柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第二十二話 ネタばらし

公開日時: 2023年5月9日(火) 19:05
文字数:3,454


 “腹黒”が動き出したらしい。

 オレがそれを知ったのは月曜日の朝10時。オレのスマートフォンに着信があり、出た瞬間に『黛に会いに行く』という“腹黒”の声が聞こえてきたことでそれを悟った。


「瑠璃子の居場所はわかってんのか?」

『通っている大学で講義を受けているのを確認しました。それも単独で行動していますね』

「なるほどな、予定通りってわけだ」


 瑠璃子はやはり自分の周りにいる“腹黒”の存在に気づいたんだろう。だから誰にも予定を告げずに一人になっている。

 しかし、いくら予定を告げていなかったとしても、学生であるアイツの行動パターンはある程度予測できる。S市立大学で張っていればいずれは姿を現すであろうことは誰でも思いつく。当然、瑠璃子もそれを承知しているだろう。つまり今のアイツはオレが大学に姿を現すと警戒している。


 そして、それこそがアイツのスキとなり得る。


『そろそろ講義が終わるようです。さて、あなたにもこちらに来ていただきましょうか』

「わかった。お前は今、瑠璃子の姿を確認しているんだな?」

『はい』

「よし、頼むぞ」


 通話を終えたらベランダに干していた洗濯物を急遽室内に回収し、除湿器をかけて部屋干しすることにした。部屋干しは服が匂ってしまうから好きじゃねえが、事態が動いた以上は仕方がない。

 アパートの戸締りを再度確認した後、外出用の服に着替え、バイトの同僚である女子大生に連絡を入れた。


「おはよう。悪いんだけど、急用が入っちまったから今日の夕方のバイト代わってくれるか? 今度メシおごるからさ」

『え!? はい、全然大丈夫ですよ! メイジさんの頼みならいつでも代わります!』

「ありがとな。店にはこっちから連絡入れておくよ」

『た、ただ……一緒にお食事行ってくれるんです、よね? あの、できればお酒も飲みたいから夜に行きたいん、ですけど……』

「……おう。予定が決まったらまた連絡するよ」

『はい! よろしくお願いします!』


 通話を終えた瞬間に大きなため息が出てしまった。別に好きでもない上に、下心丸出しの女とメシになんて行きたくはないが、突発でバイトを代わってもらった以上は行くしかないだろう。オレの見た目によるメリットとデメリットを同時に実感したが、今はそんなことを考えている場合じゃない。“腹黒”からの連絡があったということは、オレの予想通りなら瑠璃子の前にはもうアイツが現れている。


「間に合ってくれよ……」


 アパートの駐輪場に停めてある自転車に乗り、全速力でS市立大学に向かった。




 30分後、大学の正門脇のスペースに自転車を停め、手早く敷地内に入った。あんなところに停めたら後で撤去されてるかもしれないが、まずは瑠璃子を探すのが先だ。

 大学という場所には馴染みがないからどこに何があるのか、どれくらい広いのか、そもそも部外者であるオレがどこまで立ち入っていいのかもわからない。仕方ない、もう一度“腹黒”に連絡するしかねえか。

 そう思っていた矢先。正門からまっすぐ奥にある広場に、警戒したように構えている瑠璃子の姿と……その奥に“腹黒”の姿が見えた。

 瑠璃子は目の前にいる女装した男に対して警戒感を強めているようだ。あの野郎……やっぱりもう動き出していたか。

 

「アンタは最初から……私を手籠めにするために作られた存在ってわけね」


 その場に近づいていくと、瑠璃子がそんなことを言っていた。なんだよ、ようやく気づいたんじゃねえか。だったらオレも言ってやるか。


「よくわかってるじゃねえか、瑠璃子」


 声をかけてやると、瑠璃子はオレに向き直って怒りの表情を向けてくる。ああ、そういやコイツに殴られた時もこんな顔してたな。

 まあそりゃそうだ。コイツにとってオレは敵でしかない。そして、これからもそうなんだろう。


 しかし今の瑠璃子の姿こそが、オレの狙い通りの姿だ。


 そう思っていると、瑠璃子のスマートフォンが鳴り響いた。


「ごめん樫添さん! 今、大学にいるけどメイジがこっちに来てるから手が離せない!」 


 それだけ言うと、手早く通話を切り上げて再度オレに向き直って来た。なるほどな、仲間に状況だけは伝えたってことか。


「なあ瑠璃子、弓長くんとのデートは楽しかったかよ? 自分を無条件に認めてくれる男が現れて、浮かれてたか?」

「最初から……全部アンタの差し金だったってわけね。私を全肯定してくれる男を用意して、時期が来たらネタばらし。中学生の頃にアンタが私にやったことと同じ。やっぱり昔も今も、アンタの趣味は理解できないわ」

「そうか、そりゃ何よりだ。それでどうするんだ? オレと弓長くんに挟まれているわけだが」

「どうもこうもないわ。ここは大学の構内なんだし、変質者に襲われたって大声でも出せばいい。アンタの企みもここで終わりよ」

「……そうか」


 なるほどな、瑠璃子はすっかり強い女に戻ったってわけだ。そりゃ好都合だ。今のコイツなら、この場だってなんなく切り抜けられるんだろう。


「あれ、どうすればいいのかな? 黛さんの『オーダー』通りの姿は、どうすればいいのかな? ……ああ、そういえば事前の『オーダー』がありましたね」


 そんなことを呟きながら、弓長は顔の前で両手を叩いて目を見開く。


 そこには、『スタジオ唐沢』でオレの首を絞めてきた冷酷な男の顔があった。こっちを向いていた瑠璃子は、オレより一瞬遅くそのことに気づく。


「黛さんに拒絶されたら、残念ながら消えてもらう」

「っ!? アンタ、なにを!?」

「それが、それが、事前の……『オーダー』!!」


 弓長は瑠璃子に対してその殺意をためらうことなく向けて、飛びかかっていく。

 瑠璃子の理想の男になれなかったら、瑠璃子を消す。それがコイツに与えられた『オーダー』。

 全く、そりゃあ……



「勝手なクソ野郎の考えだなオイ!!」



 だからオレは、瑠璃子に飛びかかろうとしていたクソ野郎の顔面を躊躇なく殴ってやった。


「ぐっ!!」


 弓長はオレに殴られても数歩下がっただけで倒れない。チッ、こんなことなら日ごろからもっと鍛えてりゃよかったぜ。バイトばかりで筋トレの時間取れなかったからな。


「……え?」


 瑠璃子は何がなんだかわからないと言いたそうな顔で目を見開いている。まあ、仕方ねえか。


「なにしてんだ瑠璃子。早く逃げろ」

「え? メイジ? アンタなに言って……?」

「オレがアイツ止めてる間に早く逃げろっつってんだよ! わかんねえか!? アイツは最初からお前を排除するのが目的なんだよ!」


 これだけ言っても瑠璃子はピンと来ていない顔をしてやがる。自分のことになると鈍いのは相変わらずだな。しかし、尚も弓長は瑠璃子を狙っている。オレから詳しく説明してる暇はねえか。


「引き下がれよ、弓長くん。男がフラれたんならさっさと諦めるのが筋だぜ?」

「それは出来ません。事前に『オーダー』を頂いているので」

「お前は本当にそればっかだなあ。だからお前が瑠璃子と付き合うのは困るんだよ」

「何が、起こってるの?」


 ったく、まだ逃げてねえのか。


「“腹黒”! お前もそんな物陰から見てねえでさっさと瑠璃子に説明してやれ!」


 オレは広場の奥にあった木の陰で様子を見ていた“腹黒”を呼ぶと、アイツは姿を現した。




 オレは女と付き合う時には絶対に譲れない条件がある。

 それは、『髪をきちんと整えていること』。どんな顔であろうと、オレは告白してきた女を持って生まれた顔だけで判断することはない。しかし、髪は別だ。病気で髪が抜けているわけでもない限り、ある程度の金があれば髪型を整えることはできるし、だらしなく伸ばした清潔感のない髪型の女とはオレは付き合わない。


 だから、“腹黒”のような長い前髪で顔半分を隠しているような女は、一目見た時から気に食わなかった。


 だとしても、オレと“腹黒”の目的が……『自分を無条件で認めてくれる男に見事に騙されそうになっている黛瑠璃子に、自分の愚かさを思い知らせる』ことで一致している以上、手を組まない選択肢はない。だからコイツの話に乗ったんだ。

 “腹黒”の姿を見た瑠璃子は、再度目を見開いていた。まあ、そりゃそうか。コイツがオレと組んでいるなんて想像つかないだろうからな。


「ひひひ……」


 “腹黒”は……閂香奈芽はいつも通りの笑い声をあげて、瑠璃子に歩み寄っていた。


「閂……! じゃあ、アンタが!」


 全く、コイツは本当に“腹黒”だ。

 いくら瑠璃子の目を覚まさせるためとはいえ、わざわざ瑠璃子の元カレであるオレを連れてきて、コイツの甘い夢をぶち壊すんだからな。


「ひひひ、黛先輩……もう一度お聞きしましょう。ご機嫌はいかがでしょうか?」

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