柏恵美の理想的な殺され方

さらす
さらす

第五話 ナイフ

公開日時: 2020年9月26日(土) 22:05
文字数:2,139


 翌日。


「ちょっと! 何なんだよ!」


 私は昨日の後輩女子グループのうち、モップを顔に擦りつけて来た女子を尾行し、その自宅を突き止めた。

 そしていつもより早めに家を出て女子が家を出てくるのを確認すると、持ってきたボイスレコーダーの録音機能を起動して、再度後を尾けた。その後、人気の無い道に差し掛かったところで強引に手を引っ張り、細い路地に連れ込んだ。


 かくして目の前の女子は私に手を掴まれたことにより、激しくもがいている。

 ……ちょっと面倒だけど仕方がない。


「あぐっ!」


 とりあえず女子の顔を思いっきり殴ってやった。


「あ、あんた、昨日の報復のつもり!? やり方が汚いわね!」

「大勢で一人を攻撃するヤツに言われたくないわね」

「だ、誰か……」


「騒ぐな」


「ひっ!!」


 大声を出しそうだったので、女子の喉元にナイフを突きつける。そうすると、強気だった態度がみるみるうちに消えて、怯えきった表情を浮かべる。


「あんた、本気……?」

「何が?」

「や、やめてよ。いや、やめてください。あの、昨日のはその、ほんの冗談だったんです」

「他人の顔に汚れたモップを擦りつけるのが?」

「ちちち、違うんです! 私は、私はあの、あの子たちに言われてやったんです!」


 なるほど、素晴らしき友情だ。自分の身が危なくなると即座に仲間を売るとは。私には真似できない、我が身かわいさに『彼女』を売ることなど。

 まあそんなことはどうでもいい。


「言われてやった……その割には楽しそうに見えたけど?」

「違います! わた、私だって嫌だったんです!」


 女子はもはや私への恐怖からか涙目になっている。だけど、こんなものじゃ済まさない。昨日の私への行いなどどうでもいい、問題は別のことだ。


「そう、アンタは嫌々やっていたのね?」

「そうなんです……」

「じゃあ、『彼女』への暴力も嫌々やっていたってことね?」

「え?」


 そう、問題はそこだ。

 こいつらは間違いなく、『彼女』にも同様の行いをしている。それが何よりも許せない。『彼女』と私の平穏な日々を妨害している。どうあっても許せない。


「どうなの?」


 答えに詰まっている女子の喉に、さらにナイフを押し付ける。


「は、はいぃ! 私は、あいつ……いや、あの子に暴力なんて振るいたくなかったんです!」

「本当に?」

「本当ですぅ! 本当にやりたくなかったんですぅ!!」


 女子は涙どころか鼻水まで垂らし始め、その顔をグチャグチャにしている。腐った性根がよく表れていてわかりやすくなったかな。

 まあ、それはいい。とりあえず証言は取れた。


「やりたくなかった……なら、今日中に『彼女』への暴力を止めるなんてわけないわよね?」

「え?」

「わけないわよね?」

「は、はい! 今日中に止めます!」

「もちろんわかっていると思うけど、あなたのグループ全員にも止めさせるように出来るわよね?」

「そ、それは……」

「出来るわよね?」

「はい! 出来ます! すぐに止めさせます!」

「言ったわね?」


 そして私は、一部始終を録音したボイスレコーダーを女子に見せる。


「あんたは確かに、私に『彼女』への暴力を止めさせると言った。これがある以上、言ってないとは言わせない」

「あ、ひ……」

「もし、明日も『彼女』への暴力が止んでいなかったら、容赦はしない」

「あ、ああ……」


「その時は……」

「ひいっ!」


「目の一個でも貰うから」


 ナイフの先端を女子の目の直前で寸止めすると、地面から何か匂ってきた。


「あれ?」

「あ、あ、ひ……」


 下を見ると、女子のスカートや靴下が濡れていて、色が変わってきている。

 ……情けない。こんなヤツが、『彼女』に暴力を振るってきたのか。


 『彼女』が求める存在とは、ほど遠いヤツらが。



 ――その後、解放した途端にその場にへたり込んだ女子をそのままにして、私は学校に向かうことにした。

 手に持った、『先端が引っ込むタイプのナイフ形の玩具』は鞄にしまっておいた。



 翌日。


「やあ、黛くん」


 いつもどおり、ホームルームが終わった後に『彼女』の教室を訪れた私は、質問を投げかけてみる。


「あの、大丈夫だった?」

「何がだね?」

「その、何か怪我しなかった?」


 すると『彼女』は、不機嫌そうに言った。


「ああ、何もなかったよ。残念ながらね」


 その顔を見て、チクリと心が痛む。

 やはり私は、『彼女』の目的を邪魔している。『彼女』が望まないことをしている。


 その事実が、私の気分を暗くした。



 『彼女』は少し用事があるとのことだったので、私は一人で帰ることになった。下駄箱に行き、外靴に履き替える。


「黛先輩」


 そこで、聞きなれない声に呼び止められた。

 振り返ると、そこには妙に前髪が長く、顔の上半分が隠れてしまっている女子生徒がいた。全体的にどこか暗い雰囲気を漂わせ、着ている制服も本来の濃紺色より、もっと暗い色のように見える。リボンの色から見て、どうやら一年生のようだ。


「誰、あなた?」

「ひひっ、黛先輩……ですよね? 『あの人』の一番の親友だと有名な」


 ……どうやら『彼女』の噂に引っ張られて、私も有名になっていたようだ。しかし、まさかこの子も『彼女』に何かをしようと言うのだろうか。


「つまらないことに付き合うつもりはないんだけど」

「い、いいえ。あなたにとって有益な提案があるのですが」


 ……有益な提案?



「『あの人』を、独占したくはありませんか?」



読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート