アタシは自分のこれまでの人生を思い返していた。
少年院に送られるまでのアタシは、本当に身勝手な人間だった。ちょっとカワイイからといって、自分が『特別』な人間だと思い込んでいた。
だからアタシは、他人を簡単に踏みにじった。自分だけはそれが許されると思っていた。他人は自分のために存在していて、ちょっと困った顔をすれば、周りが何でも自分のために動いてくれると思っていた。
そこまで思い返して、アタシは考える。一体どれだけの人間が、アタシの身勝手で踏みにじられてきたのだろう。どれだけの人間が、アタシの身勝手に付き合わされて人生を狂わされたのだろう。どれだけの人間が、アタシの犠牲になったのだろう。
アタシにお金を盗まれたバイト先だけじゃない。アタシが気に入らなかったというだけで、不登校に追い込んでしまったクラスメイトや、他にいい男がいたというだけであっさり別れを告げてしまった元カレ。それ以外にも、アタシは多くの人間を自分の都合で利用したり排除したりしてきた。
そんなアタシが、許されていいわけがない。
昨日、空木さんから渡された、アタシの『死体』の写真を見る。
細かな所を見れば、作り物めいた部分は多い。アタシを押しつぶしている大岩は、少し見ればボール紙のようなもので出来た作り物だとわかるし、頭から出ている血も、ドラマとかで見るような血糊のように見える。
だけどそれ以上に、アタシが顔から生気を失い、血を流して大岩に潰されているというシチュエーションがそこにあるという事実が、アタシの心を捉えて放さなかった。『死体』であるアタシに、一切の価値もないし、一切の人権もない。そこには自分が『特別』だと勘違いして、無様にも潰された女の『死体』があるだけだ。
……本当は、アタシはこうあるべきなんじゃないか。そう思えてならない。そうでないと、アタシがこれまで踏みつぶしてきた人たちと釣り合いが取れない。
今日はバイトも学校もある。アタシはまだ両親からの借金を返し終わっていない。だからバイトに行ってお金を稼ぐ必要はある。
だけどその後は? 罪深いアタシがそのまま生きるというの? 誰もアタシもことを信頼していないのに?
そんな考えを抱きながら、アタシはバイトに向かった。
その翌日。バイトがなかったために、この日も『死体同盟』の拠点に向かう。洋館に入ると、広間に設置されたテレビを見ながら、鎚屋さんがくつろいでいた。
「あ、いらっしゃい。綾小路さん」
鎚屋さんがアタシを見つけて微笑む。こちらも会釈で返した後に周りを見てみると、湯川さんが掃除機をかけていた。
「ああ、綾小路さん。来たんですね」
「うん。あの、掃除してるの?」
「この大広間だけはこまめに掃除してるんですよ。とてもこの家全部を毎日掃除する気にはなれませんよ」
「じゃあアタシも手伝うよ」
「いいですか? 倉庫にもう一台掃除機あるんで、向こうの壁からかけてもらっていいですか?」
湯川さんが指し示した扉を開けると、そこには掃除用具やトイレットペーパーなどの消耗品、それに飲料水が入ったダンボールが置かれていた。その中からコードレスの掃除機を見つけ、湯川さんと反対の方向から掃除していく。
十数分後、大広間に掃除機をかけおわったアタシたちは、手を洗ってソファーに座った。
「ありがとうね、綾小路さん。私、足がこんなだから、掃除もままならなくて。いつも由美子ちゃんや空木さんにやってもらってるの」
鎚屋さんがアタシにお礼を言ってきたけど、その顔は本当に申し訳なさそうな表情だった。
それを見て、アタシはある話を切り出す。
「鎚屋さん、それに湯川さん」
「なに?」
「自分が……生きていてはいけない人間だって考えるのっておかしいですか?」
普通なら、こんなことを言えば『何か悩みがあるのか』とか『そんなことはないだろう』という答えが返ってくるものだと思う。だけど鎚屋さんはこう答えた。
「あら、ここにいる人たちはみんなそうよ」
アタシに向かって微笑みながら、鎚屋さんは自分の右足をさする。
「私だって、アスリートじゃない自分に意味がないって思ってるから空木さんに協力してる。沢渡さんはわからないけど、由美子ちゃんだってそうでしょ?」
「まあ、そうですね。というか綾小路さんには前にも言ったじゃないですか。ここには『人生終わっちゃおうかな』って思ってる人しかいないんですよ」
「そうそう。もし綾小路さんが『自分が生きていてはいけない』と思っていても、私たちはそれを否定しない。ここはそういう場所なのよ」
そこまで聞いて、アタシの心が少し軽くなったような気がした。
そうだ、アタシが『生きていてはいけない人間』だと考えるのは別に悪いことじゃない。もしアタシに罪があるのなら、それは今までの行いにある。
だからアタシが『死』に向かって行くのは、悪いことじゃない。
「みなさん、お集まりのようですね」
そこに空木さんが現れた。いつも通りのスーツ姿だ。
「さて、我々の仲間に綾小路さんが加わり、二週間が経ちます。メンバーも5人となりましたし、皆さんにお話したいことがあります」
空木さんの言葉に、アタシだけじゃなく鎚屋さんたちも首を傾げる。どうやら今から話すことは、空木さんしか知らないことのようだ。
「私たち、『死体同盟』はご存知の通り、『理想的な死に方』のために『死体』となってきました。ですが今に至るまで、実際に『死体』となった方はいません」
「そうですけど、何が言いたいんですか、空木さん?」
湯川さんは少し不機嫌そうに質問を投げかける。
「私たちは『理想的な死に方』を求めてはいますが、それには理由があります。私たちは皆、人生に行き詰まり、それ故に『死』に興味を持ちました。ですがどこかで、『生きること』に未練があると思うのです。違いますか?」
「……」
空木さんの指摘に、アタシたちは言葉を詰まらせた。確かにアタシも、まだ死ぬことに恐怖を抱いている。『生きていてはいけない』と思いながらも、どこかで許されたいと思っている。
「そこで私は、『死体同盟』に新たなメンバーを招きたいと考えています。その方の名は柏恵美。自らが『殺されること』をどこまでも求める、いわば異常者とも言える方です」
「……殺されること?」
自分が殺されることを求めている? そんな人がいるわけない。
だけど空木さんは冗談を言っている雰囲気ではなかった。
「つまり新メンバーを招きたいってことなの? でも、そんな仰々しい言い方をしなくても、私たちは特に拒否しないわよ」
「柏恵美さんの勧誘は、ただの新メンバーの加入とは全く違う意味を持ちます。おそらくは、彼女が加入すれば『死体同盟』は一気に次のステップに進むでしょう」
空木さんがそこまで言うほどに、柏さんとやらはすごい人なんだろうか。
「私は是が非でも、柏恵美さんを『死体同盟』に招きたいと考えています。ですので皆さんにも協力していただきたいのです」
「でも、協力って言っても何をしろって言うんですか?」
「まずは柏恵美さんの関係者に接触してみましょう。そこで綾小路さんに動いてもらいたいのです」
「え、アタシに?」
「ええ。その関係者の方は今、県立M高校に在籍していますから」
そう言って、空木さんは懐から写真を取りだした。
「これが柏恵美さんとその関係者の方のお写真です。お名前は……」
アタシは写真を見る。そこには柏恵美さんと思われるショートカットの女性と……
「柳端幸四郎さん。M高校の三年生ですね」
アタシがかつて好きだった、『コウくん』が写っていた。
「綾小路さん、それに沢渡さんにはこの柳端さんを『死体同盟』に勧誘していただきたいのです」
「コウくん……柳端くんを? でも、彼が『死体同盟』に興味を持つとは思えないんですけど」
「綾小路さんはご存知ないかと思いますが、彼は四年前に親友を失っています。彼がそのことに関して絶望を抱えているのは間違いないようです」
「じゃ、じゃあ、柳端くんも……死にたがっているかもしれないって言うんですか?」
「あくまで可能性の話です。綾小路さんたちにやっていただきたいのは柳端さんに『死体同盟』の存在を知ってもらい、この場所に連れてきていただきたいのです。彼を無理矢理、私たちの仲間に迎えようとは思っておりません」
「……」
柳端くんが親友を失ったのは四年前。アタシが彼と一緒にバイトをしていたのは去年の話だから、アタシと会った時には既にその親友は死んでいたということになる。
確かに思い返してみれば、柳端くんはどこか達観していたというか、人生に諦めのようなものを抱えていたように見えた。アタシの好意に対しても、まるで興味がないと言わんばかりだった。
じゃあ、まさか本当に柳端くんも死にたがっているというのだろうか。
「仮に柳端さんが私たちの仲間になってくれるならば、柏恵美さんは我々に興味を持つでしょう。私は柏さんを何としても『死体同盟』に迎え入れたい……いえ、言ってしまえば」
空木さんは珍しく声を張り上げる。
「柏恵美さんには『死体同盟』の盟主となってもらいたい! 私はそう考えております」
アタシたちはその様子に言葉を失った。
一体、柏恵美とはどういう人なんだろう。空木さんをここまで執着させるということは、『死体同盟』にとって重要な人なんだろうとは思う。
だけどアタシは別のことを考えていた。それはもちろん、柳端くんのこと。今さらアタシが彼のことを『コウくん』なんてなれなれしく呼べるとは思えないけど、もし彼もまた死を求める人間なのであれば……
アタシの『死体』の横には柳端くんがいてほしい。そう思った。
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