瑠璃子と最後の別れを済ませて数週間後。
「よし、腹は括った。行くぞ」
「……うん。頑張って、メイジ」
オレは今、ミーコと共に実家の玄関前に立っている。戻って来た理由はひとつ。親父にミーコと共に生きると報告するためだ。
インターホンを押し、母親の声が聞こえてきた。
「おかえり、メイジ。入ってらっしゃい」
玄関を開けて、リビングに入ると親父と母親がテーブルの奥に並んで座っていた。母親はオレを見て少し微笑んだように見えたが、親父は腕を組んで険しい顔で黙っていた。
「ただいま。親父、母さん」
「お、お邪魔します」
「親父、事前に連絡を入れた通り、これからのオレたちについて話したいことがある。座っていいか?」
手短に挨拶を済ませ、まずは自分が何をしに来たのかを話す。これは親父から教わった礼儀の一つだ。
「……わかった。座れ」
促された通りにミーコと共に椅子に座る。一呼吸おいて、親父と目を合わせた。
「オレは、ミーコと一緒に暮らそうと思っている。来月から隣の県にある会社で働くことになって、会社近くのアパートで暮らす予定だ」
「そうか。それで?」
「親父はオレに、『お前がケジメをつけるまで、息子とは認めない』と言った。オレがミーコを弄んだ事実は消えないし、これから先、どんなにミーコを幸せにできたとしても、ケジメをつけたとは言えないかもしれない。だがオレは、ミーコと一緒に暮らすための準備を整えた。これをひとつのケジメと思っている。それを伝えに来た」
「……」
オレの行いが、親父にとってどう映るかはわからない。オレを再び息子と認めるのかどうかも、親父が決めることでオレが頼み込むことじゃない。
だとしても、オレが考える『ケジメ』が何かは親父に示す必要がある。もしオレが父親なら、問題行動を起こしておいて『ケジメをつけろ』と言われても何もしないヤツを息子とは思わない。
「メイジ」
しばらく黙っていた親父は口を開いた。そういえば、親父に名前を呼ばれるのは久しぶりだ。
「お前の美衣子さんへの仕打ちは、礼儀を欠いた行為だった。確かに美衣子さんの行動にも問題があったんだろう。だがお前は、彼女と話し合うわけでも説得するわけでもなく、ただ距離を置いて何もしない楽な道を選んだ。それだけじゃない。お前は美衣子さんとの仲がこじれた腹いせに、無関係の黛さんという人まで巻き込んだ」
「……はい」
「だが、今のお前は違う。美衣子さんと一緒にここに来て、自分がこれから何をするのかを父さんたちに示している。自分のケジメを、父さんたちにも見える形で示そうとしている」
「……!」
「もし、これから先。躓くことがあるようなら、助けを求めろ。その時は全力で、父親として動く」
「親父……」
親父の顔は、少しだが笑っているように見えた。
「美衣子さん。メイジは君にとっていい男か?」
「はい。私はそう思ったから、ここにいます」
「……そうか」
……随分と回り道をしちまったな。だけどこれでよかったんだ。この道でなければ、今のオレにはならなかった。ミーコとの仲もここまでは深まらなかったし、瑠璃子を助けにもいかなかった。
この回り道こそが、工藤メイジを強くした。だからミーコも親父もオレを認めてくれた。
『ありがとう、メイジ』
オレは瑠璃子のその言葉に応えることはできない。だが、アイツの知らないところで幸せになってみせる。
それが工藤メイジの、もうひとつのケジメだ。
※※※
「……母さん、メイジはもう出て行ったな?」
「はいはい。出ていきましたよ」
「う、う、よかったあああ!! ひ、久しぶりに、メイジとちゃんと話せたよおおおお!! も、もう二度と話せないと思ってたああああ!!」
「アンタねえ、そんなにメイジと仲直りしたかったんなら、さっさと自分から声かければいいじゃないの」
「だ、だってさあ……俺だって父親だよ? 息子の前じゃ威厳のある親父でいた方がいいだろ……? こんな姿見せたら、メイジが不安になるだろうし……」
「その気持ちはわからなくもないけどね。全く、男ってのは本当にメンツってのにこだわるねえ」
「そりゃメイジのことを信じてはいたよ。だってアイツは母さんと俺の子供だからなあ。だけどアイツ、母さんに似て美形になっちゃったから、俺みたいにゴツい男だとアイツの悩みはちょっとわかりにくくて、あんな態度取っちゃったからさあ……もしかしたら俺とはもう二度と口きかないかもしれないと思うと、怖くて怖くて……」
「……まあ確かに、今のアンタの姿を見たら、メイジは不安になるだろうね」
「そうだろ? でも、俺のこういう情けない姿は、母さんにしか見せないって決めてるからさ。母さんなら、俺のどんな姿でも見せられるって思えるし。だからメイジには見せないよ」
「……ふう。アンタ、メイジが自分に似てないって言ってたけど、そっくりだよ」
「うん?」
「メイジはアンタに似て、いい男に育ってるよ。私が『この人に見てもらいたい』じゃなくて、『この人を見ていたい』と思った男は、アンタとメイジだけなんだからね」
オーダーメイド後輩編 完
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