柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第十三話 ライン

公開日時: 2020年10月3日(土) 20:16
文字数:2,757


 どういうことだろうか。


「言い逃れできないよね? こんな決定的な場面を撮られているんだから」


 なぜ、竹林がこんな画像を持っているのだろうか。


「私、このこと先生に言うわ。こんなことするなんて、黛さんは最低だよ」


 竹林が私と横井のいざこざを見ていたはずがない。いや、そもそもそのことを知っているはずもない。

 あれを見ていた人物、それは……


「……閂!!」

「ひひひ、どうされたのですか? 黛先輩」


 私の叫び声と共に、閂が階段をゆっくりと降りながら私と竹林のいる踊り場に近づいてくる。

 間違いない、閂は私と横井の一件をカメラで撮影していた。そして私が『彼女』に会いに行った後に竹林にその画像を見せたんだ。


「これは、アンタの仕業?」

「私の仕業かと聞かれましても、それが何を意味しているのか、私には皆目見当が……」

「能書きはいい!! アンタの目的は何!?」

「……いえいえ、ちょっとした確認作業ですよ」

「確認?」


 まさかここに来て、横井の事件を持ち出されるとは思わなかった。他の人間ならともかく、竹林にこれを見られたのは面倒だ。コイツは絶対にこのことを教師や生徒に言いふらす。私の言い分など聞かず、ただ綺麗ごとを並べて満足するために。


「その反応を見ると、どうやら本当に横井さんをいじめていたようね。おかしいと思ってたんだよ、横井さんが突然学校に来なくなったから」

「ひひひ、お伝えするのが遅れて申し訳ありません、竹林先輩……」

「閂さんは悪くないよ。黛さんに脅されていたんでしょ?」

「……ひひひ、その点についてはノーコメントとしましょう」


 閂は相変わらず不気味な笑い声を発している。とりあえずコイツは後だ。竹林を何とかしないと。


「竹林さん、その画像を消して」

「いやだよ、黛さんのしたことは許されることじゃない。ちゃんと罪を償うべきだよ!」


 ……本当にこっちの事情も知らないで、言いたい放題言ってくれる。


「横井さんが『彼女』を襲おうとしていたのは知っているの?」

「え?」

「横井さんは包丁を持って、『彼女』を襲おうとしていた。それを私が止めたの。多少手荒な行動だったのは認めるわ」

「……そんなの! 言い訳に決まってる! それにそうだとしても、もっと他にやり方が……」


「アンタって、いつもそうね」


 面倒だ。ここで一気に畳み掛けて竹林の口を封じよう。


「……あっ!?」


 私は竹林が動揺している隙に、手に持っている携帯電話を奪い取った。そして床に落とすと、一気に体重をかけて踏み壊す。


「な、何するの!?」

「これで証拠は無しね」

「あなた、こんなことしていいと思っているの!?」

「思っているよ。それにね、他にやり方は無かったのかと言うけど、そんなことを考えている隙に『彼女』が殺されていたらどうするの? 手段を選んでいるヒマなんて無かった。そういう考え方は出来ないの?」

「だからって! あんな手荒な行動を取っていいはずがないよ!」

「……」


 ここに来て、気づいた。竹林と私はどうあっても相容れない。

 当然だ。『彼女』のためならいくらでも手を汚す決意をした私。どこまでも自分は綺麗でいたい竹林。まるで正反対なのだから。


「そ、そうだ! 閂さん! さっきの画像はあなたの携帯電話にもあるでしょ!? それを先生に見せてよ!」


 竹林が閂に訴えかける。確かにあの画像は閂が撮影したものだろうから、あいつの携帯電話にもあるはずだ。

 だが、閂は首を横に振った。


「残念ですが、先ほどの画像は既に消去致しました」

「はあ!? 何で!?」

「ひひひ、私にとっては既に用済みの画像だからですよ……そして、あなたも既に用済みです、竹林先輩」

「え?」


 そして閂は携帯電話を操作し、ディスプレイを竹林に見せる。


「……あ!?」

「お心当たりがあるようですねえ、この画像に。そうです、あなたが『お友達』の受験票を盗んだ決定的瞬間ですよ……」


 竹林が、他人の受験票を盗んだ?


「どうやら『お友達』は試験当日になって受験票が無かったことに気づき、結局試験を受けられなかったそうですね? いやあ、実にお気の毒なことです」

「ち、違う! 違うのよ!」

「何が違うのですか?」

「だ、だってその子、先生に媚び売って無理やり推薦枠を取った卑怯者なんだよ!? そんなズルい子が推薦であんないい大学に入るだなんて間違ってるじゃない! だから、ほんの悪戯のつもりでやったの! 私は悪くない!」


 ……なるほど、どうやら竹林は他人に推薦枠を取られた腹いせにその相手の受験票を盗んだようだ。こんなヤツに『もっと他に方法があるはずだ』なんて言われた自分がみじめに感じてくる。


「あなたが悪いか悪くないかは、私にとってどうでもいいことなのですよ……」

「え、ええ?」

「私の要求はただ一つです」


 そして閂は左目を閉じ、髪の隙間からわずかに見える右目を見開いて竹林を凝視する。



「この場からさっさと消えろ、このカスが」



 その目には、私に決断を迫った時のような有無を言わせない圧力があった。


「ひ、ひ、ひいいっ!!」


 竹林は自分の不利を悟ったのか、はたまた単純に閂に恐れをなしたのか、一目散に階段を降りてどこかに行ってしまった。


「……」

「申し訳ありませんでした、黛先輩。私はあなたを見誤っていました」

「どういう意味?」


 閂は再び髪で右目を隠し、元通りに左目を開く。


「私は『あの人』がいかに『特殊』な存在かを見極めるつもりでした。そのために先輩の身を危険に晒し、『あの人』がどう反応するかを見たかったのです」

「それが、アンタの目的……」

「しかし、私は今確信しました。黛先輩は決して揺らぐことは無い。先ほどの竹林先輩のような方が如何にあなたを脅かそうと、あなたは決して屈しない。そう、黛先輩こそが……」


 そして閂は言い放つ。


「私の求める、『特殊』なのです」


 左目を潤ませながら言い放つ。


「ですがまだです。私はまだ疑っているのです。黛先輩が『あの人』に固執しているのはわかりました。ですが本当に『あの人』を決して裏切らないか。『あの人』のために徹頭徹尾動ける御方なのか。私はそれを見極めたいと……」


「もういいわ」


「はい?」


 閂は首を傾げる。

 ……全く、くだらない。『特殊』な存在を求めていた? そんなくだらない目的のために今まで私を振り回し、『彼女』を危険に晒したのか。

 そう考えると怒りが湧いてくる。コイツには一回見せつけてやる必要がありそうだ。


 私と、『彼女』の関係を。


 そう考えた私は、閂の手を取る。


「おや、どうなされたのですか?」

「私が『彼女』を裏切らないか……それが知りたいのよね?」

「ええ、そうでございます」

「なら、答えを教えてあげるわ」

「……?」


 私は閂の手を私の胸に押し当てた後、階段の縁のラインに背を向ける形で立つ。



「私は、『彼女』を守るためなら裏切りでも何でもするわ」



 そして――



 体を後ろに思い切り倒し、私の体は宙を舞った。


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