「柳端の様子がおかしい?」
なんてことのないと思っていた火曜日の昼休み。
そんな中で私にそういう内容の連絡をよこしてきたのは、今は愛しい女性を幸せにするために全力を尽くしている男、萱愛小霧だった。
『はい。その、この間のことで参っているという可能性もあるんですが、ちょっとそれだけじゃないと思いまして。樫添先輩には柳端から何か連絡は来てませんか?』
「私も柳端とはあれから会ってないけど、おかしいっていうのは具体的にどういうことなの?」
『そうですね、最近だと俺に何か悩みを打ち明けようとして、それをためらっているみたいなんですよ。たぶん柳端のことだから、俺に心配をかけたくないってつもりだと思うんですけど』
「ふーん。でも、アイツが何も言わないなら、こっちが何か言っても黙ってそうだけど」
私の勝手なイメージでは、柳端はどちらかというと悩みを内に溜め込むタイプだ。彼が『成香』と成り果てた時もそうだった。
『あと、先日に校外の誰かと会ってたみたいなんですが、それから更に思いつめてるみたいなんですよ』
「思いつめてる、ねえ……」
『それで柳端が、何かの名刺みたいな物をじっと見ていたんですけど、それに……『死体同盟』って書いてあったんですよ』
「え?」
『死体同盟』、私はその名前を知っている。黛センパイから聞いた名前だ。
私は先日、黛センパイから連絡を受けて、こう言われた。
『樫添さん。もし『死体同盟』と名乗る何者かが接触してきたら、すぐに私に連絡して』
どうやら『死体同盟』とやらは、柏ちゃんや黛センパイではなく、柳端を狙ってきたようだ。
「わかった。その『死体同盟』って集団には心当たりがあるから、ちょっと黛センパイに相談してみる」
『ありがとうございます。その、本当なら俺が柳端を助けるべきなんでしょうが……』
「いいの。アンタは愛する女を幸せにするために全力を尽くしなさいな。それと、アンタのところにも『死体同盟』が来るようなら、私か黛センパイに連絡してほしいの」
『わかりました。それでは、失礼します』
萱愛との通話が終わった後、すぐに黛センパイに連絡を入れる。
『もしもし、樫添さん?』
「はい。萱愛から連絡がありました。『死体同盟』が柳端と接触したようです」
『柳端と? ……わかった。樫添さん、今から会える?』
「大丈夫です。そちらの最寄り駅で合流しましょう。柏ちゃんはどうします?」
『エミにこの話を聞かせるのはまずいでしょうね。私と樫添さんだけで会いましょう』
「わかりました」
午後からも講義はあったが、私たちにとっては友人を失うかどうかの危機的状況だ。四の五の言っていられない。おそらくは黛センパイもそう思っているだろう。
柏恵美を狙う敵がまた現れた。この危機的状況に対処するのは、最優先事項だった。
一時間後。私と黛センパイはS大学の最寄り駅近くにある広場にいた。
挨拶もそこそこに済ませ、広場にあるベンチに腰掛けてこれからのことを話し合う。
「……『死体同盟』が柳端に接触するのは予想外だったわね」
「ええ。話を聞く限り、黛センパイが会った沢渡って人は、柏ちゃんに執着してる感じでしたよね?」
「私もそう思ってた。だけどあれから沢渡がエミに接触してる様子はなさそうだし、私に何かしてくることもなかった。それなのに、どうして柳端を狙ってきたのかしら」
「柳端が『死体同盟』と出会って、どう動いたのかも気になりますね」
『死体同盟』の目的も気にはなったが、そもそも私たちは『死体同盟』という集団について何も知らない。規模がどんなものなのか、沢渡以外にどんなメンバーがいるのかも知らない。ならまずは、わかっている事実から辿っていくしかない。
「少なくとも、柳端が『死体同盟』に出会っているのは明らかです。とりあえずあいつに話を聞いてみますか?」
「そうね。まずは柳端に連絡を取ってみた方がいいかもね」
二人の意見がまとまったところで、私の携帯電話から柳端に連絡を入れてみる。数回コールが鳴った後、電話は繋がった。
『……カーン、カーン……』
『ヒャハハ、こちらは柳端幸四郎の携帯電話ですよ。えーと、アンタは幸四郎の今カノか何かかな?』
しかし電話に出たのは柳端ではなく、下品な笑い声を上げる若い女だった。
「……誰なの? アンタ」
『ああ、ああ。そう言えばリーダーからの情報にあったねえ。樫添保奈美、たしかアンタも恵美嬢の願望を潰したひとりだっけ?』
「私はアンタが誰なのかって聞いたんだけど」
『ヒャハ、ヒャハ、そう怒りなさんな。アタシは沢渡生花。今は……そうさね、『死体同盟』の一員ってところかな?』
「……!!」
柳端の携帯電話をなぜか沢渡が持っている。この事実が示すのは、既に事態が動き出しているということだ。
「黛センパイ! 電話に沢渡が出てきてます!」
「電話をスピーカーにして!」
こういう時の黛センパイの判断は早い。まずは相手の言葉から今の状況を探り、その後でこちらの出方を決める。おそらくはそのつもりだ。
『おや、まゆ嬢も一緒なのかい』
「ええ、先日はどうも。で? エミに手を出せないからって、柳端にちょっかい出そうってこと?」
『ヒャハハ、確かに幸四郎とも昔のように遊んでみたいねえ。中学の頃みたいにねえ』
「とりあえず答えてもらうわ。柳端をどうしたの?」
『別に何もしていないさ。この電話だって、幸四郎がいない間にちょっと借りただけさね』
「借りた?」
私はひとまず携帯電話の通話口を塞ぎ、小声で黛センパイと相談する。
「センパイ、どうもこの沢渡って女、柳端と見知った仲のように聞こえませんか?」
「確かにね。そもそもエミと柳端、それに沢渡は同じ中学に通ってたはず。だとしたらそこで何か関係を持ったのかもしれない」
「……だとしたら、本当にただ携帯電話を借りてるだけ?」
「まだわからないわ。とりあえず、話を続けましょう」
黛センパイの提案を受け、再び沢渡との会話を続けようとする。
『……おい、生花! 何をしている!』
しかし携帯電話からは、聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
『ヒャハハ、アンタがいない間にちょっと面白いことが起こったから、電話に出てみたのさ』
『勝手に俺の電話に出るな! もしもし?』
どうやら携帯電話は、本来の持ち主の手に戻ったようだ。それを知った私たちは、改めて質問をぶつける。
「もしもし、柳端なの?」
『樫添か。さっき出た女のことは忘れろ。用件は何だ?』
「残念だけど、私たちはさっきの沢渡って女についても聞かせてほしいの。それから、アンタの現状もね」
『……別に何もない。俺はいつも通りだ』
そう言った柳端の声は、どこかいつもより弱々しいものに聞こえた。上手く言えないが、『生きる力が足りてない』ような感じだ。
黛センパイもそれを感じ取ったのか、柳端を追及する。
「もしもし、黛よ。アンタ、何かおかしなヤツらと関わってるようね」
『……だとしたら何だ? お前らに関係があるのか?』
「そうね、確かに私たちやエミに関係がないなら黙っているところだけど、もしアンタの異変がエミに関係することなら、黙っているわけにはいかない。それはわかるでしょ?」
『……そうか。もうそこまで掴んでいるのか。ならもう隠しても仕方ないな』
ため息をつく柳端は、私たちに向かって宣言する。
『『死体同盟』は柏をメンバーに迎え入れるつもりでいる』
「なんですって?」
『既に柏は『死体同盟』の手の内だ。返してほしいなら、それこそ死ぬ気で動け。それじゃあな』
「え!? ちょっと、柳端!?」
それを最後に、電話は切られてしまう。
柏ちゃんが既に『死体同盟』の手の内? 本当に?
動揺する私に対して、黛センパイは既に行動を起こしていた。携帯電話を操作し、GPSのアプリを起動させている。
「……樫添さん。どうやら柳端の言うことは本当かもしれない」
「どういうことですか?」
「さっきからエミの位置情報が大学の中庭から動いてない。もう講義が始まる時間なのに」
「じゃ、じゃあ……」
「ええ。おそらく柳端がエミの鞄からGPS装置を抜き取って、中庭に捨てたんでしょうね」
柳端は柏ちゃんの位置情報を黛センパイが監視していることに気づいていたのかもしれない。そして柏ちゃんの位置をこちらに悟らせないようにしているということは。
「柳端は敵に回った。そういうことでしょうね」
黛センパイは無表情で言い放つ。
「ど、どうします? 柏ちゃんは『死体同盟』に連れ去られたってことに……」
「どうやらそのようね。でも、私たちのやることはひとつしかない」
ああ、そうだ。柏ちゃんに危機が迫っているのなら、この人がやることはひとつだ。
「エミに何かしようとするなら、叩きつぶすまで。たとえそれが、柳端であろうともね」
柏恵美の支配者は、この程度では揺るがない。
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