「もう、コウくんひどーい! こんな近くにいるんなら教えてくれたっていいじゃん!」
「……俺はアンタと遊ぶなんて一言も言っていないが?」
「まあまあ、そんなに照れなくてもいいじゃん。アタシと一緒にカラオケでも行こうよ」
どうやら俺たちが窓際の席に座っていたためか、綾小路さんに見つかったらしい。しかしまさか俺たちが二人で話しているところに乱入してくるとは思わなかった。
「綾小路サン。見てわかるとは思うが、俺は今、萱愛と話している最中だ。アンタと一緒に遊ぶことは出来ない」
「あ、そうなの?」
まるで当然のように『そうなの?』と発言した綾小路さんに決定的な認識の違いを感じる。そもそも見たらわかることなんじゃないのか?
「じゃあさ、そこの……えっと、萱愛くん? がさ、許してくれたらアタシと遊んでくれるってことね? わかったわかった」
一人で納得した綾小路さんは向かいの席に座っていた俺に詰め寄る。
「そういうことだから。アンタはさっさと帰ってくれる?」
「は?」
いやいや待ってくれ。何でもう綾小路さんが柳端と遊ぶのが決定事項のようになっているんだ? 柳端が嫌がっているのがわからないのか?
「空気読んでよ。アタシはコウくんと遊びたいって言ってるんだからさ。男なら女の子の意志を尊重しなさいよ」
「待ってください。俺はまだ柳端と話している最中ですよ? それに彼もあまり貴方と遊ぶのに乗り気ではないみたいですけど……」
「はあ!? アンタさー、空気読めないって言われるでしょ? コウくんはアタシと遊びたいけど照れてるだけなの。そんなのもわからないの?」
俺の返答に不機嫌そうな声を上げる綾小路さんだったが、俺からすれば、なぜここまで自分の都合の良いように解釈が出来るのかが疑問だった。
柳端の言う通り、綾小路さんは自分が全てなのだ。自分以外の人間はただの脇役。そういう人間なのだ。
なんという身勝手。なんという傲慢。なんという視界の狭さ。
……タイプはまるで違うが、やはり俺は彼女に理想を追い求めていた頃の俺を重ね合わさずにはいられず、そのことは俺を苛立たせた。だから俺も言葉が強くなってしまう。
「綾小路さん、柳端は貴方の行動に迷惑してるんですよ。それに貴方は別に柳端と付き合っているわけじゃないでしょう? 彼や俺の都合を無視する権利なんて無いはずです」
「ウザッ! なにアンタ? 優等生ってヤツなの? それとも本当に空気読めないヤツ? いずれにしろそんなんじゃ皆にウザがられるよ。どうせ学校でも居場所ないんでしょ? うーわ、かわいそー。あ、だから閂さんなんかと付き合ってるんだー。なるほどなるほど」
綾小路さんは次々と言葉を繰り出し、俺に勝手なレッテルを貼る。さらに閂先輩との関係を再度持ちだして、自分の行動を棚に上げた。その言葉は、あたかも俺を『イケてない』人間にすることで、『イケてる』自分に意見する資格など無いと言いたいかのようだった。
「じゃ、そういうことだから。コウくん、もう行こう……って」
綾小路さんは俺を無視して柳端を連れて行こうとしたが、いつの間にか柳端の姿は消えていた。俺と綾小路さんが揉めているうちにこっそり店を出ていったようだ。
「ちょっと! ウザいアンタのせいでコウくん帰っちゃったじゃない! どうしてくれんの?」
「いや待ってください、どうして俺のせいなんですか?」
「だからアンタがウザいこと言うから、コウくんが呆れちゃったの! 責任とってよ!」
……この人はどこまでも自分には責任が無いと思っているらしい。本当に身勝手な人だ。柳端の言った通りの人間という印象を受ける。
俺は……本当にこの人を救えるのだろうか。全く持って俺とは相性が合わないし、そもそもさっきの柳端の発言が本当なら、この人は自分がバイトしている店の売上金を盗むような人だ。そんな人を俺は……
いけない。当初の目的を忘れてはダメだ。俺はこの『試験』を乗り越えるんだ。
「綾小路さん、責任なら取りますよ」
「はあ?」
「俺は貴方に忠告します。剣崎くんのことについて」
とりあえず、俺は綾小路さんに自分の置かれている状況について説明しようとした。しかし、すぐにそれが逆効果だったということを知る。
「え……何でアンタあいつの名前知ってるの? それにアタシの名前まで……ひょっとしてストーカー?」
「ち、違いますよ! 俺はただ……」
「うーわ、マジで!? ウザい上にストーカーなの!? 最悪じゃんアンタ!」
……本当に人の話を聞かない人だな。でも確かに、見知らぬ人間に名前を知られていたらいい気分はしないだろう。そうなると……先輩、ごめんなさい。
「貴方たちの名前は閂先輩から聞いたんですよ! 先輩は貴方を心配しているから、俺に助けを求めてきたんです!」
「え、閂さんが?」
ウソをつくのは心が痛んだが、この状況で話を進めるにはこうするしかなかった。閂先輩が綾小路さんを心配しているということにすれば、とりあえずは無理は無いはずだ。
「剣崎くんは貴方を相当恨んでいるようです。彼が変な行動を起こす前に、学校や、もしくは警察に相談を……」
俺がそこまで言った時だった。
「ぷっ、あははははは!!」
綾小路さんは突然、手をパンパンと叩きながら大きく口を開けて笑い始めた。
「な、何がおかしいんですか!?」
「えー? だっておかしいじゃん! アンタ、アタシがあんなザコに何かされるとでも思ってんの? あーおかしー!」
「ザ、ザコ?」
どういうことだ? 剣崎くんがザコ? そもそも彼は綾小路さんの元恋人のはずだ。そんな彼をどうしてここまで罵倒出来るんだ?
「あのさウザ男くん。アンタにはわからないだろうけど、アタシみたいにカワイイ女の子には特権があるの」
「は、はあ……特権ですか?」
まあ確かに、綾小路さんの容姿はかなり整っている。それだけで人間の価値が決まるとは到底思わないが、何らかの得をすることはあるだろう。
「そう。アタシはカワイイから、ちょっとお願いすれば守ってくれる男が沢山いるの。だからあんなコウくん以下のザコがアタシに何かしようとしても、皆がアタシを守ってくれるから何も出来ないってわけ」
「……」
本当だろうか。この人は確かに美人かもしれないが、さっきの柳端のように見た目だけでは懐柔されない人間もいる。この人はそれをわかっているのだろうか。
「それにね、コウくんも口ではああ言ってるけど、きっとアタシを心配してくれてるの。だって、カワイイ女の子であるアタシが危ない目に遭っていたら助けずにはいられないのが男ってもんでしょ? アンタだってアタシを助けに来たんだし。それがアタシに許された特権。アタシみたいなカワイイ女の子は周りのバカな男を上手く利用して、幸せな人生を送れるの。アタシは無敵だから、世の中はチョロい。まあ、ウザ男くんにはわからないだろうけどねー」
……ここまでの綾小路さんの言葉で、俺は綾小路さんが剣崎くんと別れた経緯を推測してみた。
柳端は背が高く髪が短い。さらに細身ではあるが割と筋肉があるため、比較的爽やかな印象を受ける。もしかしたら綾小路さんはそんな柳端を見て、剣崎くんをあっさり捨てたのではないだろうか。そして彼女は、柳端が迷惑そうなそぶりを見せてもそれがただの照れ隠しだと解釈している。何故ならカワイイ自分が振られることは絶対に無いと思い込んでいるから。柳端の言う通り、自分はカワイくて、自分はイケてて、自分は無敵だと思い込んでいるから。
つまり彼女にとって恋人とは、カワイイ自分を引き立てるだけの存在でしかないのだ。
そう思っているから、元恋人である剣崎くんをあそこまで罵倒できる。そしておそらく彼女は、柳端のことさえも本気で好きなわけではないのだ。自分が世の中を上手く渡って行くための道具でしかないのだ。要するに――
綾小路さんは、世の中を、そして人生を侮っている。
ここまで考えて俺は……言わずにはいられなかった。
「綾小路さん……」
「ん? なに?」
「世の中は、そんな簡単ではありません。俺が偉そうなことを言える立場じゃないのはわかっています。ですが俺は、ここまでいくつもの困難にぶつかってきました。それこそ、自分の価値観や考え方を変えざるを得ないような困難もありました。貴方にもそういった困難にぶつかる時があるはずです! いつまでもそんな考え方が通用するはずが……」
「あー、ウザッ! ホントにアンタってウザいねー。閂さんと付き合ってんのもわかるわー」
だけど綾小路さんは尚も人の話を聞こうとはしなかった。
「あのね、アンタがそういう困難にぶつかってきたのは要は無能だからなの。無能だからそんな余計な災難に巻き込まれるワケ。アタシは違う。アタシは上手くやれる人間だから、バカを利用して楽チンな人生を送っていられる。そういうこと。わかる?」
「そんな……」
「それじゃ、これ以上アンタと話すことはないから」
「ま、待ってください!」
綾小路さんを反射的に引き留めてしまったが、俺は最後に確認したいことがあった。
「貴方が……バイト先のお金に手をつけているというのは本当なんですか?」
俺はこれからこの人を救わなければならない。俺の目的の為にも。だけどこの人が救うに値する人なのかは確認したかった。
「アンタさー、まだわからないの?」
「え?」
「アタシはカワイイから特権があるの。ちょっと悪いことをしても泣いて謝れば皆許してくれる。だから世の中はチョロいの。わかった?」
「……!」
そして綾小路さんは今度こそファーストフード店を出て行った。
一人残された俺は考える。
綾小路佳代子。彼女は間違いなく善良な少女とは言えない。他人を躊躇なく利用し、どこまでも自己中心的。さらには横領までしている。
俺は――本当にあの人を救うべきなのか? 柳端の言う通り、閂先輩は俺を弄んでいるのか?
だけど悩んでも前には進まない。俺が今取るべき行動は……
「剣崎赤礼、彼にも話を聞いてみるべきか……」
そして俺は剣崎くんのことを調べることにした。
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