エミが柳端に連れ去られたとわかった時点で、私の頭は非常事態モードに切り替わっていた。
「樫添さん。さっきの電話、録音してある?」
「はい。再生してみます」
まずは柳端との会話に何かヒントがないか探ってみる。沢渡や柳端の言葉から、何か手がかりになるものがないか。位置を特定できるものはないか。何度も繰り返し聞いてみる。
そこに手がかりがないなら仕方ない。以前からリストアップしていた、殺人に使われそうな場所を手当たりしだいに当たるまでだ。エミが連れ去られてからまだそんなに時間は経っていない。仮にエミが『死体同盟』のアジトに捕まっているとしても、その場所はそこまで遠くはないはずだ。
「……ん?」
しかし、私の耳は録音した通話内容の中から、何か妙な音がするのを確かに聞き取っていた。
「なに? この、金属音みたいなの?」
「確かに、何か『カーン、カーン』って聞こえますね」
樫添さんもその音に気づいたようだ。それ以外に雑音はしないので、おそらく柳端がいるのは室内。それも、車がそんなに通らない場所と見ていいだろう。
そうなると、この金属音は部屋の中からする音だろうか。いや、それにしては、音が小さすぎる。
そこまで考えて、私はひとつの可能性に辿り着いた。
「樫添さん。今って十二時七分よね?」
「え? ええ、そうですけど」
「じゃあ、この通話の間に、十二時ちょうどを迎えていたってことよね?」
「そう、ですね。これはついさっき録音したわけですし」
十二時ちょうどに鳴る、金属音。しかも建物の外で鳴っていて、室内でもかすかに聞こえるほどの音量。おそらくそれは……
「これって、鐘の音じゃない?」
「鐘って、お寺とかの鐘ですか?」
「いいえ。ああいう鐘なら、もっと低い音のはず。でもこれは高い音だった。たぶんこれは……」
私の頭は、ひとつの結論を導き出していた。
「教会の屋根の上にあるような、鐘の音、だと思う」
そうだ。教会の鐘なら、鳴る時間が決まっている。昼の十二時なら、鐘が鳴っててもおかしくない。
「じゃあ、教会が近くにある場所に、『死体同盟』のアジトがあると?」
「可能性はあるわ。とにかく、この近くに教会があるか探してみる」
私は携帯電話で教会の位置を検索する。しかし……
「……まずいわ。思っていたより教会って多い。この周辺にも何カ所かあるし、電車で三駅くらいの場所に広げたら、もっとある」
「ど、どうします?」
「どうもこうも、しらみつぶしに探すしかないでしょ!」
思わず大きな声を出してしまったが、エミの身が危ないのだ。手段は選んでいられない。
「……とにかく、全部の教会に鐘があるとも限らないし、十二時にちゃんと鳴らしているとも限らないわ。今は騒音とかでクレームつけられるかもしれないし」
「でしたら、手分けして探しましょう。私は隣の駅から探してみます!」
「わかった。鐘を鳴らしている教会の近くに怪しい建物があったら連絡して!」
こうして私と樫添さんは、教会にあたりをつけて捜索を開始した。
※※※
「……はあっ、はあっ、はあっ」
樫添さんと別れて数時間が経ったが、未だにエミの居場所は見つけられなかった。なにしろ、手当たりしだいに教会を訪ねても、鐘を鳴らしてなかったり、そもそも鐘がないところが多かったのだ。それに樫添さんからも連絡がないということは、おそらく空振りだろう。
「……どうする、どうする、どうする!」
焦りからか同じ単語を繰り返し呟いてしまう。こうしている間にも、エミの身に危機が迫っているかもしれないとなれば、当然焦りはある。 だけど冷静になれ、黛瑠璃子。エミの支配者として動揺してはいけない。思考はクールに、それでいて絶えず考え続けろ。
教会を手当たりしだいにあたっても、鐘が鳴っているところはない。そうなると、教会という予測自体が的外れな可能性がある。
いや、あの音は確かに鐘の音に聞こえた。樫添さんからもらったさっきの録音データをもう一度聞いてみても、それは間違いない。
ならどこだ? 教会やお寺以外で鐘のある場所はないのだろうか?
「教会以外で、鐘のある場所……」
そう考えた私の前に、ひとつの建物が目に映った。
「……学校?」
私の目に映ったのは、何の変哲も無い、どこにでもありそうな小学校だった。白い校舎にの前に広がる校庭。そこで遊ぶ子供たち。特に何もおかしなところはない。
だけど考えた。ここは普通の学校。だけどちょっと特殊な学校もある。工業高校なら実習用の施設があるだろうし、農業高校なら野菜や果物を育てる施設があるだろう。
その他には……ミッション系の学校なら……
「ミッション系の、学校?」
そうだ、ミッション系の学校なら礼拝があるはずだ。そして礼拝があるということは。
「十二時に、鐘を鳴らす!」
あの鐘の音は、学校の鐘の音かもしれない。そこまで考えを巡らせた私は、携帯電話でミッション系の学校があるか調べる。
検索の結果、私がいる場所のすぐ近くに一校だけ存在した。そしてその学校の近くには、高級住宅街があるようだ。
急いで樫添さんに連絡を入れて、こちらに合流するように伝える。そして私は、件の学校の前に到着する。
「あった……!」
私の目に、学校の上にそびえ立つ塔と、その中にある鐘がはっきりと映った。この鐘の音が聞こえる範囲に、エミはいる。
だけどここからが問題だ。この住宅街を一軒一軒調べるなんてことはできない。どうにかしてもう少し絞り込まないといけない。
そんな中、私の携帯電話に着信が入った。画面を見ると、柳端の名前が表示されている。
どうして柳端の方から電話をかけてきたのかなんてことは考えない。瞬時に電話に出て、状況を把握しようとする。
『こうしろーう? 何か面白そうなことやってない?』
しかし通話口から聞こえたのは、ヘラヘラと笑う女の声だった。この声は沢渡だ。
もしかして柳端は、こちらに助けを求めて電話をかけてきた? 向こうも状況が変わったのかもしれない。
だけど、その時だった。
――カラーン、カラーン。
私の前にある学校の塔で、鐘が鳴っている。時計を見ると、午後六時ちょうど。
そして通話口からも、同じ鐘の音が聞こえてきた。
間違いない。柳端たちは……エミはこの近くにいる!
辺りを見回す。学校の近くには住宅街が広がっている。だけど一つだけ、一つだけその中でも大きな建物が目に付いた。
茶色いレンガが特徴的の、三階建ての洋館。
そして……その洋館の門の鍵が、解錠される音がした。
これが偶然とは思えない。いや、外れても構わない。とにかくエミを助けるために私は動くしかない。
私は樫添さんを待たずに、鍵の開いた門を開けて、洋館の玄関に手をかける。
その時、聞こえた。私が助けるべき人の声が。
「いいや、君はルリを侮っている。彼女は私の危機に必ず現れる。それが私を支配した、黛瑠璃子という存在だ。そうだろう?」
そうだ。私はエミの危機に必ず現れる。そうすると決めた。
だから私は、こう応える。
「ええ、その通りよ、エミ。私はあなたの願望を叩き潰す」
それが彼女の願望を潰した者の役目。私が果たすべき責任なのだから。
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