佐奈霧さんによる襲撃事件から土日を挟んで三日後。俺は思い悩んでいた。
その内容はもちろん、佐奈霧さんと唐木戸のことだ。
俺は知らなかった。佐奈霧さんが唐木戸の親友だったということ、唐木戸が日記を残していたこと。
そして、唐木戸の自殺の原因を俺が作ったということ。
だが考える。俺は間違っていたのだろうか。
確かにやりすぎたのかもしれない。強引に志望校を変えさせたのかもしれない。
だが例えそうだとしても、そのことで自殺するとは思えない。
俺は唐木戸を心から心配していた。だからこそ、必死に応援した。その思いはあいつに伝わっていたはずなんだ。
そうだ、それを佐奈霧さんに話してみよう。いや待て、彼女はまだ俺を狙っているだろう、二人きりで話すのは危険だ。
とりあえず彼女としても、復讐しようとしていることが肝心の俺自身に気づかれてしまった以上、目立つ行動は出来ないだろう。
しばらく時間がいる。佐奈霧さんが頭を冷やす時間が。佐奈霧さんを説得するのはそれからだ。
さて、今日はどうするか……
安全のために学校を休むことも考えたが、病気でもないのに休むのも問題なので、普段通り登校することにした。
その日の昼休み。
佐奈霧さんは普通に授業に出席していたが、俺と目を合わせようとしなかった。
昼休みになっても俺と話すことはせず、どこかに行ってしまった。
「どちらにしろ、彼女のことは先生方にも相談した方がいいかな……」
俺はとっさに御神酒先生の顔を思い出したが、どうせあの先生のことだからまた『お前を救う価値など無い』みたいなことを言われそうなので、他の先生に相談することにした。
弁当を食べ終わった後、教室を出て職員室のある校舎に向かう。
だが、渡り廊下を歩いて、校舎に入ろうとした時だった。
「……え?」
その歩みは強制的に止まってしまった。
なぜなら、落ちてきたからだ。
傷だらけの柏先輩が、俺のすぐ横にあるゴミ捨て場に落ちてきたからだ。
「か……」
「……うっ」
「柏先輩!!」
俺は急いで柏先輩に駆け寄り、無事かどうかを確かめる。
……良かった、息はある。でもどこかを打っているかもしれない。
何があった? なぜこんなことに?
俺がふと上を見ると、そこには俺が向かおうとしていた校舎の二階が見えた。
そして俺は見た。
二階の窓際にいた……枝垂先輩を。
「し、枝垂先輩?」
先輩は俺と目が合う直前にその場を離れて行ってしまった。
見間違いじゃない。今のは枝垂先輩だった。そして今の行動は明らかにおかしい。
窓の外、自分のすぐ下で俺が大声を出して柏先輩が倒れていると言うのに、枝垂先輩は俺に声をかけることも窓から様子を窺うこともしなかった。
そう、今の行動はまるでその場から逃げるかのような行動だった。
まさか、まさか……
枝垂先輩も、『成香』だというのか。
いや、今はそれどころじゃない。助けを呼ばないと。
「誰か! 誰かいませんか!? 人が倒れています!!」
柏先輩をそのままにするわけにはいかなかったので、大声で人を呼ぶ。すると……
「おい! 大丈夫か!?」
「御神酒先生!?」
校舎から御神酒先生が飛び出して来て、柏先輩に駆け寄る。柏先輩の無事を確認し、今度は俺に話しかけてきた。
「萱愛! 早く救急車を呼べ!」
「は、はい!!」
こうして俺は柏先輩のために、再び救急車を呼ぶことになった。
数時間後。
病院に運ばれて治療を受けた柏先輩だったが、ゴミ捨て場のゴミがクッションになったおかげで、大した怪我は無かったと医者から聞かされた。
さすがにこの短期間で二度も柏先輩が怪我をしたこと、さらに通報したのが二回とも俺だったことに救急隊員や医者には疑いの目を向けられたが、深く追及はされなかった。
その理由は……
「教師として言わせていただきますが、萱愛はあくまで柏を助けようとしただけです」
御神酒先生が、疑いの目を向ける救急隊員たちに俺の無実を断言したからだ。
正直言って、意外だった。御神酒先生が俺や柏先輩を助けたことが。
気にはなったが、とりあえず俺は枝垂先輩のことを先生に話した。
「枝垂があの場にいたのか?」
「はい、おそらく柏先輩が落ちた場所の真上くらいにいたのを見たのですが……」
「そうか……」
「でも、あくまでそこにいたのを見ただけです」
確証はない。だから無闇に先輩を犯人だと確定するようなことはしたくなかった。
「わかった、萱愛。柏のことは私が見ておく。お前はもう家に帰れ。学校には連絡しておく」
「……先生。ひとつ聞いていいですか?」
「なんだ?」
俺は意を決して、質問をぶつけた。
「なぜ柏先輩を助けたり、僕を庇ってくれたんですか?」
「……質問の意味がわからんな」
「え?」
「私は教師だ。生徒を助けるのは当然のことだ」
「……しかし! 先生は言いました! 『助かる見込みのない生徒は見捨てる』と! それに先生は柏先輩が気に入らないのではなかったのですか!?」
御神酒先生は間違った思想の持ち主だ。
生徒全員を救うことなど出来ないと決めつけ、自分の気に入らない生徒は見捨てる。そんな人のはずだ。
なのに何故、俺や柏先輩を助けてくれたのか。それがどうしてもわからなかった。
「相変わらずだな萱愛。お前はまるで他人を見ていない」
「……どういう意味ですか?」
「お前の考えの根底にあるものは、『自分が正しくて、他人が間違っている。だから正しい自分が他人を矯正しなければならない』。そういった身勝手な使命感だ」
「……」
三日前までの俺であれば、その言葉を真っ向から否定したかもしれない。
だが佐奈霧さんの意図や唐木戸の死の真実を知った今の俺は迷っていた。
自分が本当に、正しいのかどうか。
「だからお前は私の考えを正しく理解していない、お前の主観で歪めてしまう。言ったはずだ。私は『助かる見込みのない生徒、助かる意志のない生徒は見捨てる』と。お前は柏を助けるために人を呼んでいた。だから私は教師としてお前たちを助けた。それだけだ」
「……俺が助けを求めていたから?」
「そうだ、お前は助けを求めていた。そして柏はまだ生きていた。だから助けた。そうでなければ教師ではない」
「ですが! やはり僕は先生の考えは認められない! 皆が幸せになった方がいいに決まっています!」
「……そうだな」
「え?」
「萱愛、一つお前に言っておく」
そして御神酒先生は、
「私はとうの昔に、教師として最低の人間なのだ」
俺の顔を見ずに、その言葉を言った。
「な、何を言って……」
「話はここまでだ。さあ、もう家に帰れ」
有無を言わさない口調でそう言われ、俺は大人しく家に帰ることにした。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!