柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第四十三話 私のことを

公開日時: 2024年12月6日(金) 18:45
文字数:2,381


 【7月30日 午後0時18分】


「くっ!?」


 唐沢からさわに飛び掛かる女性。その姿は私が想定した通りの人物だった。


「大柄で口髭の男……唐沢清一郎せいいちろうで間違いないわね?」

「そういうあなたは……」

「妹を、朝飛アサヒをどうしたのか答えてもらうわよ」


 涼しい顔をしていても、夕飛ユウヒさんの声には確かな怒りが含まれていた。


まゆずみセンパイ! こっちです!」

樫添かしぞえさん!」

「言われた通り、夕飛さんにも状況を伝えましたよ」


 先ほどビルから脱出して樫添さんにメッセージを送った際に、夕飛さんにも状況を伝えるように頼んでいてよかった。


「あれ、もしかしてあなたが朝飛さんのお姉さんですか? 大好きなお姉ちゃんだってよく聞いてましたよ」

「それがわかってるなら、今の私がどういう気持ちかわかってるわよね?」

「ええわかりますよ、私が嫌いで嫌いで仕方ないんですよねえ!?」


 楢崎ならさきが歓喜に顔を歪めながら夕飛さんに向かっていくが、その手が寸前で止められた。


「申し訳ありませんが、当団体のメンバーに危害を加えるのはご遠慮いただきたいですね」

「あれえ? あなた……空木うつぎ曇天どんてんさん?」

「ご存知でしたか。でしたら、私が柏様を解放するために動いていることもおわかりですね?」


 曇天さんたちが唐沢たちを止めてくれている。それを確認した樫添さんはエミの姿をした『斧寺おのでら霧人きりひと』に向かっていた。


かしわちゃん、逃げるよ!」

「どうやら予想外の援軍が来てしまったようだね」

「!? 柏ちゃん、記憶が戻って……?」

「……あ、樫添さん! 今のそいつはエミじゃな……」


 『エミじゃない』と説明する前に、樫添さんの手は空を切り、代わりに『斧寺霧人』によってひねり上げられていた。


「あっ! ぐううっ!?」

「残念だが、君の助力は必要ないのだよ。樫添保奈美ほなみくん。『この子』に必要なのは圧倒的な力による『絶望』だ」

「なに言って……!」

「アキヒト。彼女のことはどうにかできそうかね? 私としてはこれ以上邪魔が入る前に早めに済ませたいのだが」

「霧人先生……」


 『斧寺霧人』の言葉に唐沢は再度顔をしかめる。どちらにしろ、今の私は自由に動ける状態だ。既に身体は限界だけど、頭を働かせるくらいはできる。

 考えろ、考えろ。警察はダメだ、エミの姿をした『斧寺霧人』に嘘の証言をされるかもしれない。今、この瞬間にエミを取り戻さないと本当にエミは殺されてしまう。

 突き崩すとしたら……


「唐沢! アンタもわかってるんじゃないの!? 斧寺霧人って男の理想は、アンタの願いとは違うってことに!」

「っ!?」


 思っていた通りだ、今の唐沢は迷っている。実際の斧寺霧人がどんな人間だったのかは知らないけど、今の『斧寺霧人』と非常に近いのなら、唐沢は『斧寺霧人』に裏切られた形になる。


「コイツはアンタを救いたいって言いながら、アンタの手で自分を殺させようとしている! それがどんなに残酷で、アンタを傷つけることかを、何も理解していない! こんなヤツがアンタを救えるはずがないって、わかってるんじゃないの!?」

「黙れ! 霧人先生は私を救ってくれたんだ! 今までも! そして、これからも……!」

「その『これから』を潰そうとしているのは他でもないアイツなのよ!?」

「バカを言うな! 霧人先生がいなければ、私はありもしない『希望』を追い続けていた!」

「じゃあ今のアンタもそうじゃない」

「なんだと?」

「『斧寺霧人』がまだ自分を助けてくれる。そんなありもしない『希望』に縋ってるのが今のアンタよ」

「……!!」


 唐沢の動きが止まったのを夕飛さんは見逃さなかった。


「くっ!」

「こんなんで動揺するくらいなら、初めから朝飛を巻き込まないで頂戴」

「ぐあっ! く、くそっ!」


 夕飛さんは唐沢をうつぶせに地面に倒し、その上に乗って両膝で両肩を押さえつけた。


「唐沢先生!?」

「よそ見とは余裕ですね」

「あっ!?」


 曇天さんも楢崎を壁に押し付けて動きを封じた。これで……!


「残念ね、『斧寺霧人』。アンタがどんなに策を練ろうが、どんなにエミを『絶望』で救いたいと考えていようが、この私がいる限り、それは叶わない」

「……ふむ」


 しかし唐沢たちが制圧されても、『斧寺霧人』の表情は崩れなかった。


「なるほどね。確かに大したものだよ、黛瑠璃子るりこくん。4年前に出会ってからずっと君を見ていたが、君の柏恵美に対する執着には並々ならぬものがある」

「わかったらさっさとエミから出て行ってもらえる?」

「先ほどの言葉を忘れたのかね? 『柏恵美えみ』と『斧寺霧人』は別々の存在というわけではない。君と今話している“私”は、正真正銘、柏恵美本人なのだよ」

「違う! アンタがエミなわけがない! エミは私を……!」


 エミは私を支配者として認めた。

 

 ――私は君に未来永劫支配されることを誓おう。


 自分の新たな『絶望』を、自分の心を満たすものを、私に守られることだと決めてくれたんだ。


 ――だから、これからも私の『希望』を潰しておくれ。


 だからエミは、私のことを……


 ――最も恐ろしく、最も頼もしい……


「『支配者ルリ』って呼ぶんだ!」


 だからお前は、私が叩き潰すべき敵だ。エミ自身がそれを忘れているなら、もう一度思い知らせるまで。


「……いいだろう、君の挑戦を受けようではないか」

「あぐっ!?」


 『斧寺霧人』は樫添さんを解放して私に近づき顔を寄せる。エミの顔をこんなに間近で見たのは久しぶりかもしれないけど、その顔はやっぱりエミのものじゃない。


「『柏恵美』は思い出してしまったのだよ、幼い頃の自分が包まれていた『絶望』を。そして、幼い頃の自分が何を求めていたのかを。だから今の自分を消して、“私”を呼び出した」

「何言って……」

「『柏恵美』を助けたいのなら、君にも伝えてあげよう。『柏恵美』という人間の正体を。その上で尚もこの“私”を消す道を選べるなら……」


 『斧寺霧人』はエミの額を私の額にぶつける。


「君の勝利だ」


 その言葉の直後、私の意識が急速に現実から切り離された。

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