世の中はチョロい。少なくともこのアタシ、綾小路佳代子にとっては。よく大人が、「そんなんじゃ社会でやっていけないぞ」って言っているけど、それはそいつがただ単に無能だからだと思う。そう、アタシと違って。
アタシはバカな大人たちとは違う。カワイイし、うまくやれる人間だ。その証拠に、アタシは今まで何人もの人間を利用してきた。
アタシが他の人間とは違う特権を持っていると気づいたのは小学校四年生のときだった。
クラスになんというかちょっとキモイ女子がいた。今ではなんでその女子がキモイと思ったのかは忘れてしまったが、とにかくキモかったのだ。アタシがキモイと思ったのだからそうなのだ。だからアタシはその女子が大切にしていたという筆箱を墨汁まみれにしてやった。しょうがないじゃん、あの子キモイんだし。
しかし不幸にもその現場をその女子に見られてしまった上に、その子は担任である男の先生にアタシのことをチクった。そんなんだからキモイのに。しかしアタシとしてはピンチなのは変わらなかった。どうにかして先生からの追及を切り抜ける必要があった。
考えた末にアタシは、両目から涙を流しながらこう言った。
「違うの! アタシは命令されて仕方なくやっただけなの!」
そう、アタシはその場にいなかった別の女子に命令されてやったことにしたのだ。さらに泣きながら先生に訴えることで、その真実味は増していた。アタシの涙ながらの謝罪に、先生はうろたえながらも許してくれた。アタシに命令したことになった女子は当然そのことを否定したが、アタシの言葉を信じきった先生によってお説教を受けた。
そして後日、アタシに罪を被せられた女子は報復としてアタシの筆箱を墨汁まみれにして、それをアタシと同じように別の人間に命令されたと主張した。しかしその主張は通らず、さらにアタシがこの間のことを逆恨みした為の行動だと主張したために、その女子は両親からもお説教されることになった。
そしてアタシはこの時悟った。自分は多少悪いことをしても許してもらえるカワイイ女の子だということに。
中学に入ると、アタシは完全に自分のカワイさを自覚していた。入学した当初から周りの男子の視線が明らかにアタシに向けられていることを感じていた。視線だけではない、アタシが男子たちに話しかけられる頻度も、アタシに対する男子たちの態度も、他の女子に対するそれとは明らかに違っていた。
そう、男子たちはアタシの機嫌を取り、気を引くのに必死だった。なぜならアタシはカワイイからだ。他の女子より優れているからだ。
そしてアタシはある時、そのことを利用できることに気づいた。
中学一年の二学期、アタシはクラスの一部の女子に嫌がらせを受けていた。まあ、他人より優れている人間が嫉妬されるのは当然のことで、大部分のクラスメイトはアタシの味方だったが、一部の女子はアタシを疎んじていた。
しかしアタシとしてはその女子たちがブスの分際でアタシと対等と思っているのが気にくわなかった。ブスはブスらしく卑屈な笑いを浮かべて、アタシに従っていればいいのだ。ブスの分際でアタシを嫌うなど許されることではない。
その時アタシは小学校の時のことを思いだし、また他人を利用してそのブスたちを排除することにした。アタシに言い寄る男たちはいくらでもいる。ちょっとアタシが甘い声を出して頼みごとをすれば、何だってしてくれる。
そしてアタシはクラスの中でも顔が良いとされている何人かの男子に声をかけた。
「ねえ、あの子達がアタシのことをよく思ってないみたいなの。何とかして欲しいなあ」
アタシがこう声をかけただけで、その男子たちはブスたちをいじめ始めた。そのいじめによって心を病んだブスたちは次第に学校に来なくなった。ざまあみろ。
もちろんアタシは悪くない。アタシは「なんとかして欲しい」と言っただけだ。具体的な手段を決めたのはその男子たちなのだから、ブスたちが不登校になったとしても、アタシに責任はない。後にブスたちが不登校になったことでその男子たちが教師たちから責任を追及されても、アタシにまで追及が及ぶことはなかった。
そう、アタシは他人を自由に利用できる人間なのだ。そういう特権を持って生まれてきたのだ。だから世の中はチョロい。アタシは無敵。
やがてアタシはダルい高校受験を終えて、高校に入った。高校生にもなると、両親も教師たちもまるでオウムのように、『将来について考えろ』と繰り返し言ってきたが、アタシにそんなことを考える必要があるとは思えなかった。だってアタシは他人を上手く利用できる。そんなアタシが将来を真剣に考える必要があるとは思えない。だから聞き流してた。しかしあまりにも両親がうるさかったので、二年生に上がってから仕方なくバイトを始めた。
そこでアタシは出会ったのだ、アタシ好みのイケメンに。柳端幸四郎という名前のそのイケメンは、意外にも今まで彼女がいたことが無かったらしい。アタシとしては何としても柳端くん、いやコウくんと付き合いたかった。だってカッコイイんだもん。
アタシは入学直後から、学年でも顔が良いと騒がれていた剣崎という男と付き合っていたが、コウくんはそいつよりも遙かにカッコよかった。だからもう剣崎には用がなかったから振ってやったのだが、アイツはアタシにしつこく付きまとってきたのでイラついた。
アタシとしては早くコウくんを彼氏にしたかったのだが、コウくんは妙にガードが堅かった。まあ彼も照れているのだろうと思った。だってそうでもなければ、カワイイアタシと付き合わない理由がない。しかしアタシとしては、物事が思い通りに進まないというのは結構ムカついた。
そしてもう一つムカつくことがあった。バイト先にいる、閂香奈芽とかいうブスの存在だ。髪がやたら長い上に、キャラ作りをしているのか妙な口調をしているのがイライラする。陰気な外見をしているくせにアタシに物怖じせずに接してくるのも気にくわない。だからアタシは閂に多くの仕事を押しつけたり、バイトを辞めるように嫌がらせをしてみたのだが、あいつはまるで堪えることもなく、平然とした顔でバイトを続けていた。
本当にイライラする。ああいうブスは、アタシのようなカワイイ格上の存在を恐れながら卑屈に生きていくべきなのだ。もっと身の程をわきまえろよ。
そんなことを考えながら、今日もバイトをしていた。
「ひひ、綾小路氏。今日は私がレジを担当致しますので、在庫のチェックをお願いします……」
「アタシに命令すんなブス。大体そんなのアンタが気を利かせてやっておきなさいよ」
「おやおやこれは失礼……ですが、もし仕事が滞ってしまえば被害を受けるのは貴方も同様のはずですがねぇ……」
「アタシはアンタとは違うの。ここじゃなくたってバイトは出来るし、バカな男からお金を巻き上げることも出来る。だからこんなバイトいつでも辞めてたっていいの」
「ひひひ……そうですか……では私が裏方を担当するとしましょう……」
閂はアタシの言葉に引き下がり、店の奥に引っ込んでいった。そうそう、ブスは大人しくアタシの言うことを聞いていればいいのだ。
それに閂がこの店で働いていられるのも今日で最後だ。アタシは閂を破滅させる名案を思いついている。
ブスはブスらしく日陰を歩いていればいい。アタシの機嫌を損ねたことを後悔させてやる。そう思いながら、アタシはレジの横にある事務所の扉を見て、心の中で笑っていた。
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