エミと一緒に斧寺識霧と面会した翌日の昼。私は一人で電車に乗り、街から離れた場所に建つ、とあるアパートを訪れていた。
目的はもちろん、『死体同盟』のリーダーである、空木曇天に会うためだ。
『死体同盟』との戦いの後、私は空木曇天から連絡先が書かれたメモを渡された。
『もし、兄について聞きたいことがあれば、ご連絡ください』
私としてもまだ空木曇天を信用したわけじゃなかったので、すぐに連絡をするのはためらっていた。しかし斧寺さんの日記から空木晴天が前々からエミを狙っていた可能性を知った以上、四の五の言っていられない。
空木晴天が次の手を打ってくる前に、私は少しでも相手の情報を知る必要がある。
メモに書かれた連絡先に電話すると、空木曇天はこのアパートでの面会を指定してきた。なんでも、『死体同盟』の当面の活動拠点らしい。空木晴天から身を隠すためにも、目立つ建物を避けたということだろう。
もちろん、私はまだ『死体同盟』に対して用心している。エミを連れてこなかったのも、彼女に危険が及ぶ可能性を下げるためだ。今頃は樫添さんがエミと一緒に行動している。
アパートの一階にある一番手前の部屋の呼び鈴を押すと、聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
『お待ちしておりました、黛さん。カギは開いておりますのでお入りください』
「残念だけど、私はまだアンタを完全に信用しているわけじゃないわ。アンタがドアを開けてくれる?」
『承知しました。少々お待ちくださいませ』
ドアを開けた途端に不意打ちされたらたまったもんじゃない。催涙スプレーもスタンガンも持ってきている。いざとなれば、一戦交える覚悟もある。
中から足音がしたのを確認すると、私はドアに身を隠せる位置から、相手の出方をうかがう。
「随分と用心深いことですね」
そう言って部屋の中から出てきたのは、以前戦った時と同じく、灰色のシャツとスラックスという格好と灰色の長髪が特徴的な空木曇天だった。
「ですがご覧ください。まだ私はケガ人でしてね。あなたと戦うなんて無謀なことはできませんよ」
いまだに包帯が巻かれた右手を見せて、本調子でないことをアピールしてくる。それを鵜呑みにするほどマヌケじゃないけど、あの傷が偽物である可能性は低い。
「用心深くもなるわ。なにせアンタにはこの前不意打ちされたんだから」
「ご心配なさらずとも、もうあのようなことは致しませんよ」
「そういうセリフは、最初から不意打ちしないヤツが言うことね。……二回目ね、このやり取り」
しかしこのまま相手を疑っていては、肝心の情報が手に入らない。警戒は解かなくても、敵意を引っ込めるくらいはしておくか。
「立ち話というのもなんでしょうから、お入りください」
「アンタが先に入って。私はアンタの後から入るから」
「はは、やはり用心深いですね。まあ、いいでしょう」
空木曇天が部屋に入るのについていく形で、私も部屋に入った。
アパートの間取りは2DKほどのもので、短い廊下の先にはダイニングルームがあった。以前に見た、『死体同盟』のアジトと比べると、随分とこじんまりとした空間だ。
その部屋のソファーに座っていたのは、やはり『死体同盟』の一員である槌屋麗だった。
「こんにちは、黛瑠璃子さん。あの時以来ね」
「ええ。あの時はエミをさらった誘拐犯だったわね」
「……厳しい言い方するじゃない。まあ、事実だから仕方ないか」
クスクスと笑う槌屋に対して、私から死角となっていた台所から声をかける男がいた。
「槌屋さん、こいつは基本的に柏や樫添以外には心を許してないんだ。気にすることじゃない」
そう言って台所から現れたのは、短髪の背の高い男――
「え? 柳端?」
この前の騒動では『死体同盟』に協力した男、柳端幸四郎だった。
「アンタ、『死体同盟』からは抜けたんじゃなかったの?」
「抜けているよ。だが、空木……曇天さんにこの場所に呼ばれたんだ」
柳端は木製の椅子に座り、私を見上げる。
「今日ここに来る、『死体同盟』の新メンバーと、お前を仲介する役目を担うためにな」
「……?」
どういうことだろうか。話が見えてこない。
その困惑を見抜かれたのか、空木曇天が説明を始める。
「黛さん。我々『死体同盟』は新たなメンバーを招くこととなりました。そのお方……夕飛さんも今日この場にお呼びしております。到着はもう少し後になりますが、あなたとも顔を合わせたいと言っております」
どうやらその『夕飛』という人物が新メンバーらしいけど、そんな名前に聞き覚えはない。
「なあ曇天さん。今からでも考え直してくれないか。夕飛さんをこの件に関わらせるべきじゃないと俺は思う。あの人のことは……そっとしておいてやってくれないか?」
「柳端さん。夕飛さんは既に私たちの過去にも深く関わっている人物です。それに私は、これからの『死体同盟』の活動においても、彼女の存在が必要だと思っております」
柳端も夕飛さんとやらとは知り合いのようだけど、私の今日の目的はその人じゃない。
「新メンバーだかなんだか知らないけど、その人が信用に足るかどうかは会ってから判断するわ。それで、曇天さん。あなたのお兄さんについて、聞きたいことが山ほどあるわ」
「なんでしょうか?」
「空木晴天は、なんでエミにそこまで拘っているのか。私が知りたいのはまずそのことよ」
「……そうでしょうね」
空木晴天は、エミを生かすために動いている。だけどそれはエミの幸せを願ってのことじゃなくて、ただ単に自分の欲望を満たすためだ。
だけど欲望を満たすためなら、別にエミじゃなくてもいいはず。つまり空木晴天には、エミを狙う理由が別にあるんじゃないだろうか。
「兄が柏様に出会ったのは、十四年前……柏様のお父様が亡くなられた時だと聞いています。ですが兄はそれ以前から、求めていたのだと思います」
「求めていたって、何を?」
「柏様のような、『自発的に死に向かう人間』を、です」
「……!」
つまり空木……曇天さんだけじゃなく、晴天もエミのような人間を求めていたということだろうか。
「ですが私と兄とでは、求める理由が異なります。私は死を肯定的に捉えるために、柏様を求めていました。ですが兄は、柏様を打ち倒す対象として求めているのだと思います」
「どういうこと?」
「……出会う人間、全てに『希望』をふりまきたい」
「は?」
「兄はそう言っていました。つまりこういうことです」
曇天さんは、表情を消して言う。
「柏様の思想を……『絶望に浸りたい』という思想を打ち倒し、『希望』に縋らせれば、兄はこの先出会う全ての人間に『希望』を与えられると思っているのです」
――なにそれ。
一瞬、そう思ったけど、おそらくは晴天の考えはこうだ。
晴天にとって、エミのような『殺されることで絶望に浸りたい』という人間は自身の理想と対極にいる人間だ。もしそんな対極の人間を打ち倒し、『希望』に縋らせることができれば……
誰も、空木晴天を止める者はいなくなる。
「つまり、晴天にとっても、エミは倒すべき敵ってことね。自分の思想を完全なものにするために」
「その通りです。兄は、そのために柏様に拘っているのでしょう」
「なら質問を変えるわ。晴天はどうして、他人に『希望』を与えようとしてるの? そこがわかれば、あいつのことが少しはわかるかもしれない」
「それを説明するには、私の幼少期に起こった出来事をお話する必要がありますね」
曇天さんは、ソファーに腰かけて胸ポケットから携帯電話を取り出し、一枚の画像を表示させた。
「こちらをご覧ください」
「これは?」
画像には幼い少年と大学生くらいの青年、そしてスーツを着た女性が映っていた。
「十四年前の私と兄。そして……夕飛さんです」
画像をよく見ると、確かに真ん中に映っている大学生のような男は晴天の若いころのようだ。その横でうつむいた顔をしている少年も、曇天さんの少年時代で間違いない。
だけど、晴天と腕を組んでいる30歳ほどの女性……夕飛という人の顔にはやっぱり見覚えがない。
「……」
柳端は夕飛さんの姿を見て、気まずそうに顔を伏せていた。
「それで、この画像がなんなの?」
「兄は夕飛さんと交際しようとしていました。しかし、兄はその中でひとつの可能性にたどり着いてしまったのです」
「可能性?」
曇天さんは絞り出すような声を出した。
「……他人の願いを潰すことが、新たな『希望』につながるという可能性です」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!