閂先輩に説き伏せられる形で、先輩と一緒に御神酒先生の死の真相を探ることになった俺だったが……
「しかし、御神酒先生が何故自殺したかを調べるといっても、まず何を調べるべきなのか……」
そう、俺たちはただの学生であり、刑事や探偵ではない。
他人を調査などしたことも無いし、御神酒先生が何故自殺したかなど、正直調べようが無かった。
「ひひ、萱愛氏、あなたは御神酒先生と親しかったようにお見受けしますが……?」
「確かにそうですが、先生が亡くなったとわかった前日も、俺は先生と普通に話していました。そのときも特に先生に異変は見られなかったです」
「そうですか……」
あの時の御神酒先生との会話を思い返すが、本当に先生の様子に何も異変は無かった。そうなるとますます先生が自殺した理由がわからなくなる。
いや、もしかしたら俺が気づかなかっただけで、あの時すでに先生は何らかの理由で追いつめられていたのかもしれない。もしそうだとしたら、俺はそれに気づかずに……
「……くっ!」
ダメだ。この考え方は止めよう。俺は全ての人間を救える訳じゃない、それを教えてくれたのは御神酒先生だ。俺なら御神酒先生を救えたと考えるのは傲慢だ。
「ひひひ……ご安心を萱愛氏。私の方で既に調査を進めておりまして……怪しい人物に目星をつけております……」
「え!?」
閂先輩は相変わらずの笑い声を上げて、予想外の言葉を発する。まだ御神酒先生の死が発覚してから二日しか経っていないのに、もう調査を進めていたというのだろうか。
「あの、それで怪しい人物と言うのは?」
「御神酒先生の死の原因に関わっている可能性のある人物でございます……今のところ、二人の人物に当たりをつけておりまして……」
「二人……」
その二人の人物が誰かというのも気になるが、その前に先輩に聞きたいことがあった。
「あの、閂先輩。一つお聞きしてもいいですか?」
「なんでしょう……」
「先輩はどうやってその二人を絞りこんだのですか? 何も手がかりもない状態からこんな短時間で怪しい人物を特定するのは不可能だと思うんですけど……」
「ひひひ……仰るとおり、何も手がかりが無い状態から容疑者を絞り込むのは不可能と言えましょう……ひひ」
「なら、どうやって?」
「そう、『何も手がかりが無い状態』からなら不可能です……しかし、御神酒先生が亡くなったことがわかったその瞬間、既に私が手がかりを掴んでいたとしたら?」
「あ……」
そうだ。閂先輩は御神酒先生の死体を発見している。その時に何かの手がかりを掴んでいたとしたら……
いやいや、ちょっと待て。
「あの、閂先輩。その手がかりは当然警察にも提出したんですよね?」
「……おやおや、萱愛氏は不思議なことを仰いますねぇ……ひひひ」
まあそうか。いくら閂先輩でも、警察に証拠を提出しない訳がない。しかしそうだとしたら、既に警察も御神酒先生を死に追いやった人物に目星を……
「そんなもったいないことをするわけがないでしょう?」
……え?
「あ、あの、閂先輩。警察に手がかりを教えていないんですか!?」
「ひひひ、当然でございましょう……?」
閂先輩はその笑いをますます大きくして、あまり肉のついていない頬を吊り上げている。だが俺はその行為に強く抗議した。
「そんな! それでは隠蔽の罪に問われる可能性だってあります! 下手をすれば警察に話を聞かれることに……」
「ひひ、お待ちください萱愛氏。何も私は現場から証拠を持ち出したわけではありませんよ……」
「え、ええ?」
どういうことだ? 閂先輩は現場で何か手がかりを見つけたわけじゃないのか?
「ひひ、私は日頃から、学校関係者について調べておりましてねぇ……その情報を基に、怪しい人物に当たりをつけたまでですよ……」
日頃から学校関係者について調べていた?
「あの、それは何のために?」
「もちろん、『特殊』な人間がいないかどうかを調べるためです……私が『特殊』な人間に興味を抱いているのは既にお話しましたでしょう……?」
「で、でも、それはプライバシーの侵害なんじゃ……」
「ひひ、流石は萱愛氏。真面目なことでいらっしゃる。ですがあなたには私の情報が必要……違いますか?」
「うっ……」
閂先輩は再びこちらを見上げるような形で顔を近づける。そして左目を閉じた。
――その瞬間、今は髪で隠れている閂先輩の右目がこちらを凝視しているように感じられ、同時に有無を言わせない圧力がかかっているように思えた。これは先輩が生徒会長の挨拶をしたときと同じ感覚だ。
……考えてみれば、確かに俺には閂先輩の情報が必要だ。それが例え違法な手段で手に入れたものだったとしても、御神酒先生の死の真相に近づけるものであれば……
だけど俺は躊躇していた。違法な手段で手に入れたものに頼っていいのだろうかと。そんなことをして、堂々と人を救うなど言えるのだろうかと。
「……まあ、萱愛氏がこういった手段があまりお好きでないことは存じております。では、私から一つ提案を致しましょう」
「提案?」
いつの間にか俺から顔を離し、再び左目を開いた閂先輩は指を立てる。
「……これから私は、一切の予定を萱愛氏にお伝えしません。ひひひ……つまり私が取る手段を萱愛氏は一切知らないという状態にするのです……」
「え、ええと……?」
「つまり、私がどんな手段を取ったとしても、萱愛氏に責任は及ばないように致しますし、全ての罪は私が被ります……その上で、萱愛氏は私の手段が気にくわなければ、止めるという形で如何でしょうか……ひひひ」
……つまり、閂先輩と俺は全く無関係だという体で調査を進めるって事か? それで、閂先輩の行動にどうしても納得いかなければ俺が止めるという事なのか?
確かにそれなら、俺が犯罪を犯すということにはならないけれど……それでいいのか?
「ひひ、まだ迷っておられるようですね……では、この辺りで私が目星をつけた人物をお教えしましょう……」
「あ、そういえばまだ聞かせてもらってませんでしたね」
そうだ。とりあえずは閂先輩が怪しいと思っている人物が誰かを聞こう。
「ひひ、その二人というのはですね……」
もしかしたら、俺の身近にいる人物かもしれない。その覚悟はしておこう。
「二年A組の借宿氏と、社会科教師の仲里先生でございます」
……覚悟はしていたが、まさかここまで身近な二人とは思わなかった。
借宿と、仲里先生が御神酒先生の死に関わっているかもしれない人物? 閂先輩は本気でそう主張するつもりなのだろうか。
「あの、かん……」
「おっと、先ほど申し上げましたように、貴方にはまだその根拠は話せません……ですが直ぐに明らかになるでしょう……これからの行動によってね……ひひひひひ」
「そ、そうですか……」
そうだ。あくまで俺は閂先輩の手段を知らないという体になっていたんだ。ここで下手に抗議をしても先に進まない。今は閂先輩に従うしかないか……
「それでは、まずは仲里先生にお話を伺うとしましょうか……ひひ、楽しくなってきましたねぇ……」
「……」
猫背のまま髪に隠れた顔を喜悦で歪める先輩を見て一抹の不安を感じながらも、俺たちは職員室に向かった。
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