土曜日の昼、私は数日前に約束した通り、メイジとのデートに臨んでいた。待ち合わせ場所に10分早く着いてしまったけど、メイジもその数分後に来てくれた。
「おまたせ、瑠璃子。早く着いてたんだな」
こちらに優しく笑いかけるその姿を見て、私は心中で思わず呟いた。
格好いい。
本当に月並みな感想になってしまったけど、そう思わせるほどにメイジは格好良かった。ただ歩いているだけの姿に、美しさがあった。
当然ながら、メイジは学校とは違って私服姿だ。赤いカッターシャツと黒いズボンといったシンプルな私服だけど、まるで初めから彼のために存在しているかのようにその魅力を引き立てている。当然、服屋で試着した上で勝っているんだろうけど、メイジは自分の身長の高さや足の長さといった長所を分かった上でこの服を選んでいる。
それが私には羨ましかった。誰にも興味を持たず、誰にも興味を持たれない私と違って、メイジは自分が異性から魅力的に映る方法を理解している。到底マネできるものじゃない。
だけどそれほどの男が、今は私の恋人なんだ。私のために、今日という日を使ってくれるんだ。それなのに、私はメイジに対してちゃんと言葉を返すこともできてない。
「ん。今日の瑠璃子はなんか新鮮だな」
一方のメイジは、私の姿にちゃんとリアクションを取ってくれた。
「そ、そうかな……?」
「おう、いつも制服だからさ。瑠璃子の私服姿見れるのすげえ嬉しい」
「う、うん、ありがとう! それで、今日は展示会に行くんだっけ?」
「そうそう。オレの好きなイラストレーターの展示会なんだけどさ、キャラめっちゃ可愛いんだよね」
会場へと歩きながら、メイジはそのイラストレーターが挿絵を担当しているラノベの話をしてくれた。
「前も言ったけどさ、その作品ってキャラクターが売りなところあってさ。まあ、ひいき目に見てもストーリーがチグハグなところあるんだけど」
「あ、うん。ちょっと読んでみたけど、確かにキャラの行動が行き当たりばったりだとは思ったよ」
「そうだよな。オレもそう思う。それでもキャラクターの、特に女キャラの可愛さや性格がすげえ好きなんだよ。んで、俺があのラノベ好きなのも、やっぱりあの人の描くイラストが好きなのが大きいからさ。今回は絶対行きたかったんだよね」
ラノベについて語るメイジは楽しそうだった。本当に好きな作品なんだろうなというのは、私にも感じられた。
一方の私は、前日に件のラノベをもう一度読んでみたけど、やっぱり好きになれなかった。魅力的でかわいらしいヒロインたちについては多くの文字数を使って描写されていたけど、主人公の男キャラがどういう人物なのかがいまいち掴めなかったからだ。作中に出てくるヒロインたちが、どうして主人公に肩入れして共に戦っているのかを読み取れなかった。
ただ、それをメイジに言うわけにはいかなかった。だってメイジはそのラノベが好きなんだから。メイジが好きなものを、私も好きになっておきたい。
会場に着くと、予想以上に多くの人で賑わっていた。
「うわ、結構混んでんなあ」
「これってみんなその人のファンなの?」
「いや? たぶんアニメ化決定してるから作品のファンって人の方が多いだろ……あ!」
何かに気づいたように声を上げた直後、メイジはひと際大きなイラストの前に飛び出していった。
「すっげ、メインヒロインの〇〇ちゃんじゃん! やっぱり大きなイラストで見ると違うな!」
興奮しながら見ているのは、ラノベの表紙にもなっているキャラだった。胸が不自然なほどに大きく、戦いには全く向いてなさそうな露出度の高い服装をしている。
「なあ瑠璃子、すっげえよな。展示会ならこんな間近で見れるんだぜ。いやー、この子がアニメで見れる日が待ち遠しいよ」
メイジの興奮は私にはわからなかった。こんな男の欲望を形にしただけのようなキャラを好きにはなれなかった。
「うん、私もアニメ始まったら見てみるよ」
だけど、メイジの彼女でいるためなら理解しようと努力するのも必要なことだ。
その後、私たちはイラスト作品を一通り巡った後にメイジの提案でグッズ販売コーナーに行き、いくつかのグッズを購入して会場を後にした。
最寄り駅に着いた頃には既に日が傾いてしまい、帰る時間になってしまっていた。
「今日は楽しかったな。ありがとうな、瑠璃子」
「う、うん! また行きたいね」
「……瑠璃子。あのさ、今度はお前の行きたいところに行かないか?」
「え?」
「いや、今日はオレの希望に付き合ってもらってたからさ。次はお前の行きたいところに行こうぜ。瑠璃子の趣味とかも知りたいし」
私の趣味? 私が行きたいところ? そう言われて考えを巡らせてみるけど、何も頭に浮かんでこない。
当たり前だ。今まで何に対しても興味を持たず、誰に対しても話を合わせることをしてこなかったんだから。別に行きたいところなんてない。
でも、それを言ったらどうなるんだろう。メイジにつまらない女だって思われてしまうんじゃないか。そんなのイヤだ。
「私は、メイジの行きたいところに行きたいよ」
これは私の本心だ。メイジの行きたいところなら、私も行ってみたい。
「……そうか。とりあえずそれも今度学校で話そうな。またな、瑠璃子」
「うん、またね」
生まれて初めてのデートは、少し寂しい雰囲気で終わった。
それから数週間。
メイジと私の交際は何事もなく続いていた。学校ではお昼ごはんを共にして、放課後には一緒に帰る。たぶん中学生のカップルとしてはごく一般的なものだったと思う。
ただ、私個人の状況は大きく変わった。
「ねえ黛さん。さっきの授業でわからないところがあったんだけど、聞いていいかな?」
「うん、いいよ」
「あのさ、黛さん。この前はごめんね。私、ミーコに逆らえなくて……」
「別に気にしてないよ」
「黛さん、もしよかったら工藤くんにその……格好いい男友達とかいないか聞いてもらってもいいかな?」
「うん、今度聞いてみる」
休み時間の度に、クラスメイトたちが私の周りに集まり、私を中心にした話をしてくれる。以前、ミーコさんと一緒に私を糾弾した女子でさえ、今では下手に出てきている。私に興味を持ってくれている。
学校のクラスでも習い事でも、何らかの集団の中心になるのは初めての経験だった。これもメイジのおかげだ。メイジが私の良さを認めてくれたからだ。だから彼には感謝しかない。
そしてこの日の昼休み、メイジはいつも通り1組の教室に来てくれた。
「おう、瑠璃子。今日も一緒にメシ食おうぜ」
「うん! あれ、その手に持ってるのってなに?」
メイジの手にはお弁当の他に何かのキャラクターのアクリルキーホルダーが握られていた。
「え? いや、〇〇ちゃんだよ」
「〇〇ちゃん?」
「ほら、この間お前と一緒に行った展示会でイラスト見ただろ?」
「……あっ。そうそう、その子だったよね!?」
そういえばよく見ると、そのキャラは展示会で大きく飾られていたキャラだった。いけない、忘れてた。
「瑠璃子、お前、忘れてたのか?」
そう言ったメイジの顔は少し怒ったようなものになっていく。それを見た瞬間、私の心に強い恐怖が広がっていく。
メイジに怒られる。メイジに嫌われる。そんなの、イヤだ。
「ご、ごめんなさい! 忘れてたわけじゃないから! ちょ、ちょっとその、見るの久しぶりだったから!」
「……なに動揺してるんだよ。別に気にしてねえよ」
「ほ、本当にごめんなさい! こ、今度はちゃんとその……」
「だから気にしてねえって!」
メイジに怒鳴られたことで、私の身体は固まってしまう。それだけじゃない。周りのクラスメイトも一言も話せないでいた。
「なあ、瑠璃子。やっぱりお前、オレに興味ないのか?」
「え?」
「前から思ってはいたんだよ。お前、オレに好かれているという立場を利用してるだけで、別にオレ自身に興味あるわけじゃないだろ?」
「そ、そんなこと、ない! 私はメイジのことが……!」
好きだと言おうとして、その言葉が口から出てこない。
そもそも私、メイジの何が好きなんだっけ? いや、見た目は格好いいし女子からの人気もあって、何より私のことを好きでいてくれて……
あれ? それだけ? メイジの好きなところって、それだけ?
言い淀んでいる私に対して、メイジはなぜか笑顔を浮かべた。
「……なあ、瑠璃子さぁ、勘違いしてるっぽいけど、オレがお前を好きになるわけなくない?」
この時のメイジの笑顔は、私の心を深く深く抉っていった。
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