「ヒャハッ、フラれちまったねえ」
柳端くんに突き飛ばされても、沢渡さんはまるで意に介していないかのように起き上がった。
「沢渡さん、柳端くんの勧誘はどうするの?」
「んー? アタシとしちゃあぜひとも幸四郎とも運命を共にしてみたいところだけど、ま、『リーダー』の指示を待ちますか」
そう言いながら、沢渡さんは傍にあった机に足を広げて座る。そして携帯電話を操作し、通話を始めた。
「もしもし、リーダーかい? 幸四郎にはフラれちまったよ……え? 恵美嬢の方も失敗だ。まゆ嬢……黛瑠璃子の妨害にあったよ。ヒャハハ、優しいねえ。ミスばっかりのアタシを許してくれるのかい」
沢渡さんはどうやら『リーダー』と通話しているようだ。アタシたち、『死体同盟』のメンバーは基本的には個々の自由に動いていいとはされているが、新たなメンバーを勧誘する場合は『リーダー』の許可がいることになっている。
その理由は、『死体同盟』の目的が『理想的な死に方の追求』にあるからだろう。自分の最期の時に、好きでもない人間が傍にいるのは誰だって好ましくない。
そう考えていると、通話が終わったようで、沢渡さんはこちらを見てくる。
「ああ、佳代嬢。リーダーから伝言だ。『まずは柳端くんの方から攻めてみてください』だとさ」
「柏さんの方は後でいいの?」
「恵美嬢にはまゆ嬢がいるからねえ。幸四郎の方が誘いやすいと考えたんだろうさ」
アタシはまだ黛さんとやらに会ったことはないけど、そんなに御し難い人間なんだろうか。
「そんじゃ、アタシらは授業に出ますか。ちゃんと出ておかないと、アタシはいつまで経っても高校卒業できないからねえ」
「沢渡さん、全然授業に出てないからね」
「アタシは昔から、学校の授業ってヤツが苦手なのさ。退屈だからね」
確かに沢渡さんの性格からすると、学校の授業なんて受動的なイベントは好ましくないんだろう。
彼女を見ながら思い返す。アタシが『死体同盟』と関わるようになったきっかけを。
※※※
「退学、か。まあそうなるよね」
少年院を退院して両親から最初に知らされたのは、通っていた高校から退学を言い渡されたということだった。ただ、高校側も鬼ではなかったようで、アタシの自主退学ということにしてくれるそうで、退学の理由も公表しないそうだった。
「佳代子、今回ばかりはアンタのことは庇えないよ。自分が何をしたかわかってる?」
「うん、わかってる。目先の金欲しさに他人の金を盗んだ犯罪者。それが今のアタシでしょ」
母親が真剣な表情でアタシを叱るのを見て、自分の置かれた立場を改めて自覚した。アタシは自分がカワイイから何でも許してもらえると思い込んでいたけど、それはただ単に周りが大人だったからだ。アタシがすごいのではなく、周りがアタシの幼さにわざわざ付き合ってくれていたのだ。だけど今回、アタシは未成年の女子ということで許してもらえる範囲を逸脱した。だからこうして、法の裁きを受けて、高校も退学することになった。
そして少年院を出たアタシが真っ先にするべきこと、それは……
「お父さん、お母さん。本当に、申し訳ありませんでした」
両親に土下座して謝ることだった。
「アタシが今回やったことは、絶対に許されることじゃない。お父さんたちがアタシの代わりにバイト先に賠償金を払ってくれたことも本当に申し訳ないと思ってる。だからアタシ、これからみっちりバイトして、必ず20歳になるまでにお金を返します。だから……20歳になるまではこの家にいさせてください。お願いします!」
そう、アタシはそれを頼まなければならなかった。犯罪者であるアタシは両親から家を追い出されても文句は言えない。だけどそうなってしまったら、本当に生きていけなくなるかもしれない。だから必死にお金を返すことを誓い、この家にいさせて欲しいと頼まなければならなかった。
「佳代子、顔を上げなさい」
アタシの懇願を聞いたお父さんは言葉を告げる。
「お前が本当に反省したかどうかは、これからの行いを見てから判断する。まだお前は口で謝っただけで行動を示していない。だが、お前が今言ったことを本当に実行できたなら……」
お父さんは顔を少し緩ませる。
「お前をもう一度、家族の一員として認めるよ」
……そうだ、これは最後のチャンスなんだ。アタシが真っ当に生きるための最後のチャンス。これを逃したら、アタシを守ってくれる人は一人もいなくなる。
だからアタシは、絶対にこのチャンスにしがみつく。もう二度と、道を間違えないために。
それから。
アタシは宣言通りに両親にお金を返すために、昼も夜もみっちりバイトのシフトを入れた。
もちろん、少年院にいたアタシを雇ってくれる職場は限られていた。だけどアタシは、これまで下げてこなかった頭を必死に下げて、人手の足りてない職場になんとか雇ってもらうことができた。茶髪だった髪も黒に戻して、オシャレも遊びも一切我慢して、バイトでお金を稼ぐことに専念した。
どちらにしろ、アタシが今まで築いていた交友関係は、警察に捕まった時点で簡単に崩れ去っていたので、遊ぶ相手なんていなかった。
辛くなかったと言えば嘘になる。今までカワイイというだけでチヤホヤされていたと勘違いしていた人間が、そう簡単に変われるわけもない。アタシの前科を知ったバイト先の同僚からいじめられたり、ミスを押しつけられたりもした。
だけどアタシには、とにかくお金を稼いで両親に謝罪の意志を見せるしかもう生き残る道はなかったので、バイトを辞めるなんて気持ちは微塵もなかった。選択肢が一つしかない分、迷うことがなかった。
そうしたアタシの姿勢を認めてくれたのか、バイト先の上司も徐々にアタシを信頼してくれるようになった。時給も少しアップしてくれると言ってくれた。
そして、そんな生活を続けて数ヶ月した頃、今年の一月下旬に両親からこんなことを言われた。
「もう一度、高校に通う気はないか?」
両親は、M高校の定時制課程のパンフレットを見せてきた。話を聞くと、今から試験を受ければ4月に編入が出来るし、定時制課程でも卒業できれば高卒として認められるとのことだった。
「佳代子が本当に反省しているのは、もうお父さんたちも理解した。学費は出すから、高校に通ってみないか? 卒業できれば仕事も探しやすくなるだろ?」
その時の両親の顔は、今まで見た顔で、一番優しかった。だからアタシは……
「……ありがとう。お父さん、お母さん」
その場で泣きながら、両親に感謝の言葉を述べた。
定時制といえども、編入の試験はあった。ただ、定時制というのは基本的に誰でも入れるようにはなっているものらしいので、こんなアタシでも4月から編入することができた。
まだ両親に借金を全額返し終わっていないので、今までのバイトはそのまま続けるつもりではあったものの、久しぶりに学校に通うというのは楽しみではあった。
そして編入初日。教室に入ると、年齢がまるでバラバラの人たちが席に座っていた。アタシとそう変わらなそうな女の子から、どう見ても40を超えていそうなおじさんもいた。
これが定時制課程なんだ。そんなことを思いながら、アタシはとりあえず指定された席についた。
「おや、アンタ今日から入った人かい?」
そんなアタシに、後ろから声をかけてくる人がいた。振り返ると、髪をピンク色に染めた上に、やたら派手なファッションをした女の子が座っていた。まだ4月になったばかりだというのに、へそ出しのシャツの上にレザーのジャケットを着ている。以前のアタシでも、ここまで派手な女の子と遊んだことはない。
「あ、は、はい。綾小路佳代子っていいます。あなたは?」
「あー……アタシは沢渡生花っていうんだ。さて、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「え?」
そして沢渡さんは、こんな質問を投げかけてきた。
「アンタの人生、もしかして詰んでないかい?」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!