「え! あの大学受かりそうなの!? すごいじゃん!」
「いや、たまたまだよ。たまたまヤマが当たったんだ」
「……ちくしょう、全然だめだった」
「……まあ、そう気を落とすなよ」
閂が私の前に姿を現さなくなって数か月が経った。
既に二月も下旬になり、受験生である私たちにとっては山場が過ぎかけていた。ほとんどの生徒、特に私立を志望した受験生は第一志望の入試が終わり、今のように手ごたえを報告したり、落胆したりしている光景が見て取れる。
私はと言うと、つい先日第一志望であるS市立大学の入試が終わり、既に受験生ムードから脱却し始めている所だった。そこまでレベルの高い大学でもないし、問題で特に躓くところもなかったので、多分受かっているだろう。
そんな私が考える事と言えば、もちろん『彼女』の事だ。
『彼女』は相変わらず、不特定多数から暴力を受けているようだ。それどころか横井のように、『彼女』に襲いかかるという企みを持っていた生徒もいた。私はそれらの暴力を、二年生にいる協力者と共に未然に防いではいたものの、全てを防ぐには至らなかった。本音を言えば受験を諦めてでも『彼女』を守りたかったのだが、『彼女』は私にこう言った。
「私如きが君の将来を脅かすわけにはいかないのだよ」
『彼女』は本当に私を大切に考えてくれている。『彼女』自身の思想もあるのだろうが、それでも私にああやって忠告をしてくれる。それがたまらなく嬉しかった。だから大人しく受験に専念することにした。
幸いこの数か月、閂が私に何かを仕掛けてくることは無かった。なので受験勉強は問題なく進み、こうして入試も失敗せずに済んだ。
しかしまだ油断は出来ない。『彼女』に危害を加えている者がまだ存在することは事実だし、また閂が何かを企んで行動を起こすかもしれない。
どちらにしろ、学校を卒業するまでは『彼女』はまだ手の届く場所にいる。いや、卒業しても私が『彼女』を守る。そのためにこの高校から近場の大学を受験したのだ。
「ひひひ……お久しぶりです、黛先輩」
その時、久しぶりに聞いた消え入りそうな高い声が私の耳に届いた。前を向くと、相変わらず髪を伸ばしている閂が私の机の前にいた。
「……何か用?」
「いえいえ、先輩の受験が無事に終わりましたとお聞きしまして、祝言を述べさせて頂こうかと……」
「やめてくれる? アンタに祝われたら、受かるものも受からないわ」
「ひひひ、これは手厳しい……」
コイツが私の前に現れたら碌なことが起こらない。とりあえずは無視を決め込むのが一番だろう。
「先輩、『あの人』の身に再び危機が迫ってますよ」
しかし、コイツは私が反応せざるを得ないポイントを的確に突いてきた。
「……あんた、何か仕掛けたの?」
「いえいえ、ですがこの場合、私が関わったかどうかは些細なことではございませんか?」
「……」
確かにコイツの言うとおり、『彼女』に危機が迫っているならコイツが仕掛けたかどうかなど関係なしに私は『彼女』を救わなければならない。コイツを問い詰めるのはその後だ。
しかしどうする? 今回はコイツの罠である可能性も捨てきれない。コイツの言葉を鵜呑みにしていいものか……
「ですがご安心ください。今回は心強い協力者がいらっしゃいまして」
「協力者?」
「はい、只今お呼びいたします」
そう言うと閂は教室の入り口に行き、一人の女子を連れてきて戻ってきた。
「アンタは……」
「久しぶりね、黛さん」
閂が連れてきたのは、一年の頃同じクラスだった女子、竹林菊子だった。正直言って、沼田と一緒にご飯を食べるように強要してきたこともあり、あまり良い印象は持っていない。
「竹林さんが協力者なの?」
「ひひひ……この方は『あの人』が暴力を受けている現状を非常に憂いていらっしゃるとのことで、黛先輩に是非協力したいと……」
「そういうこと。閂さんも黛さんも『あの子』が心配なんでしょ? だから一緒に助けてあげよう?」
「……」
本当に鵜呑みにしてしまっていいのだろうか?
そもそも竹林と『彼女』に接点があるなんて話は聞いたことが無い。だからなぜ竹林が私に協力を申し出てきたのかもよくわからない。
……いや、よく考えたら想像はついてきた。竹林という人間は、とにかく自分が綺麗でいたい人間なのだ。その『綺麗』とは外見のことではない。自らの人間性のことだ。
思えばコイツはいつも綺麗ごとばかり言っていた。『いじめは良くない』とか、『皆で仲良く、協力するべきだ』とか。そういえばよく、障碍者支援のボランティアとかに行っていたとかいう話を周りに言いふらしていた。
だけどコイツはそれだけなのだ。綺麗ごとばかり言う割には、いじめを本気で止める気も無いし、障碍者を本気で救うつもりもない。弱者の目線で言葉を言ったことも無い。コイツは弱者を救いたいのではない。弱者を救うための言葉を言っている自分が好きなだけだ。つまりは自分を救いたいのだ。
そう考えると、コイツが協力を申し出てきた理由も想像がついてきた。つまりは『彼女』を助けることで自分の綺麗さに磨きをかけたいということだろう。単なるメッキにしか過ぎない綺麗さを。このタイミングで協力してきたのも、受験が終わったからだろう。
「黛さん、きっと『あの子』も苦しんでいるよ。皆で力を合わせて助けてあげよう?」
……バカバカしい。コイツは『彼女』の何を知っているのだろうか。
『彼女』を助けるということは、『彼女』の敵に回るということに他ならない。この私がその決断をするのに、どれだけ理想的な選択を捨てたと思っているのか。
『彼女』を屈服させて、敗北させるという決断をするのに、どれだけ心が痛んだと思っているのか。
そんなことも知らずに、『彼女』を救う? 本当に綺麗ごとしか言わない女だ。
「ひひひ……ではでは黛先輩。是非とも『あの人』を救うために力を合わせましょう、ひひひ……」
まあいい、問題は閂だ。今回、こいつがどういうつもりで私に近づいてきたかは気になるが関係ない。
『彼女』に危険を及ぼす者は、『彼女』自身であろうと叩き潰す。
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