数日後、アタシはやはり『死体同盟』の活動拠点を訪れていた。
「お待ちしておりました、綾小路さん」
「は、はい」
空木さんはこの前と同じく優しげに出迎えてくれた。沢渡さんや他のメンバーも同様だ。
「綾小路さん、また会いましたね」
「あ、えっと、湯川さん?」
「はい、そうですよ」
空木さんの後ろから現れたのは、ブレザー型の制服を着た湯川さんだった。この前とは違い、その顔にはきちんと血色が見られる。こうして見ると、ボブカットの普通の女の子だ。たぶんアタシよりは年下なんだろうけど、どこか世の中に対して諦めているような顔をしている。
「この前はごめんなさい。驚かせてしまったんですよね?」
「いや、大丈夫ですよ」
「ああ、タメ口でいいですよ。私まだ中二だし」
「え、中学生なの?」
年下だろうとは思っていたけど、まさか中学生がこんなところにいるとは思っていなかった。
「心配しないでください。家族は私のことなんてどうでもいいと思ってるんで」
「……なら、アタシも追求しないよ」
本人がそう言ってるなら、アタシがとやかく言うことでもないだろう。別にアタシは正義の味方ってわけじゃないし。よその家庭に口出しできるほど偉くもない。
湯川さんの事情には首を突っ込まないことに決めて、空木さんに向き直った。
「それで、その、今日もここに来たわけですけど、アタシは何をすれば?」
「そうですね、我々は交代で『死体』となる役を決めています。今日も綾小路さんには『死体』となったメンバーを見ていただきましょうか」
「は、はい」
『死体』。つまりこの間の湯川さんのような状態になる人が今日もいるんだ。そういえば今日は鎚屋さんがいない。じゃあまさか彼女が?
「では、裏庭に行きましょう。鎚屋さんもそちらにいらっしゃいます」
空木さんの案内で、アタシは裏庭に通される。裏庭へと続くドアを開けると、建物の裏手だからか、日の光があまり届いていなかった。
そしてその日の光が届かないジメジメとした地面に、血まみれの鎚屋さんが横たわっていた。
「ひっ!?」
鎚屋さんは口や頭から血を流し、虚ろな目をしていた。おそらく彼女もこの間の湯川さんのように本当に死んでいるわけではないのだろうけど、それでもアタシは驚いてしまった。
「鎚屋さんは『墜死体』に憧れをお持ちでしてね」
言葉を失っているアタシに、空木さんが説明を始める。
「今回はこの洋館の屋根から突き落とされたという想定で『死体』となっています。足元を見てください。靴を履いていますよね? 自殺であれば靴は屋上に置いていきますが、今回は違いますので……」
「は、はあ……」
「本来であれば突き落とされるところから再現したいと本人は仰っていますが、それはまた別の機会にということで、今日は突き落とされた後の状態で『死体』になってもらっています」
「……」
地面に横たわる鎚屋さんはやはりピクリとも動かない。本当は生きているんだろうけど、実は死んでいるのかもしれないと思ってしまうほどだ。
そしてアタシはやはり、『死体』となった鎚屋さんを見て、こう思ってしまう。
『自分もこうやって死体になってしまいたい』と。
数十分後。
空木さんは足が不自由な鎚屋さんを補助して、浴室まで連れて行った。
「じゃあ、私はちょっとシャワーを浴びてくるから、綾小路さんはしばらくゆっくりしててね」
「は、はい」
鎚屋さんはそう言うと、浴室のドアを閉める。顔に付いた血糊を落としたり、汚れた服を着替えるのだろう。
「では、我々はホールに戻りましょうか」
空木さんと共にホールに戻ると、沢渡さんと湯川さんが話し合っていた。
「じゃあ、由美嬢はそのカレシを怪我させちまったわけかい?」
「そうなんですよ。本当にひどい男だったんですよね。今考えるとマジで腹立つ」
「ヒャハッ、でも由美嬢みたいなか弱い女に怪我させられるようじゃ、ソイツは大したヤツじゃなさそうだねえ」
「あはは、そうですね」
高笑いを上げる沢渡さんに対して、湯川さんも楽しそうに笑っていた。
「それでは綾小路さん、私は少し事務作業をしていますので、しばらくは女性同士で過ごしてください」
空木さんはそう言って、二階の奥の部屋に入っていった。まあ、特にやることもないなら、アタシも沢渡さんたちの話に混ざってみよう。
「やあ佳代嬢。レイ嬢の死体っぷりはどうだった?」
「う、うん。なんか、すごかった。本当に死体なのかと思ったよ」
「ヒャハハ、そう言われるんなら、レイ嬢も喜ぶだろうさ」
「そ、そうなのかな?」
死体だと思われて喜ぶ気持ちは、アタシにはまだわからない。そう思ったので、話題を変えることにした。
「そういえば、何の話してたの?」
「ああ、由美嬢がカレシを突き飛ばしたら、目に障害が残ったって話さ」
「……え?」
湯川さんが、彼氏を突き飛ばした?
「聞いて下さいよ綾小路さん。私の彼氏、本当にひどかったんですから。私が他の男に挨拶しようもんならすぐ殴ってくるし、電話に五秒以内に出なかったら殴ってくるし、文句言おうもんなら『お前が無能なんだ』とか言ってくるし」
「な、なにそれ? めっちゃモラハラ男じゃん!」
アタシも何人かの男と付き合ってはきたけど、そんな地雷男はさすがにいなかった。
「そうなんですよ! しかもなんかすぐに身体を求めてくるからすごくウザくて! それでムリヤリ迫ってきたから突き飛ばしたら……なんか机に顔をぶつけちゃったみたいで……」
「じゃあ、それで?」
「はい。しかも向こうの親から私が一方的に悪いみたいなこと言われて、訴えられちゃって。で、私の両親からも勘当同然になっちゃいました」
「そ、そうなんだ……」
中学生にして、なかなかに波瀾万丈な人生になってるなと思ってしまう。まあ、前科者のアタシよりはマシだろうけど。
「それで、もう人生終わった方がいいかなって思ったときに、空木さんに誘われてここに来たんです。綾小路さんも似たような感じですか?」
「アタシはね、ちょっと少年院に行っててね……」
「ああ、綾小路さんもやっぱりワケありなんですね。ここはみんな、『人生終わっちゃおうかな』って人ばかりなんで」
そういえば、空木さんが『『死体同盟』のメンバーは少なからず生きづらさを感じている』って言ってたな。
「そうした『人生終わっちゃおうかな』って人たちがとりあえず集まって、それから生きるか死ぬかを決めるために『死体同盟』が出来たって空木さんから聞かされました」
「生きるか死ぬかを、決めるために……」
そこまで言われて、アタシは考えてしまう。
アタシはこれからどうなるのか。既に一般的な道を大きく外れたアタシが、この先上手く生きていけるのか。こういったことを考えるのは初めてじゃないけど、この『死体同盟』と出会って、改めて考えてしまう。
自分は本当は、死にたいんじゃないかと。
「お待たせしました、みなさん」
そこに、空木さんがホールに戻ってきた。その後ろには服を着替えた鎚屋さんもいる。
「綾小路さん、これまでの見学で私たちの活動が少しずつ見えてきたと思いますが、いかがですか?」
「……それは」
「私たちは正式なサークルというわけではありません。特に会社組織や団体として届け出を出しているわけではありませんので、加入の際に書類を書くということもありません。心が辛い時に、いつでもいらっしゃって結構です」
「……」
正直、思っていた。今のアタシには、何の繋がりもない。バイト先にも学校にも、気の許せる人間は誰もいない。両親にもこんなことは話せない。
だけどここなら、ここならアタシの『死』に向かってしまう気持ちを理解してくれるかもしれない。ここがアタシの居場所なのかもしれない。
「空木さん」
「はい」
「私も、ここにいさせてもらっていいですか?」
「もちろんでございます」
そして空木さんはアタシに右手を差し出す。
「綾小路佳代子さん、『死体同盟』はあなたを歓迎します」
アタシは空木さんの手を両手で握り、その瞬間に『死体同盟』のメンバーとなった。
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