柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第一話・2

公開日時: 2020年10月5日(月) 21:03
文字数:2,725


 4月。

 晴れてM高に入学した俺は、入学式の後にクラス分けの名簿を見ていた。


「やっぱり、知らない人ばかりだよなあ……」


 進学校だけあって俺の中学でここを受験した生徒は少なく、受かったヤツもほんの僅かだ。この市内、あるいは市外からの成績優秀者が集まっただけあり、素行の悪そうな生徒はほとんどいない。これなら俺も、皆と仲良くなれそうだ。間違っても、他人に暴力を振るう人なんて……

 そこまで考えて、柏先輩のことを思い出した。

 そうだ、ここは進学校だ。他人にあそこまでの暴力を振るう生徒が存在するのか? もしかして、俺は騙されたんじゃないか?

 柏先輩への疑いが出てきたが、ひとまずは自分の教室に向かおうと、クラス名簿で名前を探した。あった、俺はC組か……


 その時、意外な名前を目にした。


「え……柳端やなぎばた?」


 1年C組にある、「萱愛かやまな小霧こきり」の名前。その遙か下に、「柳端やなぎばた幸四郎こうしろう」の名前があった。


「これって、あの柳端だよなぁ……」


 柳端幸四郎。中学二年の途中まで、俺のクラスメイトだったヤツだ。

 明るく、やんちゃそうな見た目に反して、成績は結構良かったことを覚えている。確かに、あいつならこの学校にも入れるだろう。


 だが、あいつは二年の途中で突然転校していった。


 てっきり遠くの町に引っ越したものだと思っていたが、意外に近くにいたらしい。

 何はともあれ、知った顔がいるのは嬉しい。周りを見回しても柳端らしき生徒はいなかった。おそらく先に教室に行ったのだろう。久しぶりの再会を喜び合うとするか。


 教室に着くと、入学したばかりでまだ環境に慣れずにソワソワした生徒たちが、知り合いを捜したり、話しかけたりしていた。

 俺も人のことは言えなかった。知らない顔ばかりで、まだ環境には慣れそうもない。

 とりあえず、柳端を探したが、それらしい顔は見えなかった。トイレにでも行ったのかな? そう思った俺は、机に名札が乗っているのに気づく。

 ああそうか、名札を見て席に座るのか。きっと出席番号順だろう。

 そして、廊下側が出席番号の早い列だったので、窓側に柳端がいないか探した。

 柳端……あった。なんだ、いるのか……!?

 ……え?


「お、お前、柳端か……?」


 柳端の名札がある席。

 そこには髪が伸びた上にボサボサで、両目には濃い隈が浮かび、頬が痩せこけた男子。中学時代の柳端とは似ても似着かない男子が座っていた。


「……なんだお前は?」


 痩せた男子は、隈が浮かんだ強烈な目を俺に向けて、まるで興味がなさそうに呟いた。


「や、柳端なんだな? 俺、萱愛かやまなだよ。中学の時、同じクラスだったろ?」

「中学……? 中学、香車と過ごした中学……」

「香車?」


 何かを呟いている柳端だったが、俺はその単語の意味を思い出した。


「香車……ああ、棗か……」


 棗香車。俺と柳端のクラスメイトだった男子。

 だが、二年前に確かこのM高で自殺したって聞いている。

 なんで自殺場所にこの高校を選んだのかはわからないが、その時何か騒動を起こしたとか、M高の生徒と揉めたって噂が立っていた。

 そういえば、棗と柳端ってすごい仲が良かったな。柳端の転校も、棗の事件の直後だったっけ。そうか、そのショックで柳端は変貌したのか……


「……棗のことは残念だったな」


 大切な友人を亡くしたんだ。一人の人間を変貌させるには十分すぎる要因だ。だが、いつまでもそれを引きずらせるわけにはいかない。


「だけどさ、過去に拘っても始まらないだろ? 折角、高校に入学したばかりなんだからさ、これからのことを考えようよ」

「……」


 俺のアドバイスを柳端は黙って聞いていた。どうやら受け入れてくれたようだ。


「そうだお前は、何か部活とか入らないのか?」

「……興味ない」

「おいおい、折角の高校生活だよ? 部活くらい入らないと。なんなら、俺も一緒に探すから入ろうよ?」

「……」


 どうも柳端は部活に興味がないらしい。だが、それではダメだ。このままでは、柳端は過去を引きずったままになってしまう。

 俺がこいつを助けよう。うん、それがいい。まずは柳端を部活に入らせるんだ。


「部活に入ったらさ、素敵な先輩もいるかもしれないじゃないか?」

「……」


 尚も沈黙を続ける柳端に対し、俺は再び柏先輩のことを思い出した。


「そうそう、入学案内のときにさ、不思議な先輩に会ったんだよ。たしか柏っていう……」


 その言葉の直後、


萱愛かやまなぁ!!」

「……っ!?」


 沈黙を続けていたはずの柳端が、突然大声を出して俺に掴みかかってきた。


 な、なんだなんだ!? なにか俺はまずいことを言ったのか!?

 まだ話したことも無いクラスメイト達が、驚きの表情で俺たちを見ている。


「な、なんだよ突然!?」

「……」


 先ほどまで、まるで鋭さを感じなかった柳端の目が、今は視線だけで俺を貫かんばかりに睨み付けている。


「……いいか萱愛かやまな。二度と俺の前で、その名前を出すな。さもなければ、容赦しない」

「は……?」


 容赦しない? なんだろう、この発言の違和感は。


「それと、同じ中学だったよしみで忠告してやる。この先、平和な人生を過ごしたかったら、二度とあいつには関わるな」

「な、なんで……?」

「なんでもだ。登下校の時間はずらせ。三年の教室には行くな。あいつの姿を見たら、すぐにその場から離れろ」

「ま、待てよ! 意味がわからないぞ!」


 柳端は柏先輩のことを知っているのか? でも、この二人がいつ関わったんだ?

 ……ああ、そういえば中学一年の頃に、柏先輩をうちの中学で見たような気もするな。じゃあ、その時に関わったのか?


 いずれにせよ、柳端は柏先輩を非常に嫌っているようだ。


「なあ柳端、お前とあの人の間に何があったのかはわからないけどさ。そんなに嫌うことは無いんじゃないか?」

「……」

「他人を嫌うなんて、悲しいじゃないか。一度、二人で落ちついて話し合えば、分かり合うことも出来るはずだよ」


 そう、例え性格が合わなかったとしても、同じ人間なんだ。腹を割って話し合えばきっと分かり合える。おそらく、柳端は柏先輩と何かケンカの最中なんだろう。

 柳端だって、本気で柏先輩が嫌いなわけじゃないはずだ。そうだ、柳端にも柏先輩を助けるようにお願いしてみよう。みんなで力を合わせれば、きっと……


「相変わらずだな、萱愛かやまな。まるで変わっていない」

「そうか? それは良かった。俺は信念を変えずにいられているんだな」

「……」


 そう、俺の信念。

 俺は他人を助けたい。俺は他人を助け、皆を幸せにしたいんだ。柳端にもそれが伝わっているようで何よりだ。


「なあ柳端、お前に……」

「萱愛、お前のお願いは聞けないよ」

「え……?」

「中学の頃は、お前がどんな信念を持っていようと関わるつもりは無かったが、今の俺はおそらく……」


 そして柳端の口から、


「お前と敵対するだろうな」


 あからさまな決別の言葉が発せられた。



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