アタシは以前から考えていた。閂に自分の立場をわきまえさせるにはどうすればいいか。そして考えた末に、アタシは名案を思いついた。
そう、閂を犯罪者にして、このバイト先から追い出せばいいのだ。
そもそもあんなブスがアタシと同じバイト先で働いていること自体が間違いなのだ。あんなのと一緒に働いていたら、こっちまで同類と思われる。いい迷惑だ。
だからアタシは閂を犯罪者にするために行動を起こした。
具体的に言うと、この店の店長は週に一度、月曜日に店の売上金の一部を金庫に保管している。火曜日に店のテナント料を銀行の口座に預け入れるために一時的に店に置いているだとか言っていたような気がするが、詳しくは知らない。そして金庫の鍵の場所は店員全員が知っている。レジのお金も金庫に入れる必要があるので、店員も金庫を開ける必要があるためだ。
そしてその店長が保管しているお金をこっそり閂のカバンに入れて、閂が盗んだのだと騒ぎ立てれば晴れてあの女は犯罪者だ。閂がいくら否定したところで、誰もあんなブスの言うことなんて信じないし、アタシが閂を怪しんでいたとでも言えば、誰もがアタシの肩を持つだろう。アタシはカワイイ女の子なのだから。
ついでにアタシがこっそりレジのお金を拝借していたのも閂のせいにしてしまおう。そもそも、この店の時給が安いからアタシがお金に困ってしまったのだ。だからちょっとくらいレジのお金を拝借してもいいはずだ。アタシは悪くない。
閂が泣きながら慌てふためく顔を想像すると気分が良くなってきたが、そろそろ行動を起こさないといけない。アタシは同じ時間に入っていた男性店員にレジを任せ、事務所に入った。そして金庫を開けて、中に店長が保管しているお金があるのを確認する。
「あったあった、これね」
店長のお金はいつも金庫の中の定位置に保管されている。今日もいつも通り、ぱっと見で三十枚ほどある札束が輪ゴムで留められ、ビニール袋に入れられた状態で定位置に保管されていた。
「それでは、ご愁傷様。閂香奈芽」
そしてアタシはそのお金を事務所に置いてあった閂のカバンに入れる。これであの女は犯罪者だ。一生日陰をビクビクしながら歩くことになるだろう。いい気味だ。
一仕事を終えたアタシは上機嫌でレジに戻っていった。
数時間後。バイトの勤務時間が終わり、夜勤への引継作業も終わって事務所でタイムカードを押していた頃だった。
「あれ? 金庫の中の金が無いぞ?」
アタシにとっては予想通り、頭に白髪が混じり始めた四十代前半の店長が金庫に保管していたお金が無いと騒ぎ始めた。これから起こることを想像すると思わず笑いそうになってしまうが、ここで笑ったらアタシの方が怪しまれてしまう。我慢我慢。
「ひひ、どうされたのですか店長……?」
そして閂も事務所に入ってきた。これから自分が破滅することなんて予想もしていないアホ面を晒している。バカな女だ、もう少し身の程を弁えていればこんなことにもならなかっただろうに。
「閂さん、綾小路さん。この中にいつも保管していた、テナント料用のお金が無くなっているんだけど、まさか動かしてないよね?」
店長の言葉は質問の形式を取っていたが、明らかにアタシたちを疑っていた。まあ、事務所のお金が無くなれば、バイトであるアタシ達を疑うのは自然の流れではある。ちょっとムカつくが。
「えー? 知りませんよ。閂さんがどっかやっちゃったんじゃないですかー?」
アタシは知らないフリをしながら、さりげなく閂に疑いを向ける。我ながら演技派だ。
「ひひ、私も存じ上げませんよ……店長のお金を動かす用事もございませんしねぇ……ひひひ……」
閂は相変わらずキモい笑顔を浮かべている。アンタがそんな顔をしていられるのも今のうちだ。
「……うーむ、僕は確かにこの金庫の中に金を保管していたんだよ。そうなると……申し訳ないが、君たちの荷物を調べさせてもらう」
「え!? アタシを疑っているんですか!? ひどいです!」
アタシがこうやってショックを受けたフリをすれば、大抵の男は罪悪感を抱く。こうすることで、店長がアタシを擁護する流れに持っていけるはずだ。
「う……君たちを疑っているわけじゃないが……念のためだ」
しかし店長は狼狽えながらも、荷物チェックを強行するようだ。まあ、ここまでは予定通りだ、これで閂のカバンからお金が見つかればあの女ともオサラバだ。
「じゃあ、閂さん。まずは君のカバンを見せてもらおうか」
「ひひひ……仰せのままに……」
何も知らない閂は、何の躊躇いもなくカバンを店長に渡す。自分から破滅に向かっていって居るとも知らずに。
そして店長がカバンのファスナーをゆっくりと開く。
さようなら、閂香奈芽。地獄でキモい笑いを浮かべてなよ。
「あれ?」
カバンの中を覗いた店長は不思議そうな声を上げる。どうやらカバンの中のお金を発見したようだ。
「閂さん、これは……」
そして店長がカバンからビニール袋に包まれた札束を取り出す。これで決まりだ。
さて、閂はどんな無様な顔をしているかな?
――あれ?
「……ひひ」
予想に反して閂は、相変わらずのキモい薄笑いの表情だった。
どういうことだろう。気が動転して笑いが止まらないのかな?
「あのさ、閂さん」
「はい、これはおかしいですねえ……」
「何で『閂さんのお金』がここに入ってるんだ?」
……え?
「ひひひ、確かそのお金は金庫に保管してあったはずなのですが……どういうことでしょうか?」
ちょっと待って、ちょっと待ってよ。
あれが、『閂のお金』?
「店長! どういうことですか!?」
「え、何が?」
「だ、だって、それが閂さんのお金って……?」
「ん? ああ。いやね、閂さんが大金をカバンに入れっぱなしにしてしまったって言うから、店の金庫に保管してあげることにしたんだよ」
え? 何言ってるの? だってアタシは金庫のいつも通りの場所にあったお金を閂のカバンに……
じゃあ、本当の『店のお金』は?
「しかし、確か『店のお金』は巾着袋に入っていたはずだからこれとは違う。一体どこにいったんだろう?」
そして店長は、今度はアタシのカバンに目を向ける。
「じゃあ済まないけど綾小路さん。君の荷物も見せてくれるかな?」
アタシの返事を待たず、店長はカバンを手に取って中身を見る。
――待って、まさか!
「……お、おい! これは!」
アタシのカバンから店長が取り出したのは……
「あったぞ! 『店のお金』だ!」
黄色の巾着袋と、それに包まれた札束だった。
「え? え!?」
「どういうことだ、綾小路さん! 何で『店のお金』が君のカバンに入っているんだ!」
どういうことって言われても、何が起こっているのかわからない。
そんな、何で? 何でそれがアタシのカバンから?
「前々から君のシフトの時だけレジのお金が合わないと思っていたんだ! やはり君が、そして今回も盗んでいたんだな!」
店長は大きな声で怒鳴りながら目を見開いてアタシを睨み付ける。その眼光にアタシは涙目になってしまう。
どういうこと? 何が起こっているの?
「ひひ、事件は解決ですかねえ……」
閂が不気味な笑い声を小さく上げる。まるで、このことが予想通りとでも言わんばかりに。
――まさか、こいつが!?
「違うんです! アタシは知りません! 誰かがアタシを嵌めたんです!」
「ウソをつくんじゃない! 君のカバンから店の金が出てきたんだぞ! これをどう説明するんだ!」
「アタシはそんなお金知りません! アタシが見たときは、札束は一つしか……」
「……札束?」
「あ!」
しまった。ここで札束が金庫の中にあったのを見たことを言ってしまったら――
「綾小路さん、君は金庫の中に札束があったのを見たのか?」
「い、いや、その」
「今、金庫の中には『閂さんのお金』と『店のお金』の両方が入っていない。そして私は、それらのお金を入れて以来金庫を開けていない。つまりお金が無くなるとしたら、私以外の誰かが金庫を開けて、お金を取り出すしかないんだ」
「ち、ちが……」
「そして今、君は金庫の中に札束があったと言った。つまり金庫を開けたことを認めた。やはり君が……」
「ちがうちがう! ちがうんです!」
パニックになって否定を繰り返すアタシだったが、店長は冷ややかにアタシを睨むだけだ。そんな、許してよ。アタシは誰かに嵌められただけなのに!
「ひひ、綾小路氏。そろそろ観念なさってはどうですか……?」
閂がアタシに近づいてくる。そうだ、コイツだ。コイツがアタシを嵌めたんだ。
「て、店長! 閂さんです! 閂さんがアタシを罠に嵌めたんです!」
「おやおや、妙なことを仰りますねえ……私のカバンには『私のお金』が入っていただけですよ? それの何が可笑しいのでしょうか?」
「そ、それは……」
そして閂はヘアゴムを外して、長い髪を顔の前に持ってくる。
さらに右手でアタシの頭を掴み、強引に自分の顔に近づけた。
「痛っ……」
「これでおわかりになりましたか? あなたが思うほど私は愚かでもなければ、世間も愚かではありません……貴方の浅い考えがそう通用するはずがないのです……」
そして閂はその顔を一層アタシに近づけ、頭を左に傾けた。
「さて、それがお分かりになったのであれば……」
「ひっ……」
閂の左目が閉じられたと同時に、長い髪の隙間から……右目が恐ろしいほど見開かれる。
「私の前からさっさと失せろ、このザコが」
それを見たアタシは、今までの自分がいかに弱い存在なのかを思い知った。
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