柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第二話 打ち上げ

公開日時: 2020年12月25日(金) 20:01
文字数:3,350


 ナンパ男達を撃退した黛センパイと柏ちゃんを強引にファミレスに連れ込んだ私は、とりあえずこの空気を変えるためにドリンクバーと軽めの料理を先に注文した。そして現在、気を取り直して打ち上げを始めるために乾杯を促したのだ。


「……あいつら、まさかまだエミを狙っていないでしょうね」


 しかし、黛センパイは尚もホルスターを握りしめたまま、さっきのナンパ男達が柏ちゃんを狙っていないか窓の外を警戒している。その目つきに、窓側のテーブルに座っていた客が恐怖し、急いで料理を平らげて店を出て行ってしまった。当の本人がそれに気づいているかはわからないが。


「センパイ、多分あの人達はもう柏ちゃんどころか、しばらくナンパそのものが出来ないと思いますよ……?」

「なんでそんなことがわかるのよ?」

「逆に何でわからないんですか?」


 あそこまで恐怖心を植え付けられても尚、柏ちゃんたちをナンパするほどの勇気があるなら、多分あの人達は世界だって救えるだろう。


「くふふ、久々にルリの恐ろしさを見た気がするね。もはや並の『狩る側』では、到底ルリには敵わないのだろう。これで私の悲願の成就はまた遠のいたわけだ。全く、恐れ入るよ」


 柏ちゃんは柏ちゃんで、またわけのわからないことをわけのわからない口調で呟いている。本当に彼女はブレない。


「それがわかったら、好い加減エミには『殺されたい』なんてバカげた考えを捨てて欲しいんだけど?」

「そうはいかないのだよ、ルリ。私はこの願望を生涯捨てる気はない。だが君の支配が続けば、私のその願望すらも打ち砕く時が来るのかも知れない。頑張ってくれたまえ」


 黛センパイと柏ちゃんの会話に思わず目眩がしてくる。この二人を前にすると、私の中の『普通』が悉く崩れていくのを感じるし、未だに彼女たちの思想には慣れない。

 それでも私がこの二人と行動を共にしているのは何故だろう。自分でもわからなかった。


 柏恵美と黛瑠璃子。この二人とは高校時代からの付き合いだ。柏ちゃんが私と同学年で、黛センパイが私たちの一つ上。学年は違うが、私たち三人というか柏ちゃんと黛センパイはとても仲がいい。それこそ、『そっちの関係』を疑ってしまうくらいに。

 

 だがこの二人は只の仲のいい友人同士ではない。この二人の関係は、『支配する側』と『支配される側』だ。


 先ほども会話に出たが、この柏恵美という女は『一切の容赦のない相手に殺されてみたい』という、常人からかけ離れた願望を持っている。苦しみからの逃避や、特殊な人間を気取るための方便ではなく、本気でただ純粋に殺されたいと思っているのだ。

 しかし彼女としても、殺してくれるなら誰でもいいというわけではないらしい。彼女の理想は、『他人を殺したいから殺す』という存在によって殺されることだった。そして私と黛センパイは、かつてそういった存在と戦い、そして柏ちゃんを守りきることに成功した。だから今も、柏ちゃんは生きてここにいる。

 そして黛センパイ。彼女は柏ちゃんのことを本当に大切な友達だと思っている。センパイがどうしてここまで柏ちゃんに執着するようになったのかは知らないが、彼女を守るためなら、柏ちゃん自身と敵対することすら厭わない。そしてセンパイは柏ちゃんと平和な日常を過ごすために、彼女の『殺されたい』という願望を完膚無きまで叩きのめしたのだ。

 柏ちゃんはあらゆる方法で『狩る側の存在』に殺されようとした。そして黛センパイはそれを超える方法で、柏ちゃんが殺されるのを悉く阻止した。だから今、柏ちゃんは黛センパイがいる限り自分は殺されることが出来ないということを認め、基本的には平和な日常を過ごしている。

 だが柏ちゃんは尚も『殺されたい』という願望を捨ててはいない。今は黛センパイがいるから大人しいが、もし何らかの理由で彼女の支配から逃れることが出来たとなれば、再び殺されるために動き始めるだろう。今のこの日常の存亡はある意味、黛センパイにかかっていると言っても過言ではない。なぜなら恐らく、私一人では柏ちゃんを止めることなど出来ないだろうから。

 

 二人の関係性を改めて思い出したところで、私は改めてコップを掲げる。


「センパイ、とりあえずは試験の終わりを祝いましょうよ」

「……そうね。エミもこうして無事なわけだし。今は肩の力を抜きましょう」

「くはは、それではルリによる私への永遠の支配を願って乾杯をしようではないか」


 ……趣旨が変わってしまっているがもういい。


「それじゃ、かんぱーい!」

「かんぱーい!」

「乾杯……!」


 一人だけテンションが違うが、ようやく乾杯をして打ち上げを始めることが出来た。全く、この人達相手じゃこんなイベント一つを行うだけで一苦労だ。

 ……だけど、それも悪くないかもしれないと思っている自分がいるのも確かだった。


 数十分後。


「だから! 私のエミに手を出す輩は許さないってことなのよ!」

「ま、黛センパイ、いくらファミレスだからってそんなに大声出したら迷惑ですよ……」


 私はジュースしか飲んでないはずなのに酔っぱらいのようにヒートアップしている黛センパイを宥めながら、話し相手をするはめになっていた。


「流石はルリだ。この状況下に置いても、この私を支配することを忘れてはいない」

「当然でしょー!? 私はエミをぜえったいに殺させないって決めたんだからぁ!」

「か、柏ちゃん! 火に油を注がないの!」


 こっちはこっちでジュースしか飲んでないから、当然のごとくいつも通りだし……ああもう、なんでこの二人は行く先々でトラブルを起こすかなあ!?


「センパイ、盛り上がるのはいいですけど、限度がありますよ……」

「うう……樫添さんがいじめるぅ……」

「なんでそういう認識に!?」

「おやおや、樫添くんも中々やるじゃないか。ルリをいじめるとはね」

「あんたは黙っててほしいの!」


 うーん、どうしよう。このままじゃいつまで経っても、本題に入れないの……仕方がない、ダメもとで話を進めてみるか。


「センパイ、柏ちゃん。実は私から提案があるですけど……」

「ん、なんだい?」

「実はこの三人で、旅行にでも行きたいな、って思っているんです」

「……旅行?」


 『旅行』という単語が出た瞬間、二人の目の色が変わった。うう、予想はしていたけどやりにくいの……


「い、いや、試験も終わったことだし、センパイたちも日頃の疲れを癒す期間が必要かと思いまして」

「……旅行、ねえ。誰かさんが大人しくしてくれていれば、賛成なんだけど」


 黛センパイが柏ちゃんをジロリと見る。当の本人はどこ吹く風だ。そしてセンパイは顎に手を当てると、何かをブツブツと呟き始めた。


「……仮にこの三人で旅行に行くとして、あのエミが大人しくしているはずがない。旅行先で私の知らない『狩る側』に接触する可能性は十分あり得る。そうなるとエミを常に私の目の届く場所に置いておくのは当然として、事前に人通りの多い場所と少ない場所のリサーチを……」


 また始まった。センパイはどうしてこうも、いつも気を張ってしまうのか。


「センパイ、肩の力を抜くための旅行なんですから、そんなに思い詰めないで欲しいのですが……」

「確かにそうだねルリ。君はもう少し休むということをした方がいい」

「アンタのせいでしょ!」


 一方で柏ちゃんはもう、本当に空気が読めないというかなんというか……


「まあいいわ。ところで、旅行の目的地は決まってるの?」

「いえ、まだそこまでは決めてませんが、近場にしようかと思ってます」

「そう。それとお金の面だけど、私とエミは以前にバイトした分のお金があるけど、樫添さんはどうなの?」

「えっと、少し前から私もバイトを始めたので、その給料がもう少しで入るので、それを資金にしようかと……」

「ふむ、近場か。しかし観光地となると危険人物が紛れるには最適だろうねえ。くふふ……」

「……樫添さん。見ての通り、私はエミを守らないといけない。それはどうしても必要なことなの。それを踏まえて、場所を選ぶ必要があるわね」

「わ、わかりました……」


 そして、場所の選定は私と黛センパイの二人で行うことになり、柏ちゃんに口出しはさせない方針になった。

 しかし、こんなことでセンパイはゆっくり心と体を休めることが出来るのだろうか。その不安が拭えないまま、その日は解散した。


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