柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第二十四話 チーム分け

公開日時: 2024年9月4日(水) 20:14
文字数:2,368


 【7月29日 午後7時03分】


「それからというもの、俺の役者としての人気は徐々に落ちて行ったよ。絵に描いたような転落人生を送り、娘も唐沢からさわに奪われ、今はこうしてアンタらの前にいる」


 白樺しらかばたかしが語った過去で『絶望』を求める前のエミや、楢崎ならさきクロエ、唐沢との関係、様々なことが明らかになったけど、私が気になったのは最後の部分だ。

 子供の頃のエミが楢崎に手を引かれて歩いているのを、白樺と斧寺おのでらが共に眺めていた。これはエミが語った過去の記憶と一致する。

 やはりエミと楢崎クロエは子供の頃に深い関係性があったのだ。そしてその頃から……


「エミは楢崎の影響を受けて、大人に嫌われようとしていた……」


 今の話だと、エミは実の父親であるかしわ恵介けいすけに虐待を受けていたらしい。だけどそれはもしかしたら、『大人に嫌われていたい』という楢崎の考えに影響を受けていたからだとしたら。


 エミが『殺されたい』と願う前から、その下地ができていたのだとしたら。


「今の話を纏めると、あなたは子育てを他人に任せてたら娘が変な思想に染まるのを止められずに仕事も上手く行かなくなって、今さら娘に家族としての繋がりを求めてるわけですか。自業自得もいいところですね」


 夕飛ユウヒさんが冷たく言い放っても白樺は何も言い返さなかった。


「ねえ朝飛アサヒ。アンタがこのダメ男を使って楢崎クロエさんと交渉して、唐沢たちを引き下がらせるとかできそう?」

「うーん、無理だと思う。クロエちゃん、あんまり私の言う通りに動いてくれない子だし」

「そう……まゆずみさん、どうやらこの男は人質にも交渉人にもなりそうにないわね。話を聞くだけ無駄だったかしら」

「いえ、今の話で重要なことがわかりました」

「え?」

「エミは過去の記憶を思い返そうとした結果、私たちのことを忘れてしまい、代わりに楢崎クロエを求めるようになった。なんでそうなったのかを考えたんですけど、ひとつ心当たりがあります」


 普通に考えたらバカげた可能性だ。だけど今の私には、その可能性はもはや確信に近い。


「今のエミは、斧寺霧人きりひとを失った状態です」


 エミの中に存在したはずの斧寺霧人としての記憶。それらを全て奪われた状態こそが、今のエミだ。


「え、え? どういうこと?」

「唐沢清一郎せいいちろうの目的は、エミの中に潜む斧寺霧人の復活だと言ってました。私もバカげた話だとは思ってましたけど、今の話から考えるとあり得ない話じゃないです。白樺さんの話に出てきていたエミは、今のエミの状態と一致してます」

「斧寺霧人が、柏さんの中にいる? そんなわけ……」


「……あり得るな」


 私の非現実的な仮説は白樺さんには支持された。


「昼間、恵美えみに会った時には思わず感情が爆発したよ。清美の娘が斧寺霧人と同じ口調で、斧寺霧人と同じ立ち姿で俺に語り掛けるんだ……耐えられるわけなかった。俺の娘も、清美きよみの娘も、全部斧寺に変えられちまったんだ……」


 死んだはずの人間の意識が生きている人間の中に入り込んでいる。常識的には考えられない話だけど、実際に斧寺霧人と関わっていた人間たちは今のエミは斧寺霧人を受け継いでいると考えている。


 だからこそ、唐沢清一郎はエミを激しく憎み、斧寺霧人をエミから解放したいと思っているのだ。


「どうしてエミの中から斧寺霧人が消えたのかはわかりません。ただ、唐沢からしたら目的に一歩近づいた状態なのは間違いないです。おそらく今のエミは『殺されたい』という願望も失ってる」

「あ! それって……!」


 樫添かしぞえさんは気づいたようだ。


『その時は、君の願いも叶えてあげるよ。君から霧人先生を解放して、本来の君に『絶対に死にたくない』と思わせた後でね』


 今のエミを唐沢が生かしておくわけがないと。


「黛センパイ、明日の朝一番で病院に行って柏ちゃんを迎えに行きましょう!」

「そうね、エミが私たちのことを忘れてても強引に連れ帰るわ。それにいざとなったら、『親戚』の名前だって使えるし」


 白樺に視線を向けると目を丸くして立ち上がった。


「ちょ、ちょっと待て。お前らまさか俺に恵美を引き取れとか言わないよな? クロエの解放には協力するが、そっちまで面倒見るつもりはないぞ」

「そんなわけないでしょ。自分の娘すら面倒見ない男にエミを任せるわけないじゃない。アンタはあくまでエミを連れ出すための手段よ」

「……近頃のガキは随分と殺伐としてるんだな」

「……」


 白樺の言葉に対して樫添さんが何か言いたそうに口を動かしてたけど、よく聞こえなかったので話を進める。


「とにかく、現状エミは入院してて唐沢たちも手が出せない状況にあるわ。アイツらがエミの居場所を突き止める前に私たちが連れ出して安全な場所に匿いましょう」

「それでしたら柏様を匿う場所は私たちが用意しましょう」


 曇天どんてんさんの提案を受けて、隣に座っていた槌屋つちやさんも同意する。


「槌屋家で所有している物件ならいくつかあるから、柏さんを迎えに行ってる間に部屋を用意しておくわ。まあ、見ての通り私の足じゃ家具とかは運べないから曇天さんに運んでもらうことになるけど」

「だったら私も協力する。一応私も『死体同盟』のメンバーだしね」

「決まりですね。それじゃ、改めて整理しましょう」


 明日の朝、私と樫添さん、朝飛さん、白樺隆の四人でエミを迎えに行く。

 曇天さん、槌屋さん、夕飛さんにはその間にエミを匿うための部屋を用意してもらう。


「では黛さん、今日のところはここにお泊りいただいて構いません。柏様を救い出すために、私たちも最大限の協力はさせていただきます」

「ありがとうございます。それじゃ、明日の朝8時に広間に集合しましょう」


 今日は色々あって疲れているし、エミを助け出すためにも唐沢と戦うためにもしっかり疲れを取っておこう。


 そして明日、今度こそ唐沢を叩きのめしてエミを守り切る。



 たとえこの先、エミが私の知るエミに戻ることがなくても、それが私の選んだ道だ。

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