柏恵美の理想的な殺され方

さらす
さらす

第二十五話 特別

公開日時: 2020年12月22日(火) 20:05
文字数:7,418


「はあっ、はあっ……」


 俺は炎天下の中、大通りを制服姿で走り続けていた。最近は走ることが多くなった気がするが、今はそんな場合ではない。時刻は午前十時、この時間ならば高校生は学校で授業を受けているのが自然であるため、道行く人が制服を着ている俺を不審な目で見ている気もしたが、それを気にするほどの余裕も無かった。

 なぜ俺が学校を抜け出してまでこんなことをしているか。その理由は今から一時間前に起こった出来事にあった。




「閂先輩が欠席!?」


 俺は昨日、閂先輩から彼女の過去の出来事を聞かされた後、そのまま先輩と別れて家に帰った。だが、先輩の様子がおかしかったのは明白だったため、朝一番で先輩の様子を見に、三年C組の教室に向かったのだ。

 だが先輩のクラスメイトから聞かされたのは、当の閂先輩が学校を休んでいるという言葉だった。


「あの、まだ始業時間にはなっていませんし、今から教室に来るという可能性もあるんじゃ……」

「うーん、あの子結構早い時間に学校に来ているし、この時間に来ていないってことは今日は休みなんじゃない?」

「そう、ですか……」


 俺はお礼を言った後に三年C組の教室を離れて考えを巡らす。普段ならいつもの時間に先輩が登校していなくても、さほど気にはならなかっただろう。しかし今は亜流川さんのことがある。彼が先輩によからぬことをしようとしているのは事実であり、それに先輩が巻き込まれている可能性は十分にあるのだ。

 だが、あの閂先輩がそうおいそれと亜流川さんに着いていくだろうか? ……いや、今の先輩は普段の彼女ではない。亜流川さんの前では、先輩は普段の様に冷静には振る舞えないかもしれない。それに、お母さんのこともあるのだ。


「だめだ、考えても仕方がない。とりあえずは先輩の無事を確認しないと」


 俺は携帯電話を取り出し、閂先輩の連絡先に電話をかける。


「出てくれ、出てくれ……」


 しかし俺の耳に聞こえたのは留守番電話サービスの電子音声であり、期待した結果にはならなかった。


「くっ……まずい、もしかしたら先輩はもう……」


 先輩はもう、亜流川さんと出会ってしまっているのかもしれない。ダメだ、それは絶対にダメだ。あの人が先輩の人生にとって、プラスであるはずがない。なんとかして先輩を助けないと。


「おい、どうした萱愛?」


 その時、俺に声をかけてくる男がいた。この声は……


「柳端……」

「……お前、また何か面倒なことに巻き込まれたみたいだな」


 柳端は短く刈った髪を右手で弄りながらため息を吐く。どうやら俺の様子でただならぬ事態が起こったことが伝わったようだ。しかしどうするべきか。この件に柳端を巻き込んでいいものか。


「やな……」

「萱愛、とりあえず現状を話してみろ。俺が出来ることならしてやる」

「え?」

「今更お前との間で貸し借りをうるさく言うつもりはない。俺はお前に救われた。ならそれで、俺がお前に力を貸す理由は十分だ。違うか?」

「……!」


 そうだ、柳端は俺に力を貸してくれる仲間だ。それにここで迷っている時間は無い。どうにかして先輩の居場所を突き止めなければならない。

 そして俺は、柳端に閂先輩と亜流川さんの関係、そして今置かれている現状を話した。


「……つまりその亜流川という男が、閂に危害を加えようとしているんだな?」

「そうだ、しかし先輩と亜流川さんの居場所がわからないとどうしようもない」


 問題はそこだ。とりあえず先輩の家に行ってみることも考えたが、先輩のお母さんが居場所を知っているかどうかはわからない。いや、むしろ先輩がお母さんを救うために亜流川さんと接触しているとしたら、お母さんに行先を話していない可能性の方が高い。


「萱愛、その男の名前は、『亜流川志信』で間違いないんだな?」

「え? そ、そうだけど?」

「俺はそいつの住所を知っている」

「なに!?」


 驚く俺をよそに、柳端はメモ帳を取り出してペンで何かを書き始めた。


「その男は俺のバイト先の会員でな。以前、店で騒動を起こしていたから記憶に残っていたんだ」

「じゃ、じゃあ、その時に住所を?」

「ああ、会員証に書かれていた住所を覚えている。確かここだ」


 そしてメモ帳からページを一枚破りとり、俺に手渡した。そこには確かに実在するであろう住所が書かれていた。しかもこの学校からさほど遠くも無い場所だ。


「そこに閂がいるかどうかはわからない。しかし手がかりはあるかもしれない」

「……どちらにしろ俺にはここに行くしか選択肢はない。なら今から行く」

「わかった。教師たちには俺から話しておく。それと……」


 柳端が携帯電話を操作すると、俺の携帯電話のバイブレーションが作動した。


「俺の電話とお前の電話を繋げておこう。こうしておけば、何かあった際に俺が警察に通報できる」

「ありがとう柳端……! よし、行ってくる!」


 そして俺は全速力で学校を飛び出し、メモに書かれた住所に向かった。



「ここか……」


 息を荒げながら立ち止まった俺の前には、木造二階建てのアパートが建っていた。表札を確認すると、柳端のメモと同じ住所だった。亜流川さんの家はここの二階の真ん中の部屋であるらしい。

 駐車場には白い車が停まっていた。夏の日差しに晒されているためか熱を帯びている。見た所車の中には誰もいないようだ。これが亜流川さんの車であるなら、まだ中にいるかもしれない。俺は意を決してアパートの階段を駆け上がる。

 そして真ん中の部屋のドアのノブに手をかける、見るとドアが少しだけ開いているのがわかった。一気にドアを開けて、中を確認する。そこには……


「先輩!」

「……萱愛……氏?」


 ダイニングスペースの奥の和室に小さく座っていた閂先輩と、その前のテーブルの横に座る亜流川さん。そしてその対面に座っている柄物シャツにグレーのスーツを着たスキンヘッドの男性と、その傍らに立つ黒いスーツの男性がいた。


「先輩、ここにいたんですね……」


 ひとまずは先輩の姿を見て安堵するが、すぐにまだ安心できない事態であることを悟り、気を引き締める。


「おいおいおい、マジメ君じゃーん。何人ん家に勝手に入ってんの? 不法侵入じゃねえの? 頭いいのにそんなこともわかんねえの?」


 亜流川さんが立ち上がって俺に詰め寄ってくる。だが俺はここで退く気はさらさらなかった」


「亜流川さん、閂先輩を解放してください。あなたのやっていることこそ、犯罪です!」

「はあ? 何言っちゃってんのお前? カナメちゃんは自分の意志でここに来たんだよ?」

「そんなの関係ありません! こんなことが許されていいはずが……」

「萱愛氏!」


 だが俺の言葉を止めたのは、他ならぬ閂先輩の叫びだった。


「萱愛氏、ここに何をしにいらっしゃったのですか……?」

「先輩を助けるためです! 俺は、あなたを……」

「迷惑です、帰ってください」

「先輩……?」


 先輩の言葉に戸惑う俺に、亜流川さんは例の人をバカにするような笑いを浮かべて、ゲラゲラと笑い声を発している。


「おいおいマジメくーん。いいマヌケ面してんじゃん。折角だから説明してやるよ、カナメちゃんはな、お母さんを守るために自分の身を売ろうとしているんだよねー」

「なんですって!?」

「泣かせるよねー、カナメちゃんってね、『ここに私がアルバイトで稼いだお金を用意しました。これをお渡ししますので、支払いの期限を延ばしてくださいませんか』って頼み込んできたんだよ」


 そう言われてテーブルの上を見ると、確かにそこには五十万ほどの札束が置かれていた。まさかあれは、綾小路さんの一件で先輩が持っていたという札束か!?


「でもね、俺の借金の額って三百万はあるわけよ。全然足りないわけよ。返せないとあそこにいる、こわーいお兄さんに何されるかわからないわけよ」


 亜流川さんは和室に立っている黒いスーツの男性を手で示す。どうやら彼が、亜流川さんにお金を貸しているようだ。


「んで、このままじゃ保証人であるカナメちゃんのママもどうなるかわからないわけよ。だからカナメちゃんはママを守るために足りない分を自分の身体で払ってくれるんだってさ、いやー、泣かせるよねー」

「あ、あなたは、元はと言えばあなたが原因なのに、なんとも思わないんですか!?」

「言っただろ? 俺は『弱者』だから自分の身を守るために何でも使うってさ」

「あなたは……!」


「亜流川、これは一体どういうことだ?」


 突如として部屋に低く重い声が響いた。亜流川さんもそれを受けてヘラヘラと笑うのを止め、後ろに向き直る。


「す、すみません、廻戸まわりとさん。ちょっとジャマが入ってしまって……」


 廻戸と呼ばれたのは、テーブルの横に座っていたスキンヘッドの男性だった。どうやら、この人が亜流川さんが言っていた、『先輩がお世話になっている人』のようだ。


「亜流川、お前自分の家も隠し通せねえのか? そんなんだからこんな兄ちゃんの邪魔が入るんだろうが」

「す、すみません……」


 廻戸さんは亜流川さんに凄んだ後に立ち上がり、玄関まで歩いてくる。彼の身体は俺よりも遥かに大きかったが、その身体から発せられる得体の知れない空気が、彼の存在感をさらに増していた。


「兄ちゃん。そこの嬢ちゃんを解放しろと言ったな?」

「は、はい……」

「残念だが、それは出来ない。俺たちは舐められるわけにはいかないんでな。取ると言ったものは必ず取る。だからあの嬢ちゃんも絶対に取る」

「そんな! 先輩は物じゃありません! それに俺が警察に通報すれば、あなたたちは終わりです!」


 だが俺の言葉に対して、亜流川さんが後ろで笑う素振りを見せた。廻戸さんがそれを横目で確認した後、再度俺に向き直る。


「警察に通報するか、やってみろ」

「え?」

「玄関のドア、開いていただろ? それに嬢ちゃんは縛られているわけでもねえ。つまり逃げだそうとすれば逃げ出せる状態なんだ。俺が何を言いたいかわかるか?」

「え、えっと……」


 先輩は逃げ出せる状態にある。さらに玄関のドアは開いていた。つまり……


「ま、まさか!」

「そうだ、この状況で兄ちゃんが警察を呼んでも、俺たちがお縄に付くことはない。なにせ俺たちはまだ嬢ちゃんに何もしてねえんだからな」


 確かにそうだ。この人たちは閂先輩にまだ何もしていない。


「そして今警察を呼んで俺たちを追い払ったとしても、俺たちはまた嬢ちゃんを奪いに来る。兄ちゃんが何をしても無駄なんだ、諦めろ」

「……だとしても、俺は!」


「これ以上関われば、兄ちゃんも帰すわけにはいかねえ」


「……!」

「兄ちゃんくらいの年代の子供はな、皆自分が無敵だと思っている。だからこんな無鉄砲な行動が取れる。だが実際は、お前らは無敵でも何でもねえんだ。子供より心身共に成長しているから行動の自由が増えて、尚且つ未成年だから大人が守ってくれる年代、それがお前らだ」

「何が……言いたいんですか?」

「お前らは自分の力と守ってくれる大人の力、それらを併せ持った存在でしかねえってことだ。決して無敵なわけじゃねえ。これ以上兄ちゃんが俺たちに関わるようであれば、大人もお前を守れねえ領域に踏み込むことになる。そうなればお前は容赦ない大人の力から自分を守らないといけなくなる。その覚悟があるのか?」


 ――この人は、違う。

 今まで対峙してきた『子供』とも、亜流川さんのような『弱者』とも、そして閂先輩とも違う。それらを圧倒する『大人』だ。


「わかるか? 今引き下がって、この場で見たものを全て忘れるのであれば、兄ちゃんは今まで通りの生活が送れる。親御さんも泣かなくて済むし、俺たちも余計な仕事をしなくても済む。引き下がってくれねえか?」


 俺は、この人には絶対に勝てない。それはそうだろう、俺は『子供』でこの人は『大人』だ。圧倒的に力が違い過ぎる。 


「……わかりました。俺はもう、何もしません」

「そうか。賢明な判断だ」


 でも、だとしても。


「でも、一つだけ閂先輩に伝えたいことがあります」

「なに?」


 俺は閂先輩を救うことは諦めたくない。


「先輩!」


 俯いていた先輩に、俺は声を出して呼びかける。


「俺は……先輩によって多くのことを教えられました。戸惑うことも多かったけれど……俺は、先輩によって、人を救うための『手段』を改めて考えるようになったんです」


 まだ先輩は俯いている。だけど俺の言葉は届いているはずだ。


「先輩は悩んでいる俺を助けてくれました! 御神酒先生のことも、唐木戸のことも、先輩がいなければ乗り越えられなかったかもしれません! だから、先輩は……」


 仮に、先輩がどう思っていたとしても。



「先輩はもう、俺にとって『特別』で『特殊』な存在なんです!」



 その言葉で、ようやく先輩は顔を上げた。

 そしてその左目が大きく見開かれて……戸惑いながらも俺を見ている。


「先輩の人生は決して亜流川さんのためにあるわけじゃないんです! だから俺は……」

「あーもう、うるせえなあお前は!」


 俺の言葉は、亜流川さんの手によって塞がれた。


「見逃してやるって言ってんだろ!? さっさと尻尾巻いて帰っちまえよ! 俺たち忙しいんだからさぁ!」


 そして俺の体を壁に叩きつけた。


「ぐうっ!」

「さて、カナメちゃん。そろそろ行こうか?」


 俺には目もくれずに亜流川さんは閂先輩に向き直る。だけど、もう遅い。俺の言葉がちゃんと届いているのであれば……


「ひ、ひひ、ひひひ……」

「ん?」


「そうでした……そうでしたね、私の人生はこんな男に振り回されるためにあるのではありません、ひひひ……」


 閂先輩が、あんなヤツに負けるはずがない。



「ひひひ、ありがとうございます萱愛氏。危うく本来の私を見失う所でしたよ、ひひひひひひひひひ!」



 その証拠に先輩の笑顔はもう、ひきつった不自然なものではなく、不気味とも思えるものに戻っていた。


「な、なんだよカナメちゃん。言っておくが、お前がどう思おうとも事態は何も変わってねえぞ!」

「ええ、ええ、そうでしょうね。しかし……ひひひ、妙だと思ったのですよ。母がなぜ、あなたのような男の保証人になったのか……」

「は?」


 確かにそうだ。先輩のお母さんからすれば、亜流川さんは娘を殴った憎い相手。なのになぜ、保証人になったのか。


「そ、そりゃ姉貴が俺を見捨てられないお人よしだからだよ! それ以外にねえだろ!?」

「ひひひ、そうでしょうかねぇ……? もし『それ以外』に、別の意図……例えばあなたを罠にかける、そういう意図があったとしたら?」

「ああ?」


 そう、俺もそれを考えていた。何せあの先輩のお母さんだ。何かを仕組んでいてもおかしくはない筈。


「今日は、とても暑いですねえ……ひひ」

「あ? だから何だよ?」

「いえいえ、このような暑い日は……何か重要な書類に不備が出そうですねえ……」

「はあ?」


 亜流川さんは先輩の言葉が理解できないようだったが、代わりにその言葉に反応した人間がいた。


「……! まさか!」

「ん、どうした見崎(みさき)?」


 廻戸さんに見崎と呼ばれた黒いスーツの男性は何かに気づき、玄関から外に出る。そしてしばらく後に再び部屋に現れ、その手にはA4サイズ紙が入る封筒を持っていた。


「やはりか……!」


 見崎さんは封筒の中から紙を取り出してその内容を確認すると、顔をしかめる。そしてその紙を廻戸さんに手渡した。


「あーあ、亜流川。どうやらお前、姉ちゃんに一杯喰わされたようだな」

「は?」

「ほら、これを見ろ」


 廻戸さんは紙を亜流川さんと俺たちに見えるように裏返す。そこには『借用書』と見出しが書かれて、『借主』の欄に『亜流川志信』とサインしてあったが……


「なん……だと!?」


 『保証人』の欄には、誰の名前も書かれていなかった。


「バ、バカな! 姉貴はあの時確かに名前を書いていたはずだ!」

「ああ、確かに俺もお前の姉の名前が書いてあるのを見た。しかし……ペンまでは確認していなかったな」

「ペ、ペン?」


「ひひひ、どうやら母は『消えるボールペン』で借用書にサインしたようですねぇ……」


 閂先輩が亜流川さんに言う。


「き、消えるボールペンだと?」

「ひひ、擦ることでインクが透明になるポールペンですよ……お聞きしたことくらいはあるでしょう?」

「何言ってやがる! 誰もあの借用書には触れていなかったんだぞ! 確かさっきまで見崎さんの車の中に保管されてて……」

「ひひひひ、消えるボールペンのインクがなぜ透明になるかご存知ですか……?」

「え?」

「あれは、擦ることによる摩擦熱に反応してインクが透明になるらしいのですよ……ですから、このような気温の高い日に、車のダッシュボードなどにその借用書を保管していたのであれば……熱によって母のサインが消えてしまうのは当然ですねえ……ひひひ」

「そ、そんな、姉貴の野郎!」


 亜流川さんは怒りに満ちた顔で怒鳴るが、そんな彼に廻戸さんが声をかけた。


「ふーむ、亜流川よぉ、こうなるとちょっと話が変わってくるなあ」

「え、ええ?」

「借用書にはお前の姉の名前は書かれていない……つまり、債務者はお前ひとりというわけだな」

「ま、待ってください! すぐに姉貴に名前を書かせますから、ちょっと待ってくださいよ!」

「わかってねえなあお前。さっきも言ったろ? 俺たちは舐められるわけにはいかねえんだ。あんな簡単なワナに引っ掛かるようなマヌケのために動いたとなると、俺の顔が潰れちまうだろ?」

「そ、そんな……」


 亜流川さんは両目に涙を溜めて、周りを見る。しかし誰も彼を助けようとする人間はいなかった。


「見崎、とりあえず俺はこの件から手を引く。それで、亜流川から金は引っ張れそうか?」

「……まあ、身体ひとつあればどうにでもなりますよ」


 それを聞いた亜流川さんはこの場から逃げようとする。しかし、見崎さんが素早く動いて彼を止めた。


「ひ、ひい!」

「おっと、逃げるなよ。高校生たちがあそこまで根性見せたんだからよ。お前も根性見せるべきだよな?」

「あ、ああ……」


 そして涙目になって蹲る亜流川さんに、閂先輩が近づいた。


「ひひひひ、どうやらこれで貴方とはお別れのようですねぇ……ひひ、全く、長い間この私を苦しめてくれましたよ」

「た、助けて……」

「ですがもう、私は貴方には振り回されません……ひひ、ですがお別れの挨拶くらいは致しましょう……」


 そう言って閂先輩は右目を隠していた前髪を後ろに流し、顔を露わにした。

 

 そして……先輩の左目と、右目がしっかりと見開かれ、亜流川さんを捉えた。



「私の中から、さっさと消えろ。このゴミが」



 ……これ以来、亜流川志信は二度と閂先輩の前に現れることはなかった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート