らない人ばかりだよなあ……」
進学校だけあって俺の中学でここを受験した生徒は少なく、受かったヤツもほんの僅かだ。この市内、あるいは市外からの成績優秀者が集まっただけあり、素行の悪そうな生徒はほとんどいない。これなら俺も、皆と仲良くなれそうだ。間違っても、他人に暴力を振るう人なんて……
そこまで考えて、柏先輩のことを思い出した。
そうだ、ここは進学校だ。他人にあそこまでの暴力を振るう生徒が存在するのか? もしかして、俺は騙されたんじゃないか?
柏先輩への疑いが出てきたが、ひとまずは自分の教室に向かおうと、クラス名簿で名前を探した。あった、俺はC組か……
その時、意外な名前を目にした。
「え……柳端?」
1年C組にある、「萱愛小霧」の名前。その遙か下に、「柳端幸四郎」の名前があった。
「これって、あの柳端だよなぁ……」
柳端幸四郎。中学二年の途中まで、俺のクラスメイトだったヤツだ。
明るく、やんちゃそうな見た目に反して、成績は結構良かったことを覚えている。確かに、あいつならこの学校にも入れるだろう。
だが、あいつは二年の途中で突然転校していった。
てっきり遠くの町に引っ越したものだと思っていたが、意外に近くにいたらしい。
何はともあれ、知った顔がいるのは嬉しい。周りを見回しても柳端らしき生徒はいなかった。おそらく先に教室に行ったのだろう。久しぶりの再会を喜び合うとするか。
教室に着くと、入学したばかりでまだ環境に慣れずにソワソワした生徒たちが、知り合いを捜したり、話しかけたりしていた。
俺も人のことは言えなかった。知らない顔ばかりで、まだ環境には慣れそうもない。
とりあえず、柳端を探したが、それらしい顔は見えなかった。トイレにでも行ったのかな? そう思った俺は、机に名札が乗っているのに気づく。
ああそうか、名札を見て席に座るのか。きっと出席番号順だろう。
そして、廊下側が出席番号の早い列だったので、窓側に柳端がいないか探した。
柳端……あった。なんだ、いるのか……!?
……え?
「お、お前、柳端か……?」
柳端の名札がある席。
そこには髪が伸びた上にボサボサで、両目には濃い隈が浮かび、頬が痩せこけた男子。中学時代の柳端とは似ても似着かない男子が座っていた。
「……なんだお前は?」
痩せた男子は、隈が浮かんだ強烈な目を俺に向けて、まるで興味がなさそうに呟いた。
「や、柳端なんだな? 俺、萱愛だよ。中学の時、同じクラスだったろ?」
「中学……? 中学、香車と過ごした中学……」
「香車?」
何かを呟いている柳端だったが、俺はその単語の意味を思い出した。
「香車……ああ、棗か……」
棗香車。俺と柳端のクラスメイトだった男子。
だが、二年前に確かこのM高で自殺したって聞いている。
なんで自殺場所にこの高校を選んだのかはわからないが、その時何か騒動を起こしたとか、M高の生徒と揉めたって噂が立っていた。
そういえば、棗と柳端ってすごい仲が良かったな。柳端の転校も、棗の事件の直後だったっけ。そうか、そのショックで柳端は変貌したのか……
「……棗のことは残念だったな」
大切な友人を亡くしたんだ。一人の人間を変貌させるには十分すぎる要因だ。だが、いつまでもそれを引きずらせるわけにはいかない。
「だけどさ、過去に拘っても始まらないだろ? 折角、高校に入学したばかりなんだからさ、これからのことを考えようよ」
「……」
俺のアドバイスを柳端は黙って聞いていた。どうやら受け入れてくれたようだ。
「そうだお前は、何か部活とか入らないのか?」
「……興味ない」
「おいおい、折角の高校生活だよ? 部活くらい入らないと。なんなら、俺も一緒に探すから入ろうよ?」
「……」
どうも柳端は部活に興味がないらしい。だが、それではダメだ。このままでは、柳端は過去を引きずったままになってしまう。
俺がこいつを助けよう。うん、それがいい。まずは柳端を部活に入らせるんだ。
「部活に入ったらさ、素敵な先輩もいるかもしれないじゃないか?」
「……」
尚も沈黙を続ける柳端に対し、俺は再び柏先輩のことを思い出した。
「そうそう、入学案内のときにさ、不思議な先輩に会ったんだよ。たしか柏っていう……」
その言葉の直後、
「萱愛ぁ!!」
「……っ!?」
沈黙を続けていたはずの柳端が、突然大声を出して俺に掴みかかってきた。
な、なんだなんだ!? なにか俺はまずいことを言ったのか!?
まだ話したことも無いクラスメイト達が、驚きの表情で俺たちを見ている。
「な、なんだよ突然!?」
「……」
先ほどまで、まるで鋭さを感じなかった柳端の目が、今は視線だけで俺を貫かんばかりに睨み付けている。
「……いいか萱愛。二度と俺の前で、その名前を出すな。さもなければ、容赦しない」
「は……?」
容赦しない? なんだろう、この発言の違和感は。
「それと、同じ中学だったよしみで忠告してやる。この先、平和な人生を過ごしたかったら、二度とあいつには関わるな」
「な、なんで……?」
「なんでもだ。登下校の時間はずらせ。三年の教室には行くな。あいつの姿を見たら、すぐにその場から離れろ」
「ま、待てよ! 意味がわからないぞ!」
柳端は柏先輩のことを知っているのか? でも、この二人がいつ関わったんだ?
……ああ、そういえば中学一年の頃に、柏先輩をうちの中学で見たような気もするな。じゃあ、その時に関わったのか?
いずれにせよ、柳端は柏先輩を非常に嫌っているようだ。
「なあ柳端、お前とあの人の間に何があったのかはわからないけどさ。そんなに嫌うことは無いんじゃないか?」
「……」
「他人を嫌うなんて、悲しいじゃないか。一度、二人で落ちついて話し合えば、分かり合うことも出来るはずだよ」
そう、例え性格が合わなかったとしても、同じ人間なんだ。腹を割って話し合えばきっと分かり合える。おそらく、柳端は柏先輩と何かケンカの最中なんだろう。
柳端だって、本気で柏先輩が嫌いなわけじゃないはずだ。そうだ、柳端にも柏先輩を助けるようにお願いしてみよう。みんなで力を合わせれば、きっと……
「相変わらずだな、萱愛。まるで変わっていない」
「そうか? それは良かった。俺は信念を変えずにいられているんだな」
「……」
そう、俺の信念。
俺は他人を助けたい。俺は他人を助け、皆を幸せにしたいんだ。柳端にもそれが伝わっているようで何よりだ。
「なあ柳端、お前に……」
「萱愛、お前のお願いは聞けないよ」
「え……?」
「中学の頃は、お前がどんな信念を持っていようと関わるつもりは無かったが、今の俺はおそらく……」
そして柳端の口から、
「お前と敵対するだろうな」
あからさまな決別の言葉が発せられた。
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