柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第七話 写真

公開日時: 2020年11月5日(木) 20:03
文字数:4,263



「はい、ですから生徒さんたちに危害が及ぶことが無いように現在警戒を強めておりまして……」

「御神酒先生が受け持っていたクラスに説明は済んだのですか!?」

「すみません、こちらでも原因を調査中でして、はい……」


 職員室の中は、御神酒先生の死の影響が未だに残っていた。

 保護者から生徒の安全に影響があるのかと追及を受けている先生や、御神酒先生が受け持っていたクラスを誰が代行して担当するかを話し合う先生、さらに教育委員会かららしき電話に対応している先生もいた。


「やっぱり、先生方はお忙しいようですね……今度にした方がいいんじゃないですか?」

「おやおや萱愛氏。その間に事態が動いてしまったらどうされるおつもりなのですか? 現実は我々の都合には合わせてくれませんよ……?」

「う……」


 そう言った閂先輩は恐れを知らないかの如く、躊躇無く職員室に足を踏み入れる。だが各々の仕事に追われる先生方は、小さな体の閂先輩に気づいていないようだ。


「ま、待ってください……」


 思わず先輩を引き戻そうと動いた俺だったが、既に彼女は目的の人物の前にまで進んでいた。


「ひひひ、お忙しいところ失礼致します、仲里先生……」

「君は……生徒会長の閂さんか」


 俺が仲里先生の席に近づくと、先生は何かをポケットにしまった。

 ……あれは、キーホルダーか何かかな?


「すまないが、御神酒先生のことで我々も忙しくてね。用があるなら手短に済ませてくれないか?」


 仲里先生は珍しくきつい口調で俺たちを牽制した。俺は横目で閂先輩を見るが、彼女が動く気配はない。

 意を決して、質問をぶつけてみることにした。


「仲里先生。御神酒先生のことで、お聞きしたいことがあるのですが……何か先生の様子がおかしかったとか、そういうことはありませんでしたか?」


 俺の質問に対し、仲里先生は眉間に皺を寄せて俺を睨む。思わずたじろぎそうになるが、ここで目を逸らしたくはなかった。


「萱愛くん、君が御神酒先生を慕っていたのはよく知っている。先生があんなことになって納得いかない気持ちもわかる。でもね、探偵気取りで御神酒先生の事情を探るのはそれこそ先生に失礼な行為だとは思わないか?」

「確かにそうかもしれません……だとしても俺は、御神酒先生がなぜあんなことになったのかを聞かないと納得ができません」

「納得ができない? じゃあ君は御神酒先生の真実を知ったら、それがどんなものであっても納得をすると言うのか? 真実は君が思うより遙かに残酷かもしれないんだよ?」

「それは……」


 確かにその通りだ。閂先輩の言葉が確かなら、御神酒先生が自殺したという事実は揺るがない。そして自殺の理由が、俺が納得できるものだとは限らない。いやむしろ、納得できない可能性の方が高い。


「わかったら、君たちももう帰りなさい。特に萱愛くんはショックが強いだろうから、一日欠席して、ゆっくり心を落ち着かせてもいいかもしれない。担任の先生には僕から言っておくから……」


 だが仲里先生が俺たちを家に帰そうとしたとき、ようやく閂先輩が動いた。


「ひひひ……お待ちください仲里先生……」

「なんだい? さっきも言ったが、君たちに構っている時間はあまりないんだよ」

「いえいえ、こちらをご覧くだされば直ぐに退出しますよ……ひひひ」


 そう言った閂先輩は、一枚の写真を取り出した。そこに写っていたのは――


「えっ!?」


 学生服を着た高校生時代の仲里先生と、今では考えられないほどの快活な笑顔を浮かべた、若き日の御神酒先生が写っていた。


「……閂さん、これをどこで手に入れたんだ?」


 仲里先生は表面上は平静を装っていたが、その声が微かに震えていたのがわかった。


「そんなことは些末な問題ではありませんか、ひひひひ……仲里先生、貴方は御神酒先生の元教え子ですね?」

「そ、そうなんですか?」

「……」


 まさかこれが閂先輩が仲里先生を疑った理由なのだろうか。しかし、いくら元教え子だからといって、それだけで御神酒先生の死に関わっているかもしれないというのは短絡的な考えじゃないか?


「ああ、確かに僕はかつて御神酒先生の生徒だった」


 仲里先生は、あっさりとその事実を認めた。考えてみれば、そこまで隠すような内容でもないはずだ。


「だがそれがどうしたと言うんだ? もちろんこのことは警察にも伝えてある。まさかそれだけで僕が御神酒先生を殺したとか、言いがかりをつけるつもりじゃないだろうね?」

「ひひひ、まさか……私はただこの写真を先生にお見せしたかっただけですよ……」

「なら用は済んだね? 早く帰ってくれないか?」

「ですがその前に、可能性の話をさせて頂けますかねぇ……」

「なに?」


 閂先輩は、手に持った写真で口元を隠し、いつもより小さな声で話し始めた。


「私がこの写真を持っているということは、私はこの写真をコピーすることも出来る。インターネットに流出させることも出来る。そしてその写真の横に、仲里先生への疑いを誘発させる文章を掲載させることも出来ます……例えば、『元教え子が、慕っていた先輩教師と痴話喧嘩をして死に追いやった!?』……などのようなねぇ」

「君は……! そんなことをすれば、君は退学どころか警察に捕まる可能性だってあるぞ!」

「ひひひ、仰るとおり。ですが私がそうなるのは、あくまで仲里先生への疑いが世間に広まった後のお話でございます……仮にここで話を打ち切ってしまえば、そうなる可能性がゼロであるとは言い切れないと思うのですよ……」

「……僕を脅す気なのか?」

「いえいえ、決してそのようなつもりは……あくまで可能性の話でございますよ……では、用件は済みましたので帰宅しましょうか。ひひひひ……」


 閂先輩は写真を胸ポケットにしまい、仲里先生と俺に背を向けて帰ろうとする。だが数瞬の間の後。


「待ってくれ」


 仲里先生は閂先輩を呼び止めた。


「……わかった、僕の負けだよ。僕は何を話せばいい?」

「ひひひひ……ここではまずいでしょうから、私の教室にでも場所を移しましょうか……」


 そして俺たちは、閂先輩が所属する三年C組の教室に向かった。


 

 既に今日の授業は全て終わっていたので、教室には誰も残っていなかった。仲里先生は最前列の椅子の一つを引き、乱暴に座るとため息を吐く。


「全く、君は一体何者なんだい? いつの間に僕が御神酒先生の生徒だったと調べたんだ?」


 仲里先生は半ば呆れたような口調で、閂先輩に質問した。確かにその点については俺も驚いている。だがそれ以上に、ここまであっさりと主導権を握った閂先輩の手腕に驚愕していた。俺一人だったら、先生に注意された時点で話を打ち切られていただろう。


「ひひひ、私はただの女子高生でございますよ……昨日、授業が無くなって時間があったものですから……その間に調べさせて頂きました……」

「昨日は自宅待機と言われていたよね? ……いや、そんなことは君にとっては関係ないのか。それで、僕に何を聞きたいんだい?」


 手段に問題はあったものの、これで仲里先生から話を聞くことが出来る。しかし、先生が今回の事件に関わっているとは限らない。全くの無駄足に終わる可能性も……


「そうですね……仲里先生は御神酒先生の死が発覚する前日、御神酒先生と一緒に学校に残っていましたね?」

「え、そうなんですか!?」

「……本当によく調べているね」


 そうか、だから閂先輩は仲里先生を疑ったんだ。一緒に学校に残った次の日に御神酒先生が亡くなったとなれば、何かあったと思われてもおかしくない。


「ただ言っておくけど、僕は何もやましいことはしていない。あの日はたまたま二人とも仕事が残っていただけだ。それにこのことは警察にも話してあるし、彼らも僕が潔白だと判断している。僕はただ学校に残っていただけだ」

「ひひひひ、そういうことをお聞きしているのではないのですよ……問題は仲里先生が御神酒先生と何らかの会話をしたかどうかです……」

「僕が御神酒先生を死に追いやるようなことを言ったとでも言うのかい?」

「いえいえ、決してそのようなことは。ただ……」


 そして閂先輩は、視線を仲里先生のポケットに向ける。


「御神酒先生から何かを渡された……」


「!!」


 閂先輩の発言を受けて、仲里先生の手がポケットを押さえる。


「……ようですね。ひひひ」

「せ、先輩?」

「先ほど何かをポケットに隠したのを見ていたのですよ……少し遅かったですねえ、ひひひ」


 確かに俺も職員室で、仲里先生がポケットに何かを隠すのを見た。だけど俺は仲里先生のプライバシーを気にして、そのことを追及出来なかった。


「……これはとある生徒の成績に関するものだ。だから君たちに見せられないだけだ」

「ウソはいけませんねぇ……生徒の成績に関するものなら、机に隠すはず。だが先生はポケットに隠しました……それはおそらく、同じ教師にも見られたくないものであるから……違いますか?」

「くっ……」

「まあ、どちらであろうとも、主導権は私が握っていることをお忘れなきよう……」


 仲里先生は苦々しい様子で眉をひそめ、観念したかのようにポケットに手を入れる。


「最近の高校生はどうなってるんだ……ほら、存分に見なさい」


 仲里先生が取り出したもの。それは小さい直方体の形状をして、片方の先端がキャップのようになっている物体。


 パソコンなどに繋ぐ、どこにでもありそうなUSBメモリーだった。


「ひひひ、そういうことですか……」


 それを見た閂先輩は、一人納得したように頷く。


「あの先輩、俺にはどういうことかわからないんですけど……」

「……御神酒先生は自殺されました。だとしたら、あるものが発見されていてもおかしくないとは思いませんか?」

「……あ!」


 そうだ、もし本当に御神酒先生が自殺したとしたら。


 誰かに宛てた『遺書』を残していてもおかしくない。


「まさかこれが……御神酒先生の遺書……?」

「……確かにこれは、御神酒先生が亡くなられる前日にご本人から預かったものだ。『私に何かあったら、これを見て欲しい』とね」

「ほう?」

「だけど中に存在するテキストファイルには、パスワードが設定されていた。これでは、これが遺書かどうかはわからない」

「ひひひ……しかし、可能性は高いでしょうねえ……」


 だけど俺には一つ疑問があった。


「でも、なぜ御神酒先生は仲里先生にこれを?」

「……もしかしたら、僕への復讐なのかもしれないね」

「え?」


 御神酒先生の……復讐?


「どうせ君たちは僕から根ほり葉ほり聞くつもりなんだろう? なら話してあげるよ」

「……何をですか?」



「御神酒先生を、あのような過酷な道に歩ませた僕の罪をだよ」


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