翌日の昼。
「……つまり、『黛瑠璃子』を名乗る正体不明の人物が現れたってわけ?」
「はい、それと柏ちゃんの名前も出していました」
私は黛センパイと柏ちゃんにメールを送り、センパイ達の大学の中庭で落ち合っていた。幸いなことに今日の午後は講義が休講になったので、時間を気にする必要はない。
秘密にする必要はないと本人が言っていたので遠慮なく昨日のことをセンパイに話すと、予想通り彼女は苦々しい顔をした。
「私と樫添さん、そしてエミのことは既に知られているってわけね……」
全く知らない人間に自分たちのことを知られているというのは気味が悪い。それは黛センパイも同じだろう。しかし彼女に限っては、気味が悪いという感情以外のものもこみ上げることとなる。
「そいつが何を企んでいようと、私がやることは変わらない。エミに手を出す気ならそれを絶対に阻止するまでよ」
そう、柏ちゃんに危害を加えようとする者を徹底的に排除するという決意。こうなったら黛センパイは誰にも止められない。かつて『狩る側の存在』から柏ちゃんを守りきった、誇り高き守護者を誰が打ち破れるというのか。
だけど、私には気になることがあった。
「そのことなんですけど」
「どうしたの?」
「その、『ニセ黛』の目的は本当に柏ちゃんなんでしょうか?」
「……どういうこと?」
それは昨日、『ニセ黛』に感じた違和感。柏ちゃんではなく、黛センパイに対する執着。
アイツの目的は、柏ちゃんより黛センパイにあるような気がする。
「もし柏ちゃんを狙うのであれば、そもそも私に接触する意味がありません。今回のことで、『ニセ黛』の存在が私たち全員に知られてしまったわけですし」
「ふむ、それに関しては私も同感だね」
今まで黙って話を聞いていた柏ちゃんが口を開いた。
「もし彼女が私を狙う『狩る側』であれば、自分の存在をわざわざ相手にアピールなどしない。そんなことをすれば相手に警戒されてしまい、私を殺すことが難しくなる。確実に私を殺したいのであれば、悪手と言う他ないのだよ」
「うーん、それはそうかも……」
柏ちゃんの価値観は理解できないが、理屈は理解できる。『ニセ黛』の行動は柏ちゃんを殺すという目的と一致していない。
そうなると、ヤツの目的は別にあると考えるのが普通だ。
言うかどうか迷ったが、あのことを言うことにした。
「センパイ、そのことなんですけど」
「なに?」
「『ニセ黛』は、『黛瑠璃子と自分を同じ境遇にすることが目的だ』と言ってました」
「はあ?」
センパイがそういうリアクションをするのも無理はない。私もさっぱりだったのだから。
「……でも、その言葉がそのままの意味だとしたら、どちらにしろエミに何かをするつもりなのかもしれない」
「どういうことですか?」
「『ニセ黛』は、私のことを『身の程知らずに大切な人を守り続けようとした愚か者』って言ってたんでしょ? もし『ニセ黛』が何らかの理由で大切な人を失っているとして、私もその境遇を味わわせようとしているとしたら?」
「……あ!」
「ヤツはやはり、エミに危害を加える。そう考えるべきね」
流石だ。やはりセンパイは柏ちゃんのこととなると人が変わる。これほどまでに考えを巡らせ、自分の敵に対抗できる。
私は確信する。『ニセ黛』が何者であろうと、黛瑠璃子に勝てるわけがない。
「ちょっといいかね?」
しかしその話の流れを、柏ちゃんが断ち切った。
「どうしたのエミ?」
「先ほどから気になっていたのだが……」
「何が?」
「『ニセ黛』という呼称はどうも気にくわないね」
「は?」
「はい?」
あまりにも話の要点を無視した発言に私もセンパイも間の抜けた声を出してしまうが、当の本人は真剣そのものの表情をしていた。
「あの、エミ? それって今そんなに重要なことかな?」
センパイが先ほどまでの鋭さを引っ込めていつもの調子に戻ってしまう。所謂、『調子を崩された』というものだろう。
「重要なのだよ。少なくとも私にとってはね」
「そ、そうなの?」
「当然だ。世界に一人しかいない私の支配者の名を、どこの馬の骨ともわからぬ女が勝手に名乗るのは気にくわない」
珍しく柏ちゃんが辛辣な言葉を使ってくる。あれ、もしかしてこれは、怒ってる? どんなに暴力を振るわれても、『私の求める絶望にはまだ足りない』とか言っていたあの柏恵美が怒ってる?
「いいかね二人とも? 私の願望を完膚無きまでに叩き潰し、私に一切の自由を与えない上で新たな喜びを与えたのが黛瑠璃子という存在だ。私は彼女の存在自体に敬意を表している」
「エ、エミ……」
黛センパイが照れたように顔を赤らめて、柏ちゃんをじっと見ている。やっぱりこの人、そっちの気があるんじゃないのか?
「しかしその名前を勝手に名乗る者が現れた。これは『獲物』として、同時にルリの友人として認めるべきではない。だから、『ニセ黛』という形でも、ルリの名前の一部を使って欲しくはないのだよ」
「は、はあ……」
熱く語る柏ちゃんに圧倒されてしまい、生返事しか出来なくなってしまう。
「だからそんな無礼者など、『模造品』とでも呼ぶのがお似合いだ」
「……」
「……」
なんだろう、とにかく……
「あのさ、柏ちゃん」
「なんだね?」
「その……今回は柏ちゃんもその、『レプリカ』と敵対する立場にあるってことでいいのね?」
「当然だろう?」
……非常に遠回りな会話になったが、これは大きなアドバンテージではないだろうか。
「エミ、今回はあなたも私たちに協力してくれるの?」
「ああ、私としても『レプリカ』に殺されるのは不本意だ。今回ばかりは大人しく君たちに守られようではないか」
「よかった……!」
センパイが目を輝かせる。思えば柏ちゃんがセンパイの言うことを素直に聞くのはこれが初めてではないだろうか。本当に手の掛かるお姫様だ。
とはいえ、これで話は固まった。
柏ちゃんの協力もあり、私たちは『レプリカ』への対抗策に集中することが出来る。ヤツがどんな手を使ってくるかはわからないが、来るなら来てみろ。
かつて命のやり取りを何度も経験した私たちを、どう脅かしてくれるのか見せてもらおうじゃないか。
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