私とエミは沢渡と共にカラオケボックスを出た。同窓会の途中なんてことは私には関係ない。今はエミと沢渡のこと、そして二人の過去をどう探るかしか考えていなかった。
「さてね、恵美嬢。中学時代のヤツらにまた会うのも嫌だし、ちょっと歩いてもいいかい?」
「構わないよ、君の好きにするといい。まあ、ルリがそれを許すかだが」
「……私も構わないわ」
「ヒャハッ、じゃあ決まりだね。レッツゴー!」
高いテンションで歩いて行く沢渡を見て、私は再度考える。
この女は、見たところエミとはあまりにもタイプが違う。やたら露出度が高い上に派手なファッションに、派手なメイク、さらには人を食ったような言動。エミと気が合うような人間にはあまり見えない。
だがそれでも、この女は中学時代のエミと仲が良かった。その理由は、さっきの沢渡の言動から想像できる。
『アタシと一緒に、死んでくれないかい、恵美嬢?』
自分の死を望むような言動。それだけで、エミがこいつに興味を持つには十分だ。こいつがどんな人間なのかはまだ測りかねているが、少なくとも沢渡がエミの過去をある程度知っているのは間違いない。だが、それにしても……
「ヒャハハ。しかし恵美嬢、会わない間に胸がちょっと大きくなったんじゃないかい?」
「君からそんなことを言われると、嫌みに聞こえてしまうがね。君は相変わらず、そういう服装が好みのようだね」
「せっかく胸が大きな女に生まれたんだ。見せつけてやった方がアタシも周りも幸せさね。ま、アタシの絶頂期を呼び寄せるためって理由もあるのさ」
「ふむ、確かに外見の魅力があれば、『狩る側』としても楽しいだろうね」
「ヒャハッ、恵美嬢はやはりそう考えるのかい。アンタも見せつけてやったらどうだい?」
「遠慮しておくよ。君の隣だと、『獲物』としての魅力に負けてしまう」
なんだろう、この沢渡という女、さっきからやたらエミに対して下品な言動を繰り返しているような。しかもなんかさっき、エミの胸をつついてなかった?
というかエミも、沢渡のことを魅力溢れる女みたいに言ってるけど、こんな露出狂みたいな女のどこがいいのか。確かにまあ、胸はすごく大きいし、肌もスベスベしてそうだし、足もスラリとしてるけど、エミの魅力がこんな女に負けているとは思わない。
なぜかものすごくイライラしてしまったが、そんな私に沢渡は声をかけてきた。
「さて、と、まゆ嬢」
……『まゆ嬢』というのは、私のことを指しているのだろうか。
「おや、聞こえてないのかい、まゆ嬢」
「……聞こえてるけど、それって私のこと?」
「他に誰がいるんだい? とにかく、だいぶ歩いたことだし、この店で話すことにしようか」
「この店?」
沢渡が指し示したのは、私たちの横にある店舗だった。確かにこれは「店」と呼ばれるものではあるが……
「沢渡くん、私にはここは不動産屋のように見えるのだがね」
私にもこれは不動産屋に見えた。うん、窓にも『佐藤不動産』と書いてある。
「んー? あれ、そうなのかい?」
「沢渡くん、眼鏡をかけたまえ」
「あー……確かにそう書いてあるね。字が小さくて見えなかったよ」
この女、これだけ前が見えてなくて、日常生活は大丈夫なんだろうか。
「ならば私が店を決めよう。あの店はどうだろうか」
今度はエミがとある店を指し示した。その先にあるのは、どこにでもありそうな個人経営の喫茶店だ。
「あー、なるほど。あそこなら中学のヤツらにも見つからなそうだね」
「そうだろう? では、ここにしようか」
そう言ったエミは、さっさと店の中に入っていく。私も異論はなかったので、その後に続いた。
三人で喫茶店の席に座った直後、沢渡は私に話を切り出してきた。
「さて、さて、さて。まゆ嬢」
「私のことを『まゆ嬢』って呼ぶのはもう決まりなの?」
「当然さね。他にあだ名が思いつかないしねえ」
「……好きにすればいいわ」
『ルリ』以外であれば、呼び方はなんでもいい。
「改めて自己紹介するよ。アタシは沢渡生花。恵美嬢とは中学時代仲良くさせてもらったのさ」
「黛瑠璃子よ。今はエミの……友人ね」
エミの話によれば、沢渡は中学時代にできた、初めての親友らしい。見た目や性格はエミとは全然違うが、『死』にこだわりを持つところは、エミと似通っているというのが、今のところの印象だ。
「ヒャハッ、友人ときたか。さっき、恵美嬢はアンタが自分の支配者だと言っていたじゃないか」
「それは間違いないよ。ルリは私の支配者だ。彼女は私の願望を今に至るまで悉く潰している。今ここで、私がまだ生きながらえているのが、その何よりの証拠だ」
「どうやらそうらしいねえ。恵美嬢は例の『狩る側の存在』に殺されるもんだとばかり思ってたけど、そうなってないのはアンタの仕業かい?」
「……ええ、そうよ」
確かに、私や樫添さん、それに柳端がいなければ、エミはとっくに棗に殺されていただろう。
「今度は私が質問する番。アンタ、エミを呼ぶために同窓会を開いたって言ってたけど、それはどういう理由なの?」
「気になるかい? それを説明するには、まずアタシの目的について話さないといけないねえ」
沢渡の目的か。そういえばさっきのカラオケボックスで、『絶頂期』がどうとか言ってたけど、それと関係あるのだろうか。
「アタシは、『人生の絶頂期』ってやつを経験したいのさ」
「人生の、絶頂期?」
「世の中には、『将来のことを考えて』とか『今はいいけどこの先はどうしよう』なんてことを考えるヤツが溢れてる。だけどアタシは違う。アタシは今、この瞬間が楽しく、絶頂期であればいいと考えているヤツなのさ」
「その『絶頂期』というのは、具体的にどういうものなの?」
「そうさね。一言で言い表すのは難しいけども、アタシが最も重要視しているのは……」
沢渡は、なぜか左手でピストルの形を作り、頭に当てる。
「『生きていてよかった』と思えることさね」
そう言いながら、自分の頭を撃ち抜く動作をした。
「そしてそう思えたなら、アタシはその直後に死を迎えたいと思っている。『絶頂期』を過ぎた人生に、もう興味はないからねえ」
「懐かしいな。中学時代も君はその話を私にして、二人で盛り上がったものだ」
「そうだったねえ。まあ、恵美嬢は『殺される』ことが重要で、アタシは『絶頂期で死ぬ』ことが重要っていう違いがあったけどね」
「なんか聞いてると、『生きていてよかった』って考えと、そう思った直後に死ぬってことは矛盾しているように思えるけど?」
『生きていてよかった』と思ったのなら、もっと生きていたいとなるのが普通じゃないのだろうか。
「ヒャハッ、わからないかい? 絶頂期を過ぎたってことは、もうその先の人生に絶頂期はない。最大級に『生きていてよかった』と思えたのなら、もうその先に『生きていてよかった』と思える瞬間はない。だからアタシは、絶頂期のうちに死にたいのさ。『生きていてよかった』と思えるうちにね」
「……」
ここまで話を聞いていて思ったのは、こうだ。
この沢渡生花という女は、かなりの刹那主義者だということ。
こいつにとって重要なのは、今のこの瞬間しかない。過去にも、未来にも興味がない。今が絶頂期であれば、それでいいと考えている。
そしてこの女には、絶頂期を迎えるために今は我慢しようとか、絶頂期を過ぎたらどうしようなんて発想はない。絶頂期で死にたいわけだから、過去も未来も考えるだけ無駄なのだろう。
この考えは、エミに似ているようで全く違う。エミは自分が絶対に助からず、完全に手詰まりの状況に置かれたいと考えている女だ。ある意味では対極とも言えるかもしれない。
「それで、恵美嬢を呼び出した目的だっけ? それはね、アタシの……いや、アタシたちの仲間にならないかって誘いをかけるためさ」
「ほう? 沢渡くんの仲間に?」
「ああ、アタシたち、『死体同盟』のメンバーにならないかって話さ」
その言葉を聞いた瞬間、私は席を立った。
「エミ、帰るわよ」
「おやおや、どうやらルリはお気に召さなかったようだ。ということで、私は君の仲間になる自由を失ってしまったよ」
なんだか知らないが、『死体同盟』なんて縁起でもない名前の集団に関わりたくない。これでエミが死体になるなんて事態は避けなければならない。
エミの過去は知りたいが、私にとってはエミの安全が最優先だ。
「どうやらまゆ嬢は誤解しているようだけど、別に本当に『死体』になりたい集団ってわけじゃないさ。『理想的な死に方』を模索する集団ってだけさね」
「お生憎様。たぶんその目的は一生理解できないわ。私は何が何でも生きたいし、生きていてもらいたいって思ってる人間ですから」
そう、『理想的な死に方』なんてものは、私は考えない。人はいつかは死ぬけど、自ら死ににいくなんてことはしない。
エミの願望を潰した者として、それだけはしてはならない。
「ヒャハッ、まあ恵美嬢にまゆ嬢、最後に伝言だけさせてもらうよ」
「伝言?」
「うちのリーダーからの伝言だ。『死体同盟は、いつでも柏恵美様をお待ちしています』だそうだよ」
「じゃ、『柏恵美は、黛瑠璃子の支配下にあります。誘いたいならまずは黛瑠璃子を殺してからにしてください』って伝えておきなさい」
そう言って、私はエミを連れて喫茶店のレジに向かう。さっさとお金を払って、店を出ていこう。
「ヒャハハ、ま、気が向いたらいつでも来なよ」
沢渡の言葉を無視して、一刻も早く離れることにした。
『死体同盟』とやらがなんなのかは知らないけど、絶対にそんなヤツらにはエミを関わらさせたない。そう誓った。
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