柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第七話 好きになるわけない

公開日時: 2023年3月11日(土) 10:56
文字数:3,935


「ふむ、君がルリの元恋人なのかね?」

「いやー、そうなんだよね。ああ、オレのことは気軽に『メイジ』ってカタカナのノリで呼んでよ。ラノベっぽくてイカすでしょ?」


 私の前に再びコイツが……工藤メイジが現れてしまった。

 二度と会わないと思っていた。縁は切れたと思っていた。コイツの存在は私の過去に在り続けていたけど、所詮は過去のものだと思っていた。


 それなのに、今になって私の前に現れてしまった。


「あ、それでさ。君たちは瑠璃子のお友達で、今日は一緒に遊んでたってことだよね?」

「そうだが? 何か問題があるのかね?」

「問題っつーかさ。コイツと遊んでて楽しい?」


 やめろ、やめろ。私のエミに、お前が語りかけるな。私のエミに、関わってくるな。


「ふむ。今日の他のメンバーはどうだが知らないが、少なくとも私はルリと一緒に過ごすこの日常を気にっているのだがね」

「えー? マジで言ってるそれ? コイツに合わせてあげてない?」

「合わせている、か。私はルリに屈伏しているわけだから、その表現はある意味合っているとも言えるね」

「え? え? 屈伏してる? マジかよ、瑠璃子ぉ。お前ついに、脅して友達作っちゃってるの?」


 その言葉は、私の心を抉るには十分だった。

 違うと言いたい。私とエミは心を許せる友達同士なのだと言いたい。だけど実際は、私はエミの願望を潰して、自分と共に生きることを強制している。私のエゴに従わせている。あの屋上で、棗香車を、『成香』を打ち破ってエミを脅したのは事実なんだ。


 私は他人を脅さないと、友達すら作れない。


「……そうだと、しても」


 そうだとしても。いや、だからこそ、私はエミを守らないとならない。私が死ぬ瞬間まで、エミを殺させてはならない。

 その決意を再び頭に浮かばせれば、震える足を無理やり動かして、メイジの前にも立てる。


「アンタに、私とこの子の関係を……口出しされる筋合いはないわ……とっとと帰ってよ」

「おっ、瑠璃子ぉ。なんだお前、随分とオレに対して強気に来るじゃん?」


 優しく笑いながら、再び私に視線を合わせてくる。だけど大丈夫だ、今の私ならコイツにも……!


「オレの彼女でなくなったお前が、どうなったのか忘れたのか?」


 ……あ。

 あの時の私は、メイジの彼女だったから、コイツに選ばれたから、みんな私のことを認めてくれた。

 ただそれだけだった。『工藤メイジの彼女』という立場しか、私を言い表す要素はなかった。


 それが無くなった私は、誰からも……


「だんだん思い出してきたなあ。そうそう、中学の頃のお前って、本当にオレのこと大好きだったよなあ。いや違うか。お前はオレが好きだったんじゃなくて、『工藤メイジの彼女』である、自分が好きだったんだよなあ」

「やめて……」

「だからお前はオレに好かれようと必死だった。ああそうだ、なんつーか自分がなかったんだよな。必死にオレに合わせてたよな。オレの言うことホイホイ聞くから、一緒にいても楽しくねえんだよな」

「やめてよ……」

「んで? オレにフラれた憂さ晴らしに、今度は何でも言うこと聞く友達作ったってこと? いやあ、お前もえげつないことする……」


「やめてよ!」


 こんな姿を見せてはいけない。私の汚い過去をエミに見せてはいけない。エミの前では強くないといけない。そうでないと、エミは……エミは……


 また私の前からいなくなってしまう。


「あの、ちょっといいですか?」

「お? 今度はなんだ? 瑠璃子の今カレか?」


 私を庇うようにメイジの前に立ったのは弓長くんだった。


「はじめまして、弓長波瑠樹と言います。黛さんとは……お付き合いしたいと思っています」

「お付き合いねえ。よかったな瑠璃子ぉ、今度はこの弓長くんの彼女の立場を必死に守れよ。んで? その弓長くんがオレになにか文句あんの?」

「ありますよ。あなたはなぜ黛さんをいじめるんですか?」

「あ?」

「あなたは黛さんの彼氏だったのでしょう? なのにあなたは黛さんを苦しめる発言をしています。僕にはそれが理解できません」


 弓長くんの表情は怒っているというよりも、心の底から理解できないと言いたいような、何も取り繕っていないような表情だった。


「黛さんもあなたも、一度はお互いを好きになったのでしょう? それに、黛さんはあなたに好かれようと必死に努力したのでしょう? それの何がおかしいんですか? 好きな人のために自分を曲げられるって、素晴らしいことですよ」

「おいおい、勘違いするなよ弓長くん。オレは別に瑠璃子をいじめたいわけじゃないぜ? それに、『好きな人のために自分を曲げられる』なんてのが立派だとは思わねえな。オレから言わせれば、そんなのは別れるのが怖いヤツの言い訳だ。瑠璃子もオレと別れるのが怖かっただけで、オレが好きだったわけじゃねえ」


 メイジは弓長くんの背後にいる私に再び視線を向けてくる。


「なあ瑠璃子、オレあの時言ったよな? 忘れてるんならもう一度言ってやるよ。オレがお前を好きになるわけねえんだよ」


 ……そう、だった。メイジは私のことなんて好きじゃなかった。


「オレだけじゃねえ。誰もお前のことなんて好きじゃねえ。そりゃそうだろ。お前は誰にも興味ないし、何にも興味ない。こっちに興味を向けてこないヤツのことを、なんでオレが好きになると思ったんだ?」


 メイジだけじゃない。誰も私のことなんて好きじゃなかった。私はそれを、イヤと言うほど思い知らされた。


 だから、私を好きになる人間なんているはずないんだ。


「僕は好きですよ」


 なのに、弓長くんは心地いい声で私にその言葉を投げかけてくれた。


「僕は黛さんのことが好きです。あなたのためならどんな姿にもなりますし、どんな人間にもなります。僕の主義主張だっていくらでもあなたの理想に合わせましょう。あなたのためなら家族だって捨てられます。僕はあなたの理想の人になりたいんです」

「……私の理想になってくれるの?」

「当然じゃないですか。僕はあなたと付き合いたいんですから」


 彼は、本当にそれほどまでに私のことが好きなのだろうか。

 私のために全て合わせられるほどに、好きなのだろうか。

 もしそうなら、私には彼が……


「お前、うぜえな」


 そんな淡い期待を打ち消すように、メイジの声が私の思考に割り込んできた。


「あー、決めたわ。瑠璃子ぉ、お前まだ連絡先も住所も変わってねえよな? お前がなんで誰にも好かれないか、もう一度じっくり思い知らせてやるよ」

「……黛さんに何かするつもりですか?」

「彼氏面すんなよ、弓長くん。テメエはまだ瑠璃子と付き合ってないんだろ? ま、近いうちにコイツと付き合おうなんて気は失せるだろうがな」

「おやおや、メイジくんと言ったか。随分と自信があるようだが、君がルリに危害を加えられるとでも思っているのかね?」

「別に危害を加えるつもりはねえよ。さっきも言った通り思い知らせてやるだけさ」


 そう言って、メイジは優しそうな笑顔を浮かべる。


「黛瑠璃子って女が、いかにくだらねえ女かってをな」


 その笑顔はいつも通り、私の心を抉っていった。




「黛さん、あの、大丈夫ですか?」


 十数分後。

 みんなと近くのファミレスに入ったけど、私は一言も言葉を発せなかった。財前が見かねて声をかけてくるけど、返答する元気があるはずもない。


「あの、柏さん。やっぱり今日は解散した方がいいんじゃないでしょうか?」

「そうしようかとも思ったが、先ほどの男が何か仕掛けてくる可能性がある以上、対応策を話し合う必要があるのだよ」

「た、対応策、ですか?」


 ……仮にメイジが狙っているのがエミだとしたら、私もすぐに対応策を練っていただろう。当然のことだ。

 だけどメイジは、私に危害を加えるでもなく、ただ思い知らせようとしている。私にいかに価値がないかを。

 そんなの、対応しようがない。だって私は……メイジの言った通り、誰にも好かれない。


「今のままでは、黛先輩は先ほどの男に一方的に蹂躙される……その結末しか見えませんねえ……ひひひひひ」


 だから閂が私を嘲るように笑っても、何も反論できない。


「閂先輩、いくらなんでもそれはあまりにも失礼な発言ではありませんか?」

「私は事実を申し上げたまでですよ。そう仰るのでしたら弓長氏は、現状を打開する有効な策をお持ちなのですか?」

「……まだ、ないです」

「そう。私たちには対応策など考えようがないのですよ。ひひ、なにせあのメイジという男と黛先輩の間に何があったのかもわからないのですからねえ……」


 私とメイジの間にあった出来事。

 思い出したくなんてない。あの時のことなんて思い出したくもない。


「ならば、知っておけばいい。他ならぬ当事者がここにいるのだ。直接聞き出せばいい」


 だけど、エミは私にそれを思い出せと言ってきた。自分に話せと言ってきた。


「さて、話してもらおうか。ルリ。君は私の支配者であり、私は君に屈している。君は私を守り、私の願いを潰すために幾度となく立ち塞がってきた」


 私は確かにエミを屈伏させた。ただしそれは、エミが私を強いと思っているからだ。先日もエミは私に絶対的な強さを感じていたいと言っていた。私の過去を、私の弱さを見せては……


「私は君の過去を聞いたところで、『この程度の女に屈したのか』などと幻滅することはないよ」


 顔を上げた先にあったのは、エミの優しい微笑みだった。


「既に私は君の強さを見せつけられている。その事実がある。過去の君がどうだっとしても、今の私の前にいるのは強いルリだ。それが変わるとしたら、これからの君の行動であって、過去の君ではないよ」

「……」


 そうだった。エミは既に私を支配者として認めている。棗朝飛に連れ去られても、連れ戻しに来てくれている。

 

「……昔の話は、本当につまらないわよ」


 エミを失わないでいられるなら、私の弱さだって見せられる。

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