柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第八話 プリン

公開日時: 2020年9月28日(月) 19:18
文字数:2,755


 翌日。

 

「……眠い」


 私は眠気眼を擦りながら授業を聞いていた。いや、正直教師の声は耳には入っていたが頭には入っていなかった。私は全く別のことを頭の中で考えていたからだ。

 昨日、閂から聞かされた『提案』。私はそれを聞いた後、すぐに『彼女』に連絡して戸締りとカーテンを閉めるのを徹底するように言った。『彼女』には訝しまれたが、形振り構ってはいられなかった。

 さらに私は昨日の夜、『彼女』の自宅の傍に行って、横井が来ないかどうかしばらく見張っていた。最終的にヤツは現れなかった上に、遅くまで起きていたせいで寝不足になってしまったが後悔はしていない。これも『彼女』を守るためだ。

 しかし私の心には、閂の『提案』のことが油汚れのようにこびりついて離れなかった。


 そう、『彼女』に危害を及ぼそうとする横井を殺すという『提案』。

 

 言うまでも無く犯罪だ。いや、閂の『提案』は正当防衛に見せかけて横井を殺すという物だったので、それが上手く行けば罪には問われないかもしれない。しかしそれでも、『人を殺した』という事実は、私の心に間違いなく一生涯の傷を残す物になるだろう。


 しかしその代わり、私は『彼女』を独占することが出来る。


 『彼女』は一方的に、容赦なく殺されることを夢見ている。それは単なる思い込みや何かの悩みをごまかすためのポーズではない、本気だ。そのことはこの一年半で痛いほど思い知った。そして私が横井を殺し、さらにそのことで罪に問われないこと成功したら、『彼女』は私をどう見るか?


 決まっている。私に自分を殺すように迫る。『彼女』の願望は『私に殺される』ことになる。

 そうなれば、『彼女』を殺すも殺さないも私の一存に委ねられる。そう、私が『彼女』を独占出来るのだ。


 その願望を、全く抱いていなかったと言うと嘘になる。


 だけど、私にそれが出来るのだろうか? そもそも私はずっと『彼女』が死ぬことを阻止してきた。そんな私が人を殺すなんてことをしていいのだろうか。

 いや違う、この場合は私がどうしたいかだ。選択を他人に委ねてはならない。


 『彼女』のために、横井を殺すか否か。


 閂は私に、それを選べと言っている。そして私にその選択を避けることは出来ない。横井が『彼女』に危害を及ぼそうとしている以上、どちらかを選ばなければならないのだ。



 

 それを考えているうちに授業が終わり、昼休みになった。とりあえずお昼ご飯を買いに購買に行こうとした所だった。


「ちょっといい?」


 後ろからどもり気味の声を掛けられた。振り向くと、そこにはメガネをかけるようになった小太りの女子。


 件の、横井司が立っていた。


「何か用?」


 わざと嫌悪感を隠さずに応対すると、横井は不機嫌そうな顔をするが、すぐにその顔が余裕の表情に変わった。まるで、『私はあなたより優位だ』とでも言わんばかりに。


「あ、あのさ、黛ちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 なぜか横井は私を『ちゃん』付けで呼んできた。言うまでもないが、そこまで親しかった覚えはない。


「なに? 早くご飯を買いに行きたいから手短にしてくれる?」

「う、うん、えっと……」


 なかなか話を切り出さない様子にイライラする。こんな様子で他人の都合を考えないから、一年生の時もあんなことになったのだろう。


「あの、黛ちゃんって二年生の『あの子』と仲いいよね?」

「……!」

 

 いきなり本題に入ってきたので、私も少し驚いた。『あの子』とはおそらく『彼女』のこと。つまり横井が『彼女』を付け狙う理由がわかるかもしれない。


「うん、仲いいよ。それで?」

「あの、あのさ、何で?」

「は?」


 『何で?』と言われても、誰かと仲良くするのにそんな御大層な理由が必要なのだろうか。そう考えていると、横井は次々と言葉を発してきた。


「だってさ、『あの子』って学校中から変な子だって噂されてるよ? それになんか言葉使いだっておかしいし、絶対まともじゃないよ。なのに何で『あの子』と仲良くしているの?」

「……」


 ……まさかとは思うが。いや、いくら横井でもそんな身勝手な思想をしているとは思わない。

 しかし私には、横井が『彼女』を狙う理由の予測がついてしまった。


「きっとさ、黛ちゃんは『あの子』に同情しているんだよね? でもそれは『あの子』のためにならないと思うよ? だからさ、思い切って縁を切っちゃおうよ。そしたらさ……」


「そしたら、私が横井さんと仲良くするとでも?」


「……え」


 横井は一年の時と同じように目を丸くする。どうやら全く成長していないようだ。


「もしかして、私が『彼女』が可哀そうだから仲良くしていると思っているの? そうじゃなきゃ、私が横井さんの友達にならなかったことに説明がつかないとでも思っているの?」

「……!!」


 やはり、私の予測通りだ。つまりは。


 横井は私が自分を差し置いて、学校中から嫌われている『彼女』と仲良くしているのが気に入らないのだ。そう、自分が選ばれず、『彼女』が選ばれたことで、自分が『彼女』以下だと思われていると勘違いしているのだ。


 くだらない。人と仲良くするのに優れているとか劣っているとかなんて理由はない。『その人だから』仲良くするのだ。そうでなければ『友達』じゃない。少なくとも私はそう思う。


 『彼女』という人間そのものに強い興味を持つ私はそう思う。


「なによ……」

「あら、傷ついたの?」

「なによ、なによ、なによ!」


 横井はおもちゃを買ってもらえなかった子供の様にわめきだし、地団駄を踏む。


「なんで『あの子』と仲良く出来るのに、私とは仲良くしないの!? 意味わかんない! なに!? そんなに私に魅力ないって言うの!? 何で私ばっかりこんな目に合うの!?」


 ……本当に、この女はまるで成長していない。他人が自分を助けて、仲良くするのが当然だと思っている。自分が変わろうとはしない。


「あーあ! 黛ちゃんがそんなこと言うから、きっとよくないことが起こるよ! あんた絶対後悔するからね!」


 そう言うと、横井はフガフガと鼻を鳴らし、自分の教室に戻って行った。

 ……これで決まりだ。横井は今日、『彼女』に襲いかかる。



「ひひひひひ、どうやら、決行の日取りがお決まりになったようですね」



 すると、私の後ろの曲がり角から閂がひょっこりと顔を出し、その姿を現した。手には購買で買ったであろうプリンを持っている。


「あんた、そんなオンナノコらしいものを食べるのね」

「ひひひ、私とて女子高生ですので」


 そう言えば『彼女』もクレープが好きだということを思い出した。


「それで、先ほどのやり取りを拝見しましたが、どうやら考える時間はあまり無いのではございませんか?」

「……そうね」

「今日の放課後、私も黛先輩とご一緒させていただきます。どうか、ご決断を」

「……」



 閂の言うとおり、決断をする時がきたようだ。



 『彼女』のために、殺人を犯すかどうか。



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