「では黛先輩、まずは『あの人』に迫っている危機についてご説明します、ひひひ……」
私は閂と竹林と共に、中庭のベンチで話し合うことになった。どちらにしろまずは状況を知らなければ話にならない。大人しく閂の話を聞くことにしよう。
「現在、『あの人』に暴力を振るっているのは、同じクラスの女子を中心としたグループでございます」
「女子、ね。まあ女子をいじめるのは大抵女子になるわよね」
「以前も別の女子グループが『あの人』に暴力やいじめのような行為を行っていたらしいのですが、去年の秋ごろに……そうですね、丁度私と黛先輩が出会う直前くらいにそれらの暴力が収まったようですね、ひひひ……」
閂が私を見ながら言う。その目は、『何か心当たりがあるのではないですか?』と言いたそうだったが、私は無視を決め込むことにした。
「話を戻しましょう。それで、そのグループの中心人物が祠堂祈里という方なのですが……最近学校をお休みしているようですね」
「お休み?」
「はい、どうもここ最近、『このままでは自分が自分で無くなる』などという発言を繰り返して、様子がおかしかったようなのです。ただ、グループの中心である祠堂先輩がいないことで、その女子グループが大人しくなっているのは事実です」
「ならいいじゃない。それのどこが『危機』なの?」
竹林が閂に質問する。その様子は『彼女』に危機が迫っていないなら、無駄骨だったとでも言いたそうな様子だ。本当に『彼女』を救いたいのなら、常に気を張っていないといけないというのに。
「ここからが重要なのですよ、竹林先輩。私が掴んだ情報によると、件の祠堂先輩がもうすぐ学校に復帰なさるとか」
「……!」
「お気づきになったようですね、黛先輩。そう、祠堂先輩が学校に戻ってくるとなると……」
「『彼女』への暴力が再開されるかもしれない、ということね……」
そういうことになると早めに手を打つ必要がある。とにかく、その女子グループに釘を刺す必要はありそうだ。
「閂、そのグループのメンバーはわかっているの?」
「はい。こちらの名簿に丸が付いた生徒がそれでございます……」
「……」
閂から手渡されたクラス名簿には、数人の名前の横に赤い丸が書かれていた。
しかし、この情報を鵜呑みにするわけにもいかない。まずは真偽を確かめる必要はある。
「わかった。とりあえずこの女子たちが本当に暴力を振るっているのかは確かめさせてもらうわ」
「ひひひ……やはり私のことは信用に値しませんか?」
「当然よ。むしろアンタを完全に信用できる人間が居たら、そいつは頭がかなりのお花畑だと思うけど?」
「これは手厳しい、ひひひ……」
私は赤丸がついたメンバーの名前を確認し、とりあえずは『彼女』のクラスに行くことにした。
「閂さん、私は何をすればいいかな?」
「そうですね、まずはこちらをご覧いただきたいのですが……」
しかし、『彼女』を助けることばかり考えていたせいで、閂が竹林に何かを見せていることにさして気が回っていなかった。
放課後。
「おやおや黛くん、受験は終わったのかね?」
「ええ、とりあえずは大丈夫そう」
私は二年生の教室に行き、『彼女』と挨拶を交わす。そして本題を切り出すことにした。
「それでね、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだね?」
「あなた、また怪我を負わされたの?」
「……」
彼女の左手には、真新しい包帯が巻かれている。つい最近何かしらの怪我を負ったのは明らかだ。
「少し美術の時間に怪我をしてしまってね、こうして包帯を……」
「嘘を吐かないで」
「ならば聞こう。私が怪我を負わされたとして、君はどうする気なのかな?」
「決まっているわ」
そう、決まっている。私がとる行動は決まっている。
「あなたに怪我を負わせた連中を叩き潰す」
その言葉を聞き、まだ教室に残っていた生徒たちがざわめく。私はその中にいた一人の女子生徒に目をつけ、まっすぐ歩み寄って行く。
「ひっ!」
女子生徒は迫ってくる私を見て逃げようとしたが、教室を出る前に捕まえた。
「あ、ああ」
「アンタ名前は?」
「あ、あの、あの」
「答えて」
「は、はい!」
女子生徒の名前を聞き、先ほど閂から渡されたクラス名簿と見比べる。女子生徒の名前の横には、赤丸がついていた。
「アンタ、『彼女』に何かした?」
「い、いえ、その、私は別に……」
「じゃあ、アンタの友達は何かしたの?」
「え、えっと……」
この怯えよう。どうやら私に対して後ろめたいことがあるようだ。おそらくは十中八九、『彼女』に関することだろう。よし、あとはコイツに釘を刺して……
「黛さん!」
だがその時、教室の入り口から大きな声で名前を呼ばれた。
「何よこれ! どういうことなの!?」
そこにいたのは、閂と話をしていたはずの竹林だった。その顔は怒りに満ちているが、どこか笑っているようにも見える。
「……さっきの閂の情報が本当かどうか確かめていただけよ」
「だとしても、これはやり過ぎでしょ!」
「やり過ぎ? こうでもしないと、『彼女』を助けられない。だからこうして……」
「ちょっと来て!」
そして竹林は私の腕を引っ張って強引に教室から連れ出した。
階段の近くまで私を引っ張った竹林は、怒りの表情を崩さずに私を問い詰める。
「いくらなんでも、あれはやり過ぎでしょ! もっと話し合いで解決とか出来ないの!?」
……相変わらず綺麗ごとばかり言っている女だ。コイツの言葉は先ほどの女子生徒を心配しての言葉ではない。自分の手を汚したくないが故の言葉だ。
「じゃあ竹林さんは、他に有効な手段を思いついているの?」
「今はそういうことを話しているんじゃないの! あなたがやり過ぎだって言ってるのよ!」
相手を否定するだけしておいて、自分は対案を出さないつもりなのか。呆れたヤツだ。
「やっぱり、閂さんの言うとおりだったね」
「え?」
「しらばっくれるつもり? 黛さんのやってること、私知っているんだから」
そして竹林は携帯電話を取り出した。そこには……
「……!」
「どう? これでも言い逃れできる?」
私が蹲る横井の髪を引っ張っている画像が映っていた。
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