柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第十一話 優位

公開日時: 2020年11月18日(水) 19:05
文字数:2,570


「御神酒を殺したのが、俺だって言ったらどうする?」


 俺は借宿の言葉が一瞬理解出来なかった。御神酒先生を、借宿が殺した?

 だけど俺はその言葉と矛盾する情報を知っている。


「ちょっと待ってくれ借宿、御神酒先生は……」

「ひひひひ、意外ですねえ。まさかご自分で犯行をお認めになるとは……」


 だが閂先輩が俺の言葉を遮り、俺と借宿の間に立った。先輩は身長の関係から借宿を見上げるような形にはなっているが、その姿には確かな存在感があった。

 その存在感を借宿も感じ取ったのか、一瞬先輩に対してたじろぐ。だが彼は直ぐに言葉を続けた。


「おいおい生徒会長サマ。アンタには用は無いって言ったろ? 大人しく引っ込んでろよ」

「ひひ、お言葉ですが私も御神酒先生の死の真相に興味を持っておりましてねぇ……是非ともあなたの言葉をお聞きしたいのですよ……」


 閂先輩はいつもの不気味な笑いを発しながら借宿と対峙している。しかしどういうことだろう。閂先輩は御神酒先生は自殺したと言っていた。だがよく考えてみれば、自殺というのは先輩が現場の状況を見てそう推測したというだけだ。さらに俺自身は御神酒先生の死体を見ていない。先輩の説明がウソだという可能性もある。


 だとすると、本当に借宿が御神酒先生を――?


「萱愛氏、先ほどの私の発言を覚えていらっしゃいますか……?」

「え?」


 閂先輩の発言……そういえば。


「『新たな心当たりが出来た』と言っていたような……」

「ご名答ですよ萱愛氏……そしてその新たな心当たりというのが、この借宿氏です」

「……なんだよ生徒会長サマ」

「私はあなたも疑っていたのですよ……御神酒先生に恨みを持っていたあなたをねぇ……」

「……!」

「そ、そうなのか、借宿!?」



 閂先輩の言葉に、借宿の顔が一瞬歪む。だがすぐに俺に視線を戻し、自分の優位を疑っていないかのような勝ち誇った笑みを浮かべた。

 しかし何故だ? 何故借宿はわざわざ俺に自分の犯行を話したんだ?


「おい、気になるかよ萱愛ぁ? 何で俺がわざわざこのことをお前に言ったのかがよぉ」

「……借宿、冗談でもそんなことを言うべきじゃない。それは御神酒先生を冒涜する行為だ。取り消せ」

「相変わらずいい子ちゃんだなお前は。『人殺し』の癖にさ! なんならもっと面白いことを教えてやるよ。お前が御神酒を殺したって噂を流したのは、この俺だよ!」

「なんだと!?」


 借宿が俺に先生を殺した罪を被せていたのか!? ……確かに借宿は何かと俺に突っかかってきた。その理由はよく知らないが。しかし俺に先生殺しの罪を被せる可能性は大いにあり得る。いや待て、そうなると……


「ひひひひ、どうやらあなたは御神酒先生を殺し、さらにその罪を萱愛氏に被せた……そしてわざわざそのことを萱愛氏本人に打ち明けるということは、よほど犯行が公にならない自信がおありになるようですねぇ……」


 ……閂先輩の言う通りだ。借宿がわざわざ自分から犯行を俺にバラすということは、それが世間にバレないという確信があるからだ。つまり……


 本当に、借宿が御神酒先生を殺したのか?


「おい、悔しいか萱愛? 御神酒を殺されて悔しいかよ? だがな、犯人が俺だとわかっていても、お前は決して俺を告発することは出来ない。お前みたいな無能にはなぁ!」


 こいつが、こいつが御神酒先生を……!


「借宿!」

「おっと、暴力を振るうのか? いいぜ、やれよ。そうすればお前の評判をもっと落とすことが出来るからな」

「くっ……!」


 ここに来てやっと借宿の目的がわかった。

 借宿は俺にあえて自分の罪を告白し、御神酒先生を殺した犯人が誰かわかっているのに、どうすることも出来ずに悔しがる俺を見て楽しむつもりだ。さらに俺にその罪を被せることで、学校内での俺の立場をとことん落とすつもりだ。そんなことのために、御神酒先生を殺したんだ。

 そんな、そんな身勝手な理由で御神酒先生は……!


「……なるほど、あの時あなたが現場にいらっしゃったのはそういうことですか」


 だが閂先輩の発言によって、借宿の顔が固まった。


「え、あの時?」

「ひひ、私が死体の第一発見者であることはお話したでしょう……? 私が御神酒先生の死体を発見して、先生方をお呼びしようとした際に、借宿氏が現場である教室のロッカーに隠れているのを見たのですよ……」

「……な、何のことだよ生徒会長サマ。俺はそんなことしてねえよ」


 微かに動揺した借宿に対し、閂先輩はゆっくりと近づいて、下から借宿を見上げるように顔を近づける。その様子に、借宿は嫌悪感を露わにした。


「確かに。私が先生方を連れてもう一度現場の空き教室に戻ったときにはあなたはそこにはいませんでした……ひひ、おそらくは私が職員室に向かっている最中に脱出したのでしょう……?」

「だから、何の証拠があってそんなことを言ってるんだよ! 大体ロッカーに隠れていたのが何で俺だってわかるんだよ!」

「……そうですねぇ、ひひひ。例えば……」


 その時、閂先輩は懐から何かを出して、借宿に見せる。俺の位置からは何を取り出したのかは見えなかったが、それを見た借宿は目を見開いた。


「お前、それは……!」


 借宿は閂先輩の手にある何かを奪おうとしたが、それより一瞬早く、閂先輩が後ろに飛び退き再び何かを懐に仕舞った。


「ひひひ、どうされたのですか借宿氏……? これはただ学校内で拾っただけの落とし物なのですがねぇ……」

「学校内で、拾っただと……!?」

「ええ、ええ、そうでございます。ひひひ、これはただの落とし物。ひひひひ……」


 意味深な笑いを浮かべながら、閂先輩は俺の後ろに隠れる。それを見た借宿は俺とその後ろにいる閂先輩を睨むと後ろを向き、そのまま俺たちから離れていった。


「あの、閂先輩。さっきは何を……」

「ひひ、借宿氏にとって面白いものを見せたのですよ……さて、後を追いましょうかねぇ……」

「え?」

「ああ、それと萱愛氏には仲里先生をお呼びしてもらいたいのですよ……先生にもこの事件の真相を知る権利がございますから……ひひひひ」

「し、真相って、先輩?」


「ええ、私の予想が正しければ、借宿氏が向かった先にこの事件の真相が隠されているのですよ……さて、いよいよ大詰めですよ。ひひひひひひ……」


 閂先輩が左目を湾曲させて笑いを浮かべる姿を見て、何か恐ろしいものを感じながらも、俺は先輩の言う通りに仲里先生を呼びに行った。



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