柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第二十一話 結果

公開日時: 2020年12月11日(金) 19:13
文字数:3,736


「そうですか……綾小路さんは警察に……」

「ひひひ、そうでございます……店長が警察に被害届を提出したのですよ……」


 閂先輩が提示した『三日間』の期限を過ぎた二日後。俺は放課後の教室で、彼女の口から綾小路さんの現状について聞かされた。

 綾小路さんは昨日の火曜日、つまり閂先輩が綾小路さんを『破滅』させると宣告していた日。その日にやはり『破滅』を迎えたとのことだ。話によると、月曜日にレンタルビデオ店の金庫のお金を盗み、それを店長に発見された。そして店長は彼女を許さず、翌日に警察に被害届を提出して綾小路さんは警察署に出頭したのだという。


「本当に、綾小路さんはあの店のお金を?」

「ひひ、そのようですね……レジのお金を複数回抜き取っていたことをお認めになったそうです……」

「……どうして、そんなことを?」

「化粧品や洋服をもっと購入したかったとのことです……ひひ、ほんの少し我慢すれば合法的にお金が得られたというのに、浅はかにも目先の利益に囚われていたのですねぇ……」

「……」


 俺は……彼女を『助けない』という選択をした。その選択肢を選んだのだ。しかし、もし俺が諦めずに彼女を『俺の手で助ける』という選択肢に拘っていたら、もっと違った結末があったのかもしれない。

 だが、俺にその『もしも』の結末を考える資格は無い。これは俺の選択の結果なのだから。


「閂先輩、ひとつ質問させていただきます」

「なんでしょうか……?」


「先輩が、綾小路さんのカバンに金庫のお金を入れたんですか?」


「……」


 俺はその場にいなかったのだから、これは想像でしかない。しかし先輩の話によると、金庫の中に入れておいたはずの『先輩のお金』が、バイトの終了時には先輩のカバンの中に入っていたのだという。


 しかしなぜ、先輩は自分のお金をバイト先の金庫に入れていたのだろうか? あの先輩が、そんな大事なものを不注意で持ち歩いたりするだろうか?


 もし先輩が、綾小路さんを罠に嵌めるためにそんなことをしたのだとしたら? 綾小路さんは先輩を嵌めようとしていて、逆に嵌められたのだとしたら?


「……先輩は、綾小路さんが自分を嵌めようとしていたことを察知して、それを利用して彼女を『破滅』させたんですか?」

「……」


「答えてください!」


 俺の叫びに先輩は笑顔を消して、口元を下げる。あまり見たことが無い先輩の無表情に俺はたじろぎそうになったが、ここで退くわけにはいかなかった。



「はい、その通りでございます」



 そして先輩ははっきりと、俺の質問に肯定した。


「そう、ですか……」


 ショックではあった。しかし、俺は先輩にこれ以上質問をぶつける気はなかった。俺にとって重要なのは、閂先輩が綾小路さんを自分の手で『破滅』させたかどうかを知ることだからだ。


「……怒らないのですか?」


 閂先輩は尚も無表情のまま、逆に質問をしてきた。確かに今までの俺の性格ならば、先輩の行動に怒りを抱くのが正常だろう。だけど、今はそうではなかった。


「俺は、今回の先輩の行動を咎めません」


 そのことを、今の俺が今までとは違うことを、先輩に伝える。


「理由を聞かせてもらいましょうか……?」

「……綾小路さんは俺の目から見ても、自分以外の人間を、世の中を、そして人生を侮っていました。俺はそんな彼女を見て、『こんな人を救う必要があるのか?』と悩みました」

「……」


 先輩は口に手を当てて、俺の話を黙って聞いている。


「そして彼女の元恋人である剣崎くん。彼は綾小路さんだけでなく、柳端までも恨んでいました。そしてその恨みは暴走する寸前だった。それを見て、綾小路さんだけでなく、剣崎くんも、柳端も破滅してしまうと思ったんです」

「ほう……つまり」


 俺の言葉を受けて、閂先輩は推論を述べる。


「綾小路氏を私に破滅させることで、柳端、剣崎、両氏の破滅を防ぐことが出来ると考えたのですか?」

「それもあります」


 そう、ここまでは御神酒先生の思想、つまり『助けられる見込みのある人間だけを助ける』という考えを下敷きにして、俺が出した考えだ。

 だけど――


「ですがやはり、俺は綾小路さんも救いたかった。そして考えたんです。先輩の言葉の意味を」

「……」

「先輩は、『自分が綾小路さんを破滅させる』と言いました。つまり先輩の言う『破滅』とは、剣崎くんに彼女を襲わせることとは違うと考えました。もっと、もっと被害の少ないものなんじゃないかって」


 もし剣崎くんがあのまま暴走していたら、綾小路さんは肉体的にも精神的にも大きなダメージを免れなかっただろう。それこそ再起不能になっていたかもしれない。

 だが、それに比べたら今回の結果はどうだろう?


「確かに綾小路さんは犯罪を犯してしまいました。下手をすれば、前科が付いてしまうかもしれません。……ですが、あのまま剣崎くんによって暴行を受けるよりは遥かに軽い結果ではないでしょうか?」

「……」

「それにもし剣崎くんの暴行を受けずに済んでいたとしても、人生を侮っている彼女はいずれ痛い目を見ていたはずです。それこそ、本当に『破滅』してもおかしくないほどに。ですが今回、彼女は未成年のうちに比較的軽い『痛い目』に遭うことが出来た。今回のことを深く反省すれば、まだまだやり直しは十分可能でしょう。これから彼女は誠実な人間に成長するかもしれない」


 ならば、今回の結果は――


「今回の結果は、彼女にとっての『救い』になったとは言えないでしょうか?」


 それが俺の出した結論。俺が選んだ選択肢。やはり俺は、関わる人間全てを救いたい。


 ――例え、それが一時的に辛く苦しいものだとしても。


「ひ、ひひ、ひひひ……」


 その時、ようやく閂先輩はいつもの薄笑いを取り戻した。さらに、髪に隠れていない左目が見開かれ、俺を凝視している。


「お、恐ろしい、貴方は恐ろしい御方です……私に師事すると言いながら、この私を自らの目的のために利用なさるとは……」

「い、いや、そういうつもりではないです!」

「いえいえ、貴方は既に目的のためなら自らの手を汚せます。目的のためなら他人を、この私を利用することが出来ます。


 そして先輩は俺を指差した。


「萱愛氏、やはり貴方は『普通』ではないのですよ」


 ……そうなのかもしれない。

 俺は、俺はもう外れているのかもしれない。だけど俺は人を救い続けると決めたんだ。

 

 ――俺が助けられなかったアイツのためにも。


「さて、萱愛氏。今回の『試験』の結果ですが……」

「は、はい」

「合格……と私の口から言うのはとてもおこがましいですねぇ……」

「はい?」


 そう言うと、閂先輩はいつの間にか俺のすぐ前にまで近づき、その小さな両手で俺の右手を握った。


「せ、先輩!?」

「萱愛氏、どうかこのかんぬき香奈芽かなめが貴方とお付き合いすることをお許し願いたいのです……」


 ――え?

 今、先輩は何て言った? お付き合い?

 それってつまり……


「え、あの、その、付き合うっていうのはその……?」

「ひひ、ひひひ、ひひひひひ」

「あの、先輩?」


 先輩は俺の手を握ったままそのまましばらく笑い続けていた。


 『お付き合い』。まさかそれは恋人としてだろうか。しかし俺はそれを先輩に確認することは出来なかった。




 それから数か月後。季節は夏になった。


 綾小路さんは学校を退学したらしい。それを受けて、剣崎くんも彼女への恨みを引っ込めたそうだ。おそらく、彼女が罰を受けたことで一応の心の整理がついたのだろう。

 柳端は相変わらずあの店でのバイトを続けている。以前より職場環境は良くなったと言っていた。

 そして俺はと言うと……


「あの先輩、一緒に登下校をするのはいいんですけど……」

「ひひひ、何か問題があるのでしょうか?」


 そう、俺はあれ以来先輩と待ち合わせて登下校することになった。先輩はあの店でのバイトを辞めて、俺の下校時間に合わせて一緒に下校をしようと持ちかけてきたのだ。

 それはいいのだが……


「なんで手を繋いで歩くんですか!?」


 なぜか先輩は登下校中は手を繋いでいることを要求してきた。正直、周りの視線が痛い。夏になったというのに、まだブレザーを着用している先輩の姿が目立つ分余計に。


「ひひ、萱愛氏は私と手を繋ぐことがご不満ですか……?」

「い、いやその、これじゃまるで……」

「まるで?」

「……なんでもないです」


 それについてはどうしても聞けなかった俺は、顔を真っ赤にしてしまった。


 ……しかし、先輩と出会って数か月。俺は未だに先輩のことをよくわかっていない。もしかしたらずっとわからないのかもしれない。


 そう考えていると、歩道の向こう側から派手なネックレスやアクセサリーを身に着けた男性が歩いてきた。髪を茶髪に染めて若作りしているが、顔を見るとそこまで若そうには見えない人だ。

 格好が気にはなったが、俺にとってはそれだけの人だった。何事もなくすれ違うだけなのだと思っていた。

 だが――


「先輩?」


 閂先輩はその男性を見て動きを止め、眉根に皺を寄せ、左目を細め、今までにない表情を浮かべた。

 これは……見るからに『不快感』を抱いている表情だ。


 そして、男性もまた先輩を見て動きを止めた。



「おー、カナメちゃん。久しぶりじゃーん」

亜流川あるかわ志信しのぶ……!」



 ……俺は知ることになる。この人との出会いで知ることになる。



 閂先輩がなぜ、『特殊』に執着するようになったかを。



 

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