「ったく、思い切り首絞めてきやがって」
『スタジオ唐沢』から十数分ほど歩き、立ち寄ったカフェで痛む首を押さえながら、オレはアイツの顔を思い返していた。
瑠璃子はまだオレに対して怯えていた。まあそりゃそうだ。手ひどくフラれた元カレに対していい思い出があるはずもない。ましてやオレは瑠璃子に対して、自分がいかにくだらない女か思い知らせてやると宣言してるんだ。アイツからしちゃオレは間違いなく敵でしかない。
それなのに、オレを見たアイツはこう言った。
『エミ! 早くここから……え?』
瑠璃子が優先したのは自分が逃げることじゃなく、友達を逃がすことだった。オレのことが怖いはずなのに、アイツは友達を逃がしてオレの前に立とうとしていたんだ。
だからこそ、オレはアイツが愚かでくだらない女だと思い知らせないとならない。
ポケットの中でスマートフォンが振動している。ああ、そういえばそろそろ連絡がある頃だったな。
「もしもし?」
『……お疲れ様です、工藤メイジさん』
「来やがったな、“腹黒”。聞いてた話と違うじゃねえか」
『なにがでしょうか?』
「首絞められるなんて聞いてねえって言ってるんだよ」
オレが“腹黒”から聞いていたのは『スタジオ唐沢』に瑠璃子が来るから、あえてオレがあの場所に姿を現し、瑠璃子の行先を把握していることを知らしめるという作戦だけだ。あそこまでされるなんてことは聞いてない。
『それに関しては謝りますよ。成り行き上、ああなってしまったのでね』
「ま、かえって良かったのかもしれねえな。瑠璃子からしてみれば、オレに対しても敵意が増したわけだし」
『ええ、こちらの思惑通りに進んでいますよ。今のところはね』
“腹黒”が笑っているのは電話越しでもはっきりわかる。オレとしても笑えることだ。瑠璃子はまんまとオレたちの思惑にハマっているんだからな。
「それで、お前の方はどうするんだ? オレに協力者がいるっていうのは瑠璃子もわかったはずだ。下手すりゃお前も疑われるぞ」
『そうなったらそうなったで構いませんよ。もともと黛は他人に簡単に心を開くタイプではないのは、あなたも知っているでしょう?』
「ああ。というかアイツをそうさせたのはオレだからな」
オレにフラれた後の瑠璃子がどういう人生を歩んでいたのか詳しくは知らないが、少なくともアイツが今に至るまで他人を簡単に受け入れないようになったのはオレが原因だろう。
だとしても、人間はそんな簡単には変われない。オレと交際していた時も、そして今も、瑠璃子は自分を認めてくれる人間を求めている。そこにつけ入るスキが生まれる。
『協力者がいるとわかった以上、黛はこれから単独行動を取るでしょう。少なくとも、誰かに行先を告げるなんてことはあり得ませんね』
「そうだろうな、つまり瑠璃子を上手く孤立させたわけだ」
これでアイツは周りを疑い、オレに接触するにしても一人で来るだろう。だったら……
その前に、カタをつける必要がある。
『では、決行の日はまた連絡します』
“腹黒”との通話が終わり、スマートフォンの画面が待ち受け画像に戻る。
「……ミーコ」
そこには、かつてオレのせいで大きな傷を負った女……財前美衣子の笑顔があった。
「なんでだろうな、ミーコ。お前も瑠璃子も、オレのことなんて好きになるわけなかった。そんなの、ちょっと考えればわかることだったのにな」
ミーコはオレのことを恨んだ。最低のクソ野郎だと罵った。反論のしようもない。オレのせいで、ミーコも瑠璃子も間違え続けてしまったのは覆しようのない事実だ。
そしてアイツらの間違いの元には……オレの大きな間違いがあった。自分だけが損をしているなんていう、クソみたいな間違いが。
「ごめんなミーコ……オレが……もっと早く気づいてればなあ……」
いつもそうだ。オレは取り返しがつかなくなってからやっと間違いに気づく。そしてその間違いで割を食うのはオレ本人ではなく、いつだって他人だ。
瑠璃子もオレに別れを告げられたことで、ミーコを叩き潰さないとならなかった。その結果、アイツは今でもくだらない間違いを正解だと思い続けている。
アイツに自分の間違いを気づかせる役目は、オレでは無理だ。本来ならオレは二度とアイツの前に現れてはいけない存在だ。
だが、オレは知ってしまった。瑠璃子が直面している現実を。だから“腹黒”の話に乗ったんだ。
覚悟しろ、黛瑠璃子。お前に死ぬほど後悔させて、自分の愚かさを思い知らせてやる。
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