『レプリカ』との戦いから一週間が経った。
「だからねエミ、あなたの意見を採り入れるわけにはいかないのよ」
「む、何故だね?」
「あなたのことだから、どうせ人っ子一人いない田舎にでも行って、そこで静かに殺されたいとか言うでしょ?」
「おやおや、わかっているではないか。それなら話は早い、そういう所に行こう」
「だからダメだって言ってるの!」
私は柏ちゃんと黛センパイと共に、以前のようにファミレスで改めて旅行の計画を話し合っている。『レプリカ』との一件があったために話し合うのが遅れたので、行き先や日程の調整も一苦労だ。
「アンタがそんなこと言ってるから、人通りが多くて監視カメラとかもたくさんあるような場所を選ばないとならないんでしょ!」
「ふむ、ならばそういうルリはどうなのだね? 君は人通りの多い場所は好きなのかな?」
「私はまあ……そんなに好きってわけじゃないけど……でも遊園地とかは好きだし……」
「そうだね、君は遊園地では別人のようにはしゃいでいたからね」
「それは言わないでよ!」
「あの、お二方。お楽しみのところ悪いですけど、ちゃんと決めてほしいの」
「はい……」
黛センパイが申し訳なさそうにうなだれる。この二人に好きにやり取りをさせると、自分が入る隙がなくなってしまう。そうなると決まるものも決まらない。
「なに、そんなに心配せずとも、私としても旅行は楽しいものとしたい。君たちが悲しむようなことはしないさ」
「……本当でしょうね」
「ああ、本当だ。今は君たちといる方が楽しいのだからね。無碍にするようなマネはしないと誓うよ」
「エミ……」
柏ちゃんの言葉にセンパイは顔を赤らめる。やっぱりこの二人の絆は深い。
でも、私は……
「ふむ、少しお手洗いに行ってくるよ」
「ええ、十分以内に戻ってきてね」
柏ちゃんがセンパイと一緒にいる状態でお手洗いに行く時は、十分以内に戻ってくるという決まりを作ったらしい。センパイとしてはトイレまでついて行きたいらしいが、さすがにそれは柏ちゃんの気持ちを優先したそうだ。
だから柏ちゃんがトイレから十分以上戻ってこない場合は、問答無用で黛センパイがトイレに押し掛けるということにしている。柏ちゃんとしてもそれは避けたいようで、大人しくその決まりに従っている。
「ふう、エミったら相変わらずなんだから」
「はは……」
考え事をしていたせいでぎこちない笑いになってしまい、それを見たセンパイが怪訝な顔をする。
「樫添さん、『レプリカ』との戦いの最中でも何か悩んでいるようだったけど、何かあったの?」
「え?」
「顔に書いてあるわよ。『私は悩んでますよ』って」
「うう……」
私ってそんなにわかりやすいのだろうか。それともセンパイの洞察力がすごいのだろうか。
隠しても仕方がないので、大人しく白状することにした。
「あの、センパイと柏ちゃんにとって、私の存在ってどうですか?」
「はい?」
「センパイと柏ちゃんの間に、私がいるのって邪魔だったりしませんか?」
「あのねえ……そんなわけないじゃない」
センパイは呆れたように呟くが、それがお世辞ではないとすんなり信じられるほど私の心は強くなかった。
「うん、じゃあ樫添さん、エミが言った言葉を思い出してみて」
「え?」
「エミは『レプリカ』との戦いで、樫添さんについて何て言ったんだっけ?」
「えーっと……」
柏ちゃんが言った言葉……『レプリカ』に対して言った言葉……黛センパイも聞いていた言葉……
「あ……!」
『樫添くんはルリと私を守るために必ず戻ってくると』
そうだ、柏ちゃんは私が助けてくることを確信していた。それに私だって、柏ちゃんとセンパイを助けることを最初から決めていたのに。
私の中で、最初から答えは決まっていたのに。私は何を迷っていたのだろう。
そうだ、私は気づくだけで良かったんだ。自分もセンパイと柏ちゃんの友達として、ちゃんと信頼されていることに。
「ふむ、待たせたね二人とも」
話しているうちに、柏ちゃんが戻ってきた。その姿を見て、あの時のセリフを言った彼女の姿を思い出して思わず笑ってしまう。
「む、どうしたのだね樫添くん。何か幸せなことでもあったのかね?」
「別にー? ただ柏ちゃんって格好いいなって思っただけ」
「……どういうことだろうか」
「教えなーい」
不思議がる柏ちゃんと、察したように微笑む黛センパイを見て、私は決意した。
今度の旅行は、是非とも素晴らしいものにしよう。二人の大切な友人と共に。
レプリカ編 完
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