なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。
「くふふ、まさかあなたが萱愛くんのお父上だとは。意外な繋がりがあるものだね」
「いやあ、僕もびっくりだよ。まさか柏さんが、本当に小霧くんのお友達だったなんて」
「はは、しかし斧寺くんは、あなたのことについて私に話さなかったのだが……あまり仲が良くないのかね?」
「うーん? そんなことはないと思うんだけどね。ただまあ、識霧くんにも思うところがあるかもしれないね」
俺たちは今、萱愛の自宅近くにあったデパートのフードコートにいる。四人用のテーブル席に陽泉と萱愛が隣同士に座り、俺と柏が二人と向かい合う形で座っている。
俺の目の前にいる萱愛は、こちらを詰問するかのような視線を向けてくる。俺としてはその視線が辛かったが、そんなことはお構いなしに、柏は陽泉との談笑を続けていた。
そんな俺の携帯電話に、メッセージが届いてくる。
『どうやら、今のところ順調のようですね、ひひひ。引き続きお願いしますよ、柳端氏』
メッセージの送り主は、文面からわかるように閂だった。といっても、閂本人も俺たちがいるテーブルから少し離れた場所で、俺たちを見ている。もちろん、そのことは俺しか知らないが。
ともかく現在、こうして陽泉と柏が対面を果たしている。萱愛の刺すような視線を感じながら、俺は昨日の出来事を思い返していた。
※※※
「萱愛を陽泉から引き離すために、柏を利用するというのか?」
「ええ、その通りでございます」
閂はいともたやすくそのことを口にしたが、それが何を意味するのかわかっているのだろうか。
「柏先輩に陽泉氏の存在と過去をお伝えすれば、ひひ、あのお方のことです。陽泉氏に接触し、その過去について聞き出そうとするのは間違いないでしょう……」
「それはわかる。だが、そんなことをすれば……」
「ええ、間違いなく、黛先輩を敵に回すことになるでしょうね」
柏を意図的に危険に晒すということは、黛への宣戦布告と同義だ。あの女は柏を守るためなら、殺人以外のあらゆる手を尽くすだろう。ヤツはそういう人間だ。そんな相手を敵に回すとなると、こちらとしても得策ではない。
「柏を陽泉に接触させれば、俺たちと黛の決別は必然だ。俺たちの目的が萱愛を陽泉から解放することである以上、黛とも敵対するのは明らかに失策だ。それでもやると言うのか?」
「明らかに失策……ひひ、私はそうは思いませんねえ。萱愛氏は自分が陽泉氏の元から離れなければ、悲劇は起きないと考えております……ですが柏先輩を陽泉氏に引き合わせることで、我々と黛先輩や樫添先輩との関係に亀裂が入る……これは間違いなく悲劇と言えるでしょう」
「……なるほどな。俺たちが黛と敵対すること自体を、萱愛へのアピールに使うわけか」
「仰る通りです……ひひひ、ご心配なさらずとも、柏先輩が命を失うような事態にはさせませんよ……」
「俺は柏の心配はしていない。だが、黛にとってはそこが最重要事項だろうな」
「ええ、ええ。その通りです。ですから、柏先輩には陽泉氏と出会った時点で、黛先輩にメールでも送って頂きましょうか……」
そして俺は柏にメールを送り、萱愛とその家族に誘われたという体で柏を呼び出すことにした。そして柏と共に萱愛宅を訪れた俺たちはその近くのデパートに出かけることとなったのだ。
※※※
そして現在、柏と陽泉は予定通り対面を果たした。話を聞く限り初対面ではないようだが、この女は危険人物を引き寄せるような体質なのだと割り切った。
「あ、ごめん。ちょっとトイレ行ってくるよ。しばらく若い子同士で盛り上がっててね」
そう言って陽泉は席を立ち、トイレに向かった。それと同時に、萱愛は俺に詰め寄る。
「柳端、これはどういうことだ?」
「……」
「答えてくれ。なぜ柏先輩をここに連れてきた?」
「落ち着きたまえ、萱愛くん。柳端くんがこの場に私を誘ったことに、何の問題があるのかね?」
「そ、それは、その……」
確かに、柏はまだ陽泉の過去を知らない。だからこいつからすれば、なぜ萱愛が俺に怒りを向けているのかわからないはずだ。
そして萱愛は、その理由を柏に告げることはできない。もしそうしてしまえば、柏が陽泉に興味を持つのは目に見えている。
「ちょっと、柳端と二人で話してきます!」
だから萱愛は俺を柏から引き離すしかない。ここまでは閂の目論見通りだった。
萱愛は俺を陽泉が向かったトイレの近くに連れ出し、改めて俺に迫ってきた。
「もう一度聞く。なぜ柏先輩をここに連れてきた?」
「お前を陽泉から引き離す。俺と閂はその目的で行動している」
「それがどうして、柏先輩を陽泉さんに引き合わすことに繋がるんだ? あの二人を引き合わせたら、柏先輩がどう動くか、お前がわからないはずがないだろう!」
「だからこそだ。お前が陽泉の元にいるということは、いずれこうなることを意味する」
その言葉を聞いた萱愛は、口を噤んだ。
「お前が陽泉の息子であるという事実は覆せないだろう。だが、お前はヤツの操り人形じゃない。お前は俺や閂を心配して、陽泉から離れないのかもしれないが、その行動が柏を危険に晒すこととなる。俺はそれをお前に示したかった」
「……だとしても! こんなことをしなくてもいいだろう! 柏先輩はこの件とは何も関わりがなかった! なのにどうしてあの人を巻き込むんだ!」
「ならお前は、俺や閂もこの件と関わりがないと言うのか?」
「……!!」
俺としても、萱愛のその言葉は聞き捨てならなかった。
「この件に柏は関係ないだと? お前は柏も自分を変えた人間の一人だと言った。そして俺と閂もそうだと言った。柏がお前と無関係になるなら、閂も無関係ということになるぞ」
「そんな、そんなことはない!」
「お前は俺の前で言ったな。閂は自分の大切な人だと。あの言葉はウソだったというなら、俺はもうお前とは関わらない。大切な女を自分の都合であっさり捨てたクソ野郎ということになるからな」
「俺は……あの人を捨ててなんか……!」
「お前にそんなつもりはなくとも、お前が陽泉を選ぶのなら、それは閂を捨てることを意味する。そうなれば閂はお前に捨てられたことを一生引きずるだろう。なにせ、自分を救ってくれたはずの男が、とんだクソ野郎だったんだからな」
「……だとしても、だとしても、俺は!」
萱愛は小刻みに震えている。コイツは明らかに陽泉に対して恐怖している。それが萱愛を縛っているのだろう。
「萱愛、最後のチャンスだ。お前はなぜ陽泉をあそこまで恐れている? それを俺に話してくれ。もしそれを話せないのであれば、もう俺はお前とは金輪際関わらない」
「柳端……」
「頼む、萱愛。俺はお前に救われた。香車のことを受け入れられたのは、お前のおかげなんだ。だから俺は、お前を助けたい」
だから俺は、萱愛に懇願する。
「俺に、お前を助けさせてくれ」
この機を逃せば、もう二度と友達を助けられない。それをわかっていたからだ。
「柳端……」
俺の言葉を聞いた萱愛は、一旦俯いた後に顔を上げる。その両目からは涙が溢れていた。
「……俺は、陽泉さんが怖い。『あの時』、陽泉さんは俺を守ってくれたんだと信じたかった。でも、『あの時』の記憶がそれを否定するんだ」
萱愛は、自分の中に眠っていた感情を絞り出すかのように泣き続け、そして俺に言った。
「柳端……俺を、助けてくれ……」
それは俺が初めて聞いた、萱愛が自身の救いを求める言葉だった。
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