いつからだろうか。彼女を『大切な人』だと認めたのは。私にとって、必要不可欠な存在だと感じたのは。
「さあ、行こっか」
あなたはいつも私の手を引っ張ってくれた。あなたはいつも私を導いてくれた。
「どうしたの?」
彼女の人なつっこい笑顔が私の心に暖かさをもたらす。それを見て、私も笑顔で返事をする。
「なんでもないよ」
そう言いつつも、私は彼女に引け目を感じていた。彼女の朗らかさに自分が釣り合っていないのではないかと不安だった。
そんな私に、彼女は尚も笑って話しかける。
「悩みを打ち明ける気になったら、いつでも言ってね」
ダメだ、私は彼女に隠し事は出来ない。おそらく、私のあらゆる感情が見抜かれている。だからこそ私にとって、彼女は大切なんだ。私を理解し、受け入れてくれる彼女が必要なんだ。
だから私は誓った、彼女が私を救ってくれるのなら、私が彼女を守ろうと。
――そのはずだったのだ。
だが私は躊躇ってしまった。彼女の安全を考える前に、自分の安全を考えてしまった。今の私がその時の私に会えたら、殴ってでも彼女を守るように仕向けるだろう。
しかし過ぎてしまった過去は変えられない。私のちっぽけなプライドのせいで、彼女は決して消えない傷を負ってしまった。それは同時に、私の消えない罪として残った。
もう私は彼女の朗らかな笑顔を見ることは出来ない。そして彼女が私の心を暖かくすることもできない。
だからもう、彼女の笑顔は夢の中にしかない。
「…………」
目を覚まし、自室のベッドから起きあがった私は、カーテンを開けて朝日の光を部屋に入れる。その光は私の心を暖かくはしなかった。むしろこの現実にある私の罪を照らし出し、その罪悪感で私の身を焼いてくる。
「……それが、どうしたって言うんだ」
誰に聞かせるでもなく呟いた言葉は、自分を鼓舞するためのもの。自分が置かれている地獄に、全く関係のない人間を引きずりこむ決意をするためのもの。
私の思い通りにいけば、私の地獄に罪人がもう一人増える。
その罪人の名は……
黛瑠璃子。
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